ブシドウの増長


 ここ最近の朝の日課として、お祈りをしながら魔力を練るというものがある。

 それをしているのはゴカゴもブシドウも一緒で、どれだけ練り続けられたかを毎回報告して悔しがったり喜んだりする。

 そんな毎日だったのだが、今朝は驚くべきことにブシドウがずば抜けた記録を出したのだ。


「すごいじゃない!」

「まあな」


 素直にゴカゴが褒めてくれるのがよっぽど嬉しいのか、分かりやすいくらいの勝ち誇った顔を見せてくる。

 昨晩見せた一面をおくびにも出さずに、いつものように振る舞う彼女。

 お互いに目標ができた今、彼の突出はゴカゴにとってどう思っているのだろうか。


「お前たち、魔力を練るのはいいけどお祈りをおろそかにしちゃ駄目だぞ」


 はしゃいでいる俺たちを、いつもの困り顔で意見をする。

 もちろんおろそかにはしていないけど、こう見るとそう思われても仕方ないか。


「はーい」


 いつもなら不服そうに口を尖らすのに、上機嫌なブシドウは似合わぬ返事をしてにこやかに外に向かう。


「いきなり強くなったよね」

「うん、何か掴んだんだよきっと」


 ある意味同盟を組んでいる俺とゴカゴは、お互いに悪い顔で上機嫌な背中を目で追った。


「リオンくん、昨日は無茶をしたそうだな」


 いつもの井戸の前で焚き火を囲み、昼と夜用の燻製肉と、朝用の肉を焼きながら、少し不満げなクリストさんが小言を刺してきた。

 聞いた話によると、ブカッツさんはクリストさんの懸命な治療でほぼ全快し、続いて俺を一通り診たあと、風呂場に連れて行って全身の汚れを落としたそうだ。


「……ごめんなさい」

「いや、いいんだ。謝る必要は無い。ただ、無茶をして欲しくないだけだ」


 火を囲んでいるのは俺とクリストさんだけで、残りの二人は倉庫の方まで行っていつものように魔力の操作に専念しているみたいだ。

 おかげで、ゴカゴという対クリスト用の緩衝材が無い今、小言の集中砲火を食らっている。


 悪い言い方をしているが、もちろん感謝している。今となっては、第二の父親みたいな存在なのだから。


「よし、焼けたから二人に持っていってくれないか?」


 優しい声色で言う彼から、お盆に乗った朝ごはん用の肉と野菜、そして果物を添えたものを受け取る。

 

「これがゴカゴで、こっちがブシドウ。そしてこれがリオンくん、君のだ」


 ちゃんと考えて量や肉の配分をしているのを見て、本当に思いやりのある人だと笑みを浮かべた。


 少しどんよりとした雲の下で、二人は相対するように立っている。

 ケンジャさんから必要最低限の事を伝授したおかげで、俺たちは独自に編み出した練習法を時折試している。


 今二人が行っているのがまさにそうで、お互いに肘を曲げて両手を肩の前で相手に向け、片方を伸ばしたら魔力を放出。相手はそれに対して受け取るように魔力に触れて、今度は反対の手を伸ばして射出。

 そうやって二人の間で魔力を循環させているような動きをすることで、魔力を練る速さと正確さ、そして継続力を養おうという魂胆だ。


「あっ!」


 魔力の放出が上手くいかなかったのだろう。ゴカゴはつい声を上げて、落胆するように表情を曇らせる。


「よし、また俺の勝ちだな」

「むぅ」


 この様子だとずっと続きそうなので、俺は声をかけて朝食を摂るよう促す。

 倉庫周りは色々と改良され、今や屋外用のテーブルや椅子が端の空き地に設置されており、夜以外はそこで済ませるのがほとんどだ。


「やっぱりうめぇなあ、流石スタブ店の特製食材だぜぇ」


 調理をしている食材に関しては、基本的にスタブの店から買い取っているらしい。

 そんなクリストさんの収入はどこから来ているのかをゴカゴに聞いたことがある。彼女も詳しくは知らなかったが、なんでも癒しの力に対しての報酬という形でお金を貰っているのを見たことがあるらしい。


 そもそも傷を治すこと自体、本来は自然治癒に任せるのが一般的だ。村でもそんな能力を持っている人は居なかったから、それにお金が伴う理論は子供の俺でも納得がいった。


 だから、彼はこの街での有名人なのか。と答えると、彼女は何故か笑ってたな。なんで笑われたのか未だに謎だ。


「よし、リオン! 俺と勝負だ!」


 久々に彼から聞いた言葉に、意気込む俺は首を回す。

 先に魔力を途切れさせた方の負けで、今日作ったばかりの訓練方法だが、彼にはかなり好感触みたいだ。


「私の仇を討ってね」


 相変わらず俺にとっては絶妙に笑えない冗談を言いながら、彼女は手を組んで上目遣いでこちらを見つめる。

 その応援が気に入らなかったのか、ブシドウは両手で頭をゆっくりとかきあげた。

 完全にスイッチが入った彼は、短く深呼吸したあと、右手を突き出した。


 彼の魔力が左手のひらに伝わり、僅かに押される。昨日と比べたら抜群に魔力の質が変わっており、それはどこか圧迫感があり分厚い印象を受ける。

 受けた魔力を身体の中に受け流し、そのまま回転を止めずに右手を突き出して魔力を流していく。

 それは見えないキャッチボールのような仕草であり、魔力を自覚する前の俺が見たら、きっと疑問符しか浮かばなかったであろう光景だ。


 しばらく順調に循環させていたが、突如ブシドウは左手で受けた魔力を右手に流さず、そのまま伸ばした左手で放出してきた。

 突然の行動に予期していなかった俺は、右手で魔力を受けるも動揺が響いて上手く練れなかった。


「くっ」

「ぃよっし!」


 呆気ない決着に、ゴカゴは肩を落とす。

 

「二人とも、すごい攻防だったわ」


 負けてしまったが、自分も昨日までと比べて一気に成長している気がする。

 少なくとも、数日前までは放出を数回しただけで息が切れていたはず。

 

 確実に強くなっている感覚に、息を整えながら口を横に結ぶ。


「それにしても、張り合いがねぇなあお前らは」


 勝利の余韻に酔いしれたのか、生意気な顔でへらへらと馬鹿にしたような態度を取る。

 なんだこいつ。俺は一瞬眉を寄せたが、元々こういう奴だったと思い直し、無視をすることにした。


「んだよ、無視するなよ。悔しいんだろ?」

「ちょっとブシドウ!」


 見かねたゴカゴが割って入ろうとするが、彼女を押しのけて迫ってくるブシドウ。

 よく見ると服の間から見える首元に、青白い紋章が見え隠れしていて、それが不気味に鈍い光を放っている。

 何かがおかしい。そう思った瞬間、彼の手が喉に伸びて、喉輪のどわの形で後ろに押し倒された。


「ブシドウ! 何してるの!」

「うるせぇ!」


 俺は彼の手を外そうとするが、恐るべき力で握られたそれは一向に緩む気配がない。突き飛ばされた少女が尻もちを着いたその時。


「何をしている!」


 クリストさんの声が聞こえ、ブシドウの舌打ちと共に手が離れていく。

 酸素が取り込めなかった頭に一気に血が巡り、塞がれた気道を空気が通った時の拒否反応で思わず咳き込む。


「リオン、大丈夫?」


 駆け寄るゴカゴに無事を告げようとするが、咳が止まらない。


「ブシドウ、何故こんなことを!」


 ぜぇぜぇと呼吸を繰り返しながら、二人の方へ目をやる。叱られている彼は俯いているが、その顔は見たことがないくらいに怒りに染まり、黒目が見えなくなるほど見上げるようにクリストを睨んでいる。


 あいつは誰だ? そう思わざるを得ないほど、ただの少年だった彼は豹変していた。それと同時に強く光る首元に、クリストは気づいているようだった。


「答えろブシドウ!」

「うるせえ! 親父ヅラしてんじゃねえよ! どうせ俺は拾われた身なんだよ!」

「ブシドウ、お父さんになんてことを言うの!」


 俺を支えてくれていたゴカゴは弾けるように立ち上がり、暴言を吐く彼に迫る。


「お前もだゴカゴ! こいつはお前の本当の父親じゃねえだろうが!」

「なっ……」


 ブシドウが言い放ったあと、重苦しい沈黙が訪れ、興奮している彼の荒い息遣いだけがその場に響いていた。

 そして、彼は反対方向に走り出し、常人を超えたその速度であっという間に角を曲がって見えなくなる。


 何が起こったのか分からないくらい、衝撃的な出来事が続き、崩れ落ちるように膝を着く娘を、少女の父親が抱き抱えていた。


「リオンくん」


 クリストさんの声にはっと目を合わせる。すすり泣くゴカゴを胸に抱いたまま、険しい表情をしている。その顔は悲しみとも落胆とも取れる、複雑な表情だった。


「彼の首元を見たかい? ……こんな事を言う子では無いと信じているが、もしかしたら何か彼の中に異変が起こっているのかもしれない。こんなことを頼むのもなんだが、ブシドウを追いかけてくれないか?」


 未だ違和感のある喉を咳払いで誤魔化しながら、俺は立ち上がる。

 そして、声を出す代わりに首を縦に振った。

 空には暗雲が立ち込めており、一雨来そうな空模様だった。


 俺は街中を走り、ブシドウの行方を追う。彼が逃げた方向からして、北門方面は無いと割り切った。

 やがてギルドがあった大通りに出るが、人が多すぎる。たとえ居たとしても、絶対に気づかない。

 呼吸を整え、思いついた俺はギルドへと走る。


 久々に来たギルド前はやはり人通りが頻繁であり、重厚な扉が立ちはだかる。

 俺は、この街の情報が全て集まるこのギルドに賭けようと思った。冒険者の話から単なる噂話まで、此処には集まっていると考えたからだ。

 もちろん全部推測だったが、もしブカッツら三人のうち一人でも居れば、きっと助けてくれるに違いない。


 俺は背伸びして横長のドアノブに手をかけ、なんとか下に引いて扉を押し開ける。

 わっと聞こえてくる喧騒に眉を潜めつつも、なんとか室内に入ることができた。


「わ、子供がいるよー!」

「えー、君どこの子ー? 迷子ー?」


 入ってすぐに女性二人組に声を掛けられ、俺はドギマギしてしまう。


「あー、えっとー」


 適当に濁しながら室内を見渡し、ブカッツらの姿を探す。

 しかし、中は想像以上に広く、二階まで存在しているためここからでは全容が掴めなかった。


「誰か探してるのー?」

「あ、あの、ブカッツさんたちって居ますか?」


 都合よく聞いてきたので尋ねてみると、二人は顔を見合せた。


「ごめんね、多分ブカッツは怪我で休んでると思うー」

「そうそう、あとの二人は昨日から見てないしねー」


 どうやら昨日の怪我が原因で居ないことを知った俺は、少し気持ちが沈んだ。

 頼みの綱が途絶えてしまい、ギルドに居る意味も無くなった今、お姉さんたちにお礼を言ってその場を後にしようとした時。


「なんじゃ、いつぞやの子供がおるじゃないか」


 聞いたことのある声がして振り返ると、そこには見上げるほどの巨体があり、見上げた先の顔には見覚えがあった。

 確か、ギルドマスターだ。


「入ったらいかんと言うたじゃろうに」

「あの、人を探してるんです!」

「この子ーブカッツたちを探しに来たらしいんですけどー」

「あ、いえ、探しているのはブカッツさんではなく」


 お姉さんは口をへの字にしながら首を傾げる。


「実は、今クリストさんのところでお世話になっているんですけど、一緒に住んでいるブシドウって子が居なくなっちゃったんです」

「なに、あの小僧がか?」


 声色を変えた壮年の彼は、俺の目線に合わせるようにゆっくりとしゃがみこむ。


「詳しく聞かせてくれんか?」

「あ、はい」


 間近で見るとやはり凄まじい迫力を持っているがために、声が少し震えてしまった。


 彼に案内されたのは二階にあるギルドマスター専用の部屋であり、室長室という所だった。

 あの場で話すことではないと判断した彼は、小さな正方形のテーブルを挟んで向かい合うように置いてあるソファに俺を促し、自らも対面に座る。


「わざわざ連れてきてすまんのう。で、何があった?」


 俺は朝の出来事を包み隠さず話していく。その際に何度か喉が掠れたが、事情を聞いた彼は立ち上がり、何やら容器に入った飲み物を小さな湯のみに入れてテーブルの上に置いた。


「シゾバエをこして作ったユズスじゃ。薬効がある、飲め」


 見た目が真っ黒なそれは、今まで嗅いだことのないような鼻をつく匂いがして飲むのを躊躇ったが、意を決して湯のみを持って口に傾けていく。

 熱めのお湯を使ったのか、唇に触れるととんでもない熱さだったが、少しずつ含んであまり味わわず飲んでいく。

 すると、喉がすっきりしたように感じ、仄かに温かくなったような気がした。


「とりあえず小僧のことじゃが、この一件は儂に預けてくれんか?」


 少し前かがみになり、威圧しないように配慮した姿勢で彼は頼み込む。

 小僧と呼んでいるってことは、ブシドウの事を知ってるんだろうか。

 気になる点は沢山あったが、ギルドで一番偉い人が言うからには、任せるしかなかった。


「お願いします」

「うむ、ちなみに申し遅れたが、儂の名前はガルマという。また連絡するから、覚えておいておくれい」


 簡潔にそう告げて、彼は室長室の扉を開けた。

 促されるように外に出て、俺は振り返る。


「そうじゃ、一つだけ聞きたいんじゃが、最近小僧のことで何かおかしな事は起こらんかったか?」


 ガルマの問いかけに、俺は昨日の外での事を思い起こす。いきなり素手でアッシュウルフを殴り飛ばしてしまったこと、その際に手に赤い揺らめきがあったこと、これらを余さず彼に告げた。


「ふむ、わかった。気をつけて帰るんじゃぞ」


 俺がその場から離れて見えなくなるまで、目皺を作り優しい笑みを浮かべて残っていた。

 階段を降りたあと、俺は教会に戻るために出入り口の方へ進んでいく。


「ん? リオン?」


 不意に声を掛けられ、その声の主は驚いたように目を見開いていた。

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