魔法学
「……というわけで、木を選びました」
「なるほど、実に合理的だね」
順序立てて説明すると、クリストは嬉しそうに頷き、さらに細かな解説に入る。
木、とあるがこれはあくまで元になるものであり、組み合わせによっては新たな属性を生み出せるらしい。
例えば、火と木を組み合わせると、風の魔法が生み出せる。
ただし、あくまで複合なので精密な魔力操作が必要となり、一般的には魔法使いと呼ばれる才能ある者のみが扱える域だという。
よって、大抵の人は基本的な六元素の中から一つのみしか扱えないらしい。
「なあなあ、俺はどれだと思う?」
とりあえず六元素だけ覚えて得意になったブシドウが、俺やゴカゴの顔を見渡して尋ねる。
俺は相手にしないように、まだ半分も残っているミーロの実をかじる。
「ねえお父さん、どの魔法も使えない人っているの?」
「いるよ、そもそも魔力量に関しても人それぞれなんだ。魔力が少なすぎて魔法自体がほとんど扱えない人も珍しくはない」
その答えを聞いて、少女ほブシドウを無垢な瞳で見つめる。
「え、なんだよ」
皮肉にも、ゴカゴの意図を理解できず都合のいい勘違いをした彼は、照れくさそうに口元を隠し、目を逸らしている。
「なんでも」
興味を失ったように照れる彼から視線を切り、熱心に本を見つめる彼女。
いち早く実を平らげたためか、集中して取り組めているみたいだ。
魔法に興味があるのだろうか。もしその気なら、一緒に魔法を学ぶのもいいかもしれない。
それよりも、不穏な話をしていたな。魔力量、か。
実をかじりながらふと思いついた俺は、クリストに尋ねる。
「魔力量って、どうやって調べるんですか?」
自分が魔法を扱えるかどうか、それが早くに分かるだけで何を伸ばすべきかがわかるはず。
はやる気持ちを胸に答えを求めたが、優しそうな顔を歪めた彼は、申し訳なさそうに頭を掻いて言葉を濁す。
「すまないが……それに関しては私は専門外でな。一番手っ取り早いのがギルドで調べてもらう事だが、残念ながらリオンくんの年齢では門前払いを食らうだろう」
「どうして?」
俺に代わって質問を投げかけるゴカゴ。しかし、俺にはなんとなくわかっていた。
冒険者という
だから、子供はそもそも対象外なんだろう。
娘へと説明する内容は大体俺の思った通りで、ギルドという場所には冒険者が集うということを知ることができた。
ということは、ギルドマスターと呼ばれていたあの人が、一番強いということか。
「でもよ、大人になってからいきなり魔法使えって言われても、使えないんじゃねえの?」
いつの間にかミーロの実を食べ終えていたブシドウは、頭の後ろに手を組んで、珍しくまともな事を口走る。
確かにギルドに入れるようになってから魔法を使いだしたんじゃ、遅すぎる気がする。
「ああ、だからこの街ではケンジャさんにそういう話が回ってくるんだ」
「ああ、ケンジャさん! たまに来てお父さんに腰を治してもらってる人ね!」
「こらこら、そんな覚え方をしてはいけないよ」
教会なのに、腰を診てもらうのはどうなんだろうか。
でも、少しだけ希望が見えた気がする。
しかも、此処に居ればいつか会えるなんて凄く都合がいい。
けど、本当に俺は此処に居ても良いのだろうか。
「ん、リオンくんどうしたんだ?」
「……なんでもないです」
危ない、顔に出ていたか。ゴカゴがかなり
とりあえず今は、もう少し魔法について学ぼう。
俺はそう決めて、ミーロの実を頬張った。
まずい、一気に詰め込みすぎた。あわや口から果汁の噴水が飛び出しそうになるが、なんとか危機を回避してクリストさんに話の続きを伺った。
「おっと、そろそろ昼にするか。久々に張り切ってしまったよ」
「お父さん、話すの好きだもんね」
あれから各属性の特徴と、それを生活の中でどう使っているかなど、魔法学の中でも一般常識のようなものをクリストさんは話してくれた。
ゴカゴとブシドウは途中からちょっとぐったりとしていたから、ほとんど一対一で話していた気がする。
おかげで、自分の中で魔法に対する認識が変わった気がする。
魔法は単に戦闘で使うためのものだと思っていたが、日常生活においても沢山使われているみたいだった。
たとえば、部屋の明かりとして使われるランプ。これの光源は、なんと光の魔法だ。
それも、このランプ自体に魔力が込められているらしく、使用者は意図的に魔力を飛ばすことによって強弱を決められる。
これらは魔道具と呼ばれ、世界に広く普及しているらしい。
他にも、スタブの水包丁も魔道具であり、彼の魔力に反応して表面に水を纏わせ、硬い素材も高速振動によって簡単に切れるようになっている。
そして今回、クリストさんから最終的に出された宿題みたいなものがある。それはこの街で使われている魔法や、魔道具を探すことだった。
理屈や理論だけ知ったとしても、想像しにくいからとの事。理由を聞いた俺は、クリストさんがたとえ人を教育する仕事に
「腹減ったなー、今日は肉食いてえな肉」
「昨日も食べたでしょ」
相変わらずゴカゴに怒られながらも、仲の良い二人だ。
書斎を出た俺たちはクリストに言われた通り、昨日の宴で余った生肉や
ちょうど教会の裏手にそれがあり、その中にあるという。
その間に薪を用意するから、井戸の前に適当な食料を持ってきて欲しいとの事だった。
外に出ると、晴天の主役である太陽がほぼ真上におり、何にも遮られないまま強い陽の光を放っている。
書斎に居る間に気にしていた足の怪我だが、幸いなことにほとんど痛みは引いており、少々走るくらいなら問題なさそうだ。
「ゴカゴ、なんか厨房が無いって昨日スタブさんが言ってたんだけど、普段はどうやって食事をしてたの?」
「そりゃお前、そのスタブさんの店からの出前だよ」
三人で並んで歩く中、左隣にいるゴカゴに聞いたはずなのに、その奥のブシドウがぶっきらぼうに言い放つ。
「昨日、ゲエテとスタブさんと門番さんと、もう一人居たでしょ。あの人、スタブさんの店で見習いをしてる人なの。出前の時は、いつもご飯を届けてくださるわ」
俺は記憶を辿り、大人しそうな若い男の顔を思い出そうとする。
駄目だ、ほとんど覚えていない。強いて言うなら、アステマインより寡黙だった、というくらいか。
つまり、昨日居たメンバーは全員クリストさんと近しい存在という事になるな。
「さぁて、肉を持ってくかあ」
「野菜もね」
倉庫に辿り着き、重めの扉を引いて中に入っていく。内部は奥に長く、大人が中で跳んでも頭をぶつけない程度の高さを誇り、等間隔で置かれた棚にはそれぞれ種類分けされた食材が積まれている。
現在それは二列の棚となっており、入って右が肉類。左が野菜と果物類となっていた。
「果物は傷みやすいらしいから、多めに持っていきましょ」
床に置いてあるクリストから渡された背負い籠の中に、さっき食べたにも関わらず、嬉しそうな顔の少女はミーロの実やら他の実やらをぽいぽいと入れていく。
単に彼女が味を占めているだけだが、俺は見て見ぬふりをした。
そういえば村から背負ってきた籠、あの時の馬車の中に置きっぱなしだ。
不意に旅の相棒の事を思い出したが、それが今ではまるで遠い昔の出来事のように感じる。
幸せを感じている、からだろうか。
「よし、背負うか」
意外にも籠背負い係を買って出たブシドウが、気合いと共に立ち上がる。
当初の予定より明らかに果物類が多かったが、それでもよろめきながら何とか進んでいく。
流石に危なっかしいと感じて、俺は後ろから籠を支えてやる。
「二人のお陰で楽してるよ」
二人で運ぶ光景を、横に並んで笑いながら見るゴカゴ。
相当重いのだろう。一歩一歩がだんだん重々しくなっていく彼は、大口を開けて荒い呼吸を繰り返す。
「代わろうか?」
「大丈夫だ」
意地でも最後まで運ぶつもりなんだろう、顔を真っ赤にしながらも歩みを止めない彼を見て、少し見直した自分がいた。
多分、というか大抵ゴカゴの為とはいえ、俺より少し身長が低い彼が頑張る姿はなんだか罪悪感がある。
ようやく目的地である井戸のそばまでやってきて、顔を真っ赤にした少年は籠ごと崩れ落ちるように座り込む。
彼の呼吸が整うのを待ってから、俺は腕を差しのべた。
その顔は一瞬驚いた表情をしてこちらを見上げていたが、やがて無言で手を掴んで来たので引っ張り上げる。
「見直したよ」
「へっ、どんなもんだ」
強がって笑う彼だったがだいぶ足に来ているみたいで、ふらふらと教会の外壁に寄りかかる。
流石に心配になったのか、ゴカゴが近づいていく。
「おお、ありがとう。さて、こちらも準備ができたよ」
クリストは何回か往復して持ってきた薪を、昨日火を焚いた場所に重ねている。
さらに、肉などを刺して火にかける用であろう、鋭く先のとがった枝が、何本か手押し車台の上に置かれていた。
どうやって火をつけるんだろう、と見ていると、気づいた彼はこちらに向かって手を招く。
ゴカゴはブシドウの元に行っていたので、俺は駆け足気味に彼の元へ向かう。
「見ててごらん」
彼は服のポケットから小さな石を取り出し、重ねた薪の手前にゆっくりと置く。
そこに、手のひらを近づけて、待つこと数秒。
突如石が発火して、真っ赤な火を放出しだした。
「うわっ」
一瞬迫ってきた熱の衝撃に少し仰け反り、反射的に右腕を顔の前にやって熱をやり過ごす。
しばらくして薪に炎が燃え移り、そこからはあっという間に燃え上がった。
弾けるような音と共に、揺らめく炎。クリストは立ち上がって籠まで行き、中から手のひらくらいの生肉を取り出すと、台の上に置いていた枝を突き刺して、火のそばに手際よく突き立てる。
その様子を見ていた二人は、真似をするように籠から肉や野菜を取り出し、枝を突き刺して同じように火のそばに置いていく。
「魔道具は、ケンジャさんの師匠であるフィオルさんが作ったとされるんだ」
薪を割るついでに作ったであろう切り株型の椅子に座って、揺れる炎を見ながらぽつりとクリストは話し出す。
「こんなにも画期的で、生活の助けになるものを作った功績として、国から
国からの褒賞となると、家でも貰えるんだろうか。
自分も余っていた椅子に座って、クリストの話に耳を傾ける。
肉汁が滴り落ち出したものを反転させながら、彼は続けた。
「だが、魔道具を作った行為は文明の水準を一気に引き上げすぎたんだ」
声色を落として意味深に言った彼は、焼けた肉が付いている枝を持ち上げて隣に座る俺に渡した。
「ありがとうございます」
彼はにこりと笑って、自らの分も手に取って肉にかじりついた。
かなり熱々に焼けていて、肉が新鮮なおかげで何も付けなくてもすごく美味しい。
あっという間に食べ切ったあと、肉を焼く一連の動作を挟んで、再び椅子に座った。
「すると何が起こったか。戦争だよ。簡単に魔法が再現できるせいで、それを軍事に利用する者が現れたんだ」
哀しそうな目をして、昔を思い出すような口調で彼は語る。
いつの間にか近くに座っていた二人も、クリストさんの話に聞き入っていた。
「当然、生活の質を上げるためだけと考えていたフィオルさんはそれを知って激怒してね。魔法使いの祖と呼ばれていた彼は、その力で和解させようとしたんだ」
次々と肉と野菜が焼けていくが、手に持つ量が増えるばかりだった。
「だが、そんな混乱を魔族が逃すわけがなかった。その侵攻により、ここメオウェルクの西側にあった国が滅んだとされる」
がらがらと薪が崩れて、炎が少し弱まった。
クリストは立ち上がり、近くに置いていた薪を手に取る。
俺はそんな彼に何も言えず、冷めてしまった肉を口に運んだ。
「はは、ごめんね。ただの昔話だよ」
薪をくべたクリストは、はにかむように笑って新たな肉を焼き出した。
「その話、もっと聞きたいです」
クリストさんの口から出た、魔族という言葉。
魔物ではなくはっきりと種族として言ったそれは、ヴァルハラを
魔族の侵攻、消えた西の国。
父は、国の元騎士団員。村に移った理由は母との結婚だと聞いていたけど、あの時の奴の言葉を考えると違う気がする。
嫌な想像が頭を支配しそうになったその時。
「クリストー! クリストはおるかー!」
突然割って入るように、教会の入り口方面から老人の、張り裂けんばかりの声がクリストを呼ぶ。
空には青に混じって
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