ロバーフットの隻眼頭

再会と対峙


 北門へ続く道はだだっ広い通りにもかかわらず人通りは少なく、たまに見かける人もお年寄りが多い。

 あれから少しして三人で息を切らしながらとぼとぼと歩いていた折に、ゴカゴやブシドウからこの道について尋ねていた。


「俺が覚えてる時から、こんな感じだったぜここは」

「お父さんが言ってたよ、郊外こうがい地区って」


 こうがい地区と聞いて字が分からなかったが、どこか村を彷彿とさせる閑散とした雰囲気に、懐かしいものを感じていた。

 しかし、道行く人々はまるで関わって欲しくないように顔を背けるばかりで、その行為に違和感を抱きながらも腰に付けた革製のカバンを開ける。


 出発の前にクリストさんが渡してきたもので、そこまで大きくない割に中に保存食や水の入った容器を入れられる便利な代物しろものだ。

 ゴカゴもブシドウも同じものを持っており、日帰りということでとりあえずこれだけ持たされたみたいだ。

 とはいえ、慣れてきたら数日間は外で過ごす日も出てくるだろう。その時には背負う用の大きなカバンを渡すとクリストさんは言っていた。


「これ、邪魔だよな。動きづらいぜ」

「魔法を使って魔物退治するなら、動く必要なんてあるのかしら」


 少女らしい楽観的な考えだが、その考え方は危ないと思った。

 なにせ、魔物は多種多様の種類があり、突っ立ったまま倒せる相手なんてひと握りだと感じていたからだ。

 カバンから取り出した水筒を一口飲んで、喉まで出かかっていた言葉を水と共に飲み込む。


 彼女はマルクにまたがって遊んでいたと聞いたが、もしかしたら凶暴な魔物とは無縁の生活だったのかもしれない。

 

 しばらく歩いていると、城壁のような塀が見えてきて、門の近くに四人の人影が見えてくる。

 そのうちの一人はどうやらゲエテのようで、こちらに気づいて手を振っている。

 彼の後ろに居る三人、どこかで見たような姿に、俺は目を凝らした。


「ゲエテ!」

「お嬢! 今日も元気で何より」


 左の口角を上げて、笑みを作ったちょび髭の男はゴカゴの頭を優しい動きで軽く叩いた。


「紹介しよう、ブカッツとマギとフォクセスだ」


 ブカッツと聞いて、俺はギルド前でのことを思い出す。


「なんで俺たちがガキどものお守りをしないといけねえんだ」

「あれ! あの子!」


 マギと呼ばれた女の人が、口に手を当ててこちらを指を差す。


「また会ったな、少年!」

「なんだ、知ってるのか?」


 フォクセスがつり上がった細目の目尻を下げて、右手で俺の左肩を優しく叩く。叩かれた箇所は再開を喜ぶかのように軽快な音を立てて、俺は静かにお辞儀をした。


「この子、ギルドの前でブカッツに突き飛ばされたのよ」

「な、人聞きが悪い言い方するんじゃねえ! こいつが扉の前に立ってたから」

「リオン!」


 話を遮るように一歩前に出て腰に手を当てた可憐な少女が、大男を見上げる。その横顔は、俺がこいつ呼ばわりされたのが不服だと言わんばかりに、凛々しく睨みを利かせている。


「ああ?」

「こいつじゃなくて、リオン!」

「ふっ、強い女だ」


 子供が見たら逃げ出しそうな顔つきのブカッツに一歩も引かないゴカゴを見て、フォクセスは狐目をさらに細めて笑みを浮かべる。


「おいおい落ち着けよ、お嬢も。とりあえずお互い自己紹介し合ったらどうなんだ?」


 慌てたゲエテが間に入り、それぞれの顔を見合わせながら提案する。

 獰猛そうに顔を歪める大男は小鼻をひくつかせて少し不機嫌な顔をするも、小さく鼻から息を吐いたあと目をつむって頭を搔いた。


「ブカッツだ」


 三人の中で一番背が高く、肩幅もマギの二倍はあろうかという巨漢。

 その身体には並大抵の鍛錬じゃ付かないような筋肉を纏っており、羽織っている服は下地が焦げ茶色をした網目模様が見えるもので、黄金色の羽根の毛が首周りに付いている。

 派手に見えるが、戦闘でそれなりに散ってしまったんだろう。今はまばらとなっている羽根が見える程度だ。


 そんな彼は一番前に立って戦うスタイルであるらしく、魔物の攻撃を受け止めたり、隙を見てトドメを刺したりする担当を担っている。

 今は手に持っていないが、背中には巨大な手斧を掛けているみたいで、手入れが施された刃が腰あたりから見え隠れしている。


「あたしはマギ、覚えやすいでしょ?」


 おどけて笑う彼女は小さな目に似合わない高い鼻を持っており、自尊心が高い印象を受ける。

 しかし、少し垂れ気味の目元がそれを緩和しており、チームのムードを操作する担当になっているみたいだ。

 そんな彼女は深紅しんくの一体物の服を着ており、黒い帽子の形もケンジャが着ていたものと酷似していた。

 違いがあるとすれば、服は体のラインが少し出るくらいにゆとりがない。一見動きにくそうだが、伸縮性に助けられているらしい。

 

 彼女が持つ木から削られて作られている暗い灰みがある茶色の杖は、魔法の媒体として使用されるものであり、彼女の魔法への想像力を助けるためのものらしい。

 その説明を受けて、俺は模造刀で同じようなことができないかと思索した。


「フォクセスだ、よろしく」


 長い黒髪を後ろで一本に結わえている、胸元で交差するように羽織っている白色のゆったりとした服の彼は、一文字いちもんじに伸びた剣をさやというものに入れて、背中からたすき掛けの要領で帯を通して背負っている。


 その鞘から放たれる斬撃に魔力を乗せて、離れている敵にも素早い攻撃が可能だという。

 そんな彼の首元は驚くほど太く大きく、剣を毎日欠かさず素振りをしているからだと笑っていた。

 

「で、おいらがゲエテ、なんつって」


 変な間がしばらく流れたあと、間の悪い男は何事も無かったかのように咳払いをして続ける。


「いいか、何があってもこの三人から離れるなよ。聞いたところによると、最近魔物が活発化しているようなんだ。特に、南の森から流れてきているらしいからな」

「ゲエテは魔物を倒したことあるの?」


 お嬢からの素朴な質問に、少し胸を張りながらゲエテは答える。


「ああ、門番やってるんだ。そういうのはたまに来る。その際はばんばん倒してるさ」

「アステマインに助けられながら、ね」


 にやにやと笑うマギに言われ、ちょび髭を揺らしながらキッと彼女を睨みつける。アステマインと言えば、彼と同じ門番であり部下である彼女の事だな。

 やはり実力としても優秀なのか、二人の反応を見るからに、ゲエテよりも彼女が活躍しているように思える。


「ま、まあとにかく、魔物を見つけたら三人に報告、そして守ってもらうこと。クリストさんを悲しませないようにな」


 そう言われて、俺は無言で頷いた。俺たちはまだ魔法を放てるわけですらない。いわば手ぶらで危険な場所に行くのと一緒だ。

 真剣な声色に、どこか浮ついていた気持ちが引き締まる。ブシドウは元より、ゴカゴも力強く頷いていた。


「あ、そうだ。これ渡しておくわね」


 そう言ってマギは、腕を何も無い空間に伸ばす。するとある場所から腕が消えてしまい、ゴカゴは小さな悲鳴を上げた。


「大丈夫、これも魔法だから。しかも割と簡単」

「嘘をつくな」


 ブカッツの無愛想な指摘に、出鼻をくじかれたように彼女は唇を尖らせる。その後やる気なさそうに腕を引き戻すと、空間から取り出したようにその手には三つの小さな杖が握られていた。


「これは……」

「魔道具よ。あなたたちの実力は伺ってるわ。流石に何も持たせないのはあたしたちの沽券こけんにも関わるし、ね?」


 彼女の言葉に、フォクセスは口角を上げたままゆっくり頷く。あの顔が彼にとっての標準なのか、ずっと笑みを浮かべている。


「使い方はわかるわよね? 一応説明するけど、太くなってる方を持って、細い方を魔物に向けるの。間違ってもあたしたちに向けちゃ駄目よ?」


 俺は言われた通りに持とうとするが、少し怖くなって抱えるように持つ。

 

「で、魔物に狙いを定めて、魔力を放出してみて。そしたら、火の属性が乗って火球が飛んでくから!」


 それを聞いたブシドウが、城壁の適当な場所に杖を向けて実際に放とうとする。


「ちょっとブシドウ、駄目よそんな所で使っちゃ!」

「えー、試してみてえんだもん」


 そわそわする彼はお預けを食らって、不満そうに声を間延びさせる。

 それを見て鼻を鳴らしたブカッツは、ちょび髭の顔を見て合図した。


「じゃあ、そろそろ出発で。おいらも南門に戻らなきゃならねえからな!」


 適当に締めくくった調子のいい男は、そう言い残して、門の外に居た家畜用の魔物へと歩いていく。

 その魔物はマルクと違ってたくましく細い足を四本持っており、目と鼻の間隔が長く、縦長い顔の先に黒く巨大な鼻と、髭のような毛に埋もれた口があり、頭部にあたる場所には耳と角、そして焦げ茶色をしたたてがみが背中まで伸びている。


「あれはなんて言うの?」

「あの子はリントよ。とっても速いの」


 魔物に詳しい彼女が言い終わる頃、リントの背中に付けた腰掛用の装備にまたがったあと、ゲエテはこちらに小さく手を振って、掛け声と共に一気に加速させていく。

 それはあっという間に門を横切っていき、見えなくなってしまった。


「外回りでゲエテは行ったのか?」

「ああ、リントの速さなら外回りの方が早く着くからな」


 ブカッツの質問に、髪を揺らしながら狐目を細めてフォクセスはなんてこともないように答える。

 この街って確か相当大きくて、外回りなんかだとめちゃくちゃ時間かかりそうな気がするけど、それでも早いんだな。

 感心しながら想像していると、斧を背負った大男がせっかちそうに振り向く。


「おら、行くぞ。日が暮れちまうからな」

「もう、優しく言いなさいよ」


 頬をつつくマギが小言を掛けたあと、いよいよ門の外へと歩き出す。

 俺にとっては、二回目の外だ。あの時と違って、今は独りではない。その状況の違いが、俺を包み込むように安心させる。


「わくわくするぜ」


 思わずそう漏らしたブシドウは、手と手を力強く握って歩いている。本当は緊張しているのか、足取りはぎこちなかった。


 二人の門番に見送られて門を潜ると、どこまでも続く草原に街道が伸びており、ちらほらと木や岩が乱立している。

 フォクセスいわく、そういった死角に魔物は潜んでいることが多く、駆け出しの冒険者が不意打ちを食らいやすいのはそういう事だと言う。

 街道が伸びた先の小高い丘になっているさらに奥には、同じ高さの木が横長く並んでいる地帯があり、そこも気をつけるようにとの事だった。


 確かに注意していないと、木陰で休もうとうっかり近づきそうだ。

 俺はまだ距離があるにも関わらず、木の影や岩の影を注視しながら歩いていく。


「でも、こんなに見晴らしが良かったら、近づいてきた魔物なんて簡単に見つけちゃえるし、そこまで危なくないような気がするわ」

「ゴカゴちゃん、そう思えるのは見える魔物が単体ないし少人数の時だけよ」


 街道の右側を歩くマギは、辺りを見渡しながら微笑みを浮かべて言う。

 俺たちの後ろはフォクセスがついてきており、前はブカッツが先行して警戒しながら歩いていた。


「こちらから見えるということは、あちらからも見えているということなんだ。もし知能がある魔物だったら、大変な事だよ」


 静かに笑みを浮かべながら補足するフォクセスは、群れる魔物の危険性について続ける。


 知能ある魔物の代表としては、人型をしているものが大半らしい。ゴブリンと呼ばれる体が緑色の背丈が大人の半分程しかない亜人種あじんしゅや、全身が毛むくじゃらで恐ろしく長い口を持ち、よく利く鼻で獲物を追うとされるコボルトなどの犬人種けんじんしゅが挙げられる。


 元々群れで生活をしている彼らは、集団で獲物を狩ることが多い。ゆえに、彼らに出くわしたらたとえ中級の冒険者でも生きて帰れないケースがあるのだ。


「ブカッツはどれぐらい強いんだ?」


 礼儀や口調など気にせず、おくしないブシドウは口を開いた。

 一瞬沈黙が流れるが、長いため息が聞こえたあと面倒臭そうに口を開く。


「俺たちゃBランクだ」

「Bランクだけじゃわからないでしょ。あのね、ギルドでは実力によってランク付けされるんだけど、そうね。あたしたちは上から三番目くらいのランクかな。結構強いのよ」


 とんがり帽子を揺らしながらにこりと笑うマギは、二の腕に筋肉を寄せるように腕を曲げ、左手でぺちぺちとその部位を叩く。


「強いんですね!」

「そうよ!」


 ゴカゴは素直に賞賛し、俺も顔がほころぶ。仮にもゲエテが選んでくれた人たちだ、弱いわけがないだろう。

 そう一人で納得した俺は、満足して辺りに目を向ける。

 しばらく曇り続きだったが、今日はずっと晴れてそうだ。


 小高い丘を上がり、振り向くと街は見えるが門はもう見えなくなった。

 さらに街道に沿っていき、左手に群生する果樹林が風によって揺らめいているのを見ていたその時、木々の影の中で何かが動いた気がした。


「何か居る?」


 ピンと張りつめた空気と共に、右隣に居たマギは左を向いた俺の前に躍り出る。先頭に立つブカッツはその背中にある大きな斧を右手で持ち、豪快に抜いてずしりと構えた。


「下がっててね」


 杖を構えて遠くを見据える彼女は一見冷静だったが、その声は緊張で僅かに震えているのがわかる。

 まさか、とんでもない奴が居るのか?

 真紅の衣装の脇からもう一度木の方角を凝視すると、そこからのそりと巨大な影が姿を現した。

 

 獣人種じゅうじんしゅと呼ばれるものの中で、食欲旺盛で雑食であるオークは初心者殺しとして有名だそうだ。

 その理由は、肥大した腹と分厚い皮により攻撃が通りにくく、さらに巨体から繰り出される怪力の一撃があるからだ。


 そこは実の成る木が群生している場所であり、端から端まではタンジョウの街くらいあろうかという広さで成り立っている。

 食事を摂るには打って付けの場所であるために、実を食べに来たのだろう。猪の頭をした巨大な二足歩行の魔物は、その口からヨダレを垂らし、歯を剥いてこちらを見据えている。


 その顔は、実なんかよりも美味しそうなものを見つけた、と言っているようだった。

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