ブシドウとの出会い

 クリストに連れられて入った飲食店でも、ゴカゴの帰還が祝われる。

 その際にあわせて紹介されるため、諦めをもって愛想笑いで応えていく。


「リオンくんはどこの街出身だい?」


 皿の上に盛られた肉と野菜を頬張っていた俺に、少女の父親は笑顔で問いかける。

 正直に答えるべきか。俺の村はそもそも街と言えるのか。


「あー、その」


 言い淀む様子を察して欲しかったが、良くしてもらってる手前で隠し事をするのは正直気が引けた。


「あとで私が聞いておくから、別の話題にしましょ」


 助け舟を出してくれたゴカゴに感謝しつつ、慣れない手つきで食器を扱う。街の食事は上品なイメージが強くて、手づかみで食べることが出来た村の食事が懐かしかった。

 とはいえ、元騎士団であり作法に厳しかった父から少しは教わっているから、経験を積めばもっと余裕を持って食事に取り込めるんだろうな。


 食事を終えて俺はお礼を言うが、クリストはまだ行きたい所があると言う。

 娘との再開ついでだからだろう、と思いながら再び三人で通りを歩いていた時。


「ゴカゴ!」


 突然俺たちの前に同い年くらいの男の子が立ち塞がり、ゴカゴの名前を呼んだ。

 真っ黒い髪が真っ直ぐ逆立つように伸びており、顔立ちは勝ち気な印象を受ける。

 さらに眉は逆八の字を描いており、目との隙間があまり無いので常に睨んでいるような目つきだ。

 いかにも喧嘩っ早そうなその少年は、肩で息をしながらゴカゴをしばらく見つめたあと、何故か俺に向かってにらみつけてきた。


「ブシドウ、どうしたのよ」

「どうしたじゃねえよ! 帰ってきたって聞いて、俺は、その」


 目を泳がせながら口ごもる彼は、照れくさそうに口元を手で隠す。


「それよりも! 誰だよそいつは!」


 躊躇ためらいなくこちらに指を差して、生意気な少年は怒鳴った。

 というかこいつ、さっきから明らかに俺に敵対心てきたいしんいだいているよな。


「そいつじゃない、リオン! 私の命の恩人に向かって、指を差さないでちょうだい!」


 一歩前に進み、両手の甲を腰にやったゴカゴも、負けじと叫ぶ。

 その迫力にブシドウはたじろぐが、すぐに持ち直して再びこちらに目を合わせてくる。

 俺はこれ以上関わりたくなかったので、わざとらしく目を逸らした。


「命の恩人だかなんだか知らねえが、そいつは明らかに余所者だろ! 髪の色を見てみろ! この街じゃ見たことがねえ!」


 だからどうした、と思ったが、母譲りの髪の色を馬鹿にされるのはいけ好かない。


「だからどうしたの! さっきから何よ、何しに来たの貴方は!」

「まあまあ、ゴカゴ。ブシドウくんも本当は嬉しくて来てくれたんだよな?」


 流石に見かねたクリストが仲裁ちゅうさいに入り、喧嘩っ早い彼の意を汲み取る。

 しかし、素直じゃないこいつはどうしても俺の存在が気に入らないようだった。


「それならそう言ってよ! だいたい、最初に言うことが誰だよそいつって、おかしいんじゃないの?」


 父親とは対照的な娘の容赦ない口撃こうげきに、可哀想なくらい眉を下げているように見えるが、実際はほぼ平行になっただけだ。

 多分、というか分かりやすいくらい、こいつはゴカゴの事が好きなんだろうな。

 彼女は気づいていないのか、容赦なく怒鳴ってるけども。


「私たちはこれから一旦教会に戻ろうとしててね、一緒に帰らないかい?」


 どうやらこいつは、ゴカゴ達と一緒に住んでいるみたいだ。

 にしても、やはりクリストは教会で働いてる人だったか。いつも同じ服装なのか、急いでいたからかなのかは分からないが、予想を当てた俺は三人のやり取りを見つめていた。


「こいつ」

「リオン!」

「……リオンも来るのか?」


 なんなんだこいつ。なんというか、凄く幼稚だ。感情ダダ漏れで、喜怒哀楽が激しすぎる。もしかしたら俺よりだいぶ歳下かもしれない。

 

「なんだその目は!」


 多分、凄く失礼な目で彼を見ていたんだろう。ブシドウは噛み付くように再び声を上げるが、ついにゴカゴの右手が逆立っている頭をはたいて、軽快な音を響かせる。


「いい加減にしなさい!」


 そこまでされても彼は反撃すらしない。彼女は本当に気づいていないんだろうか。

 揉みくちゃになっている三人を尻目に、俺は辺りを見渡した。

 しばらく立ち止まっていたからか、周りからは結構目立ってしまっているみたいだ。

 このままずっと居れば、また新たな人がゴカゴの帰還を喜び出して、ついには囲まれてしまうだろう。


「あの、ありがとうございました。俺、この辺探検してきます」

「え、リオン?」


 そう言い残して、脱兎のごとく三人から離れていく。

 ブシドウが居るからすぐには追えないはず。何回か曲がり角を曲がって後ろを確認するが、ついてくる気配はない。

 「ふう」と息をついて、髪をかきあげる。ようやく一人になれた。これからは自由に行動させてもらおう。


 しかし、適当に走ってきたとはいえ、凄く大きな通りに出てしまった。人の数もかなりのもので、屋台も立ち並んでいるがために相当賑やかなものだった。

 この感じは村には無かったな。やはり街という場所は栄え方が全然違うみたいだ。

 俺はそれを自覚しながら、適当に大通りを進んでいく。


 買ってくれた服のおかげで、通行人から変な目で見られることは無い。

 呉服屋のラフトの厚意で、あそこでお風呂に入れたから変な匂いもしないし。

 多分、今の俺はこの街に溶け込んでいる。その感覚に、不思議と喜びが込み上げてきた。


 しばらく歩くと、やたら大きな建物が右手に見えてくる。

 巨大な横看板が建物の入口上部に立て掛けられ、そこには【ギルド】と書かれていた。

 どんな店なのかはよく分からないが、そこには沢山の人が出入りしており、繁盛はんじょうしているのが窺える。


 どうせ行く宛がないのだ。俺は目立つその建物に入ってみることにした。

 扉の前まで来るが、大人用しかないのか、ドアノブの位置が俺にとってはかなり高く感じた。

 なんとか手を伸ばしていると、その両開きの扉が勢いよく開き、そばに立っていた俺はぶつかって後ろに勢いよく吹っ飛んだ。


「ああん? ガキがなんでこんな所にいるんだぁ?」


 痛みに顔を歪めていると、ドスの効いた声が上から降ってきた。

 見上げると、顔に傷の入った凶悪な顔をした男が、俺の事をゴミでも見るような目で見下ろしていた。


「駄目よ、子供には優しくしなくちゃ」


 続いて後ろから出てきたやたらと大きい円錐形えんすいがたの黒い帽子を被る女は、男をなだめるように頬をつつく。


「俺は悪くないよな? なぁ?」

「勢いよく開けすぎだ」


 さらにもう一人、目の細い面長の男が現れて、ぴしゃりと言い放つ。


「この馬鹿が済まない、坊や。立てるかい?」


 ゆったりとした膝下まで裾が伸びる服を着た狐目の男は、わざわざひざまずいて手を差し伸べてくる。


「ありがとう」


 俺は素直に手を取り、引っ張り上げられて立ち上がる。

 男は腰周りの砂まではたいてくれて、「よし」と小さく呟いた。


「ほら、ブカッツも謝りなぁ」


 女が言うと、俺を吹っ飛ばした張本人であるブカッツと呼ばれた髪の無い男は、その頭を掻きながらだるそうに口を開く。


「あー、すまねえ。でもお前も気をつけな、扉の前ってのは不用意に立つところじゃあねえからな」


 見た目に反して、意外にも言葉には優しさがあった。

 

「ところで坊や、一人で何してるんだい?」

「あなた、珍しい髪の色してるわね」


 ぐいぐいと来る二人は心配からなのか、やたらと構ってくる。

 なんと答えようか迷っていた時、彼らの後ろからさらに大きな人影が姿を現す。


「入口で固まるな、通行の邪魔だ」

「あ、すみませんギルドマスター」


 とても大きな人だ。見上げると顎の下がはっきり見えるくらいに身長差があり、反り立つ崖にある返しを彷彿ほうふつとさせる。

 その顎には乱雑に生えた髭が散らばっており、ギルドマスターと呼ばれた男は顎を掻きながらゆったりとこちらを見下ろした。


「なんだ、この子供は」

「ブカッツが虐めてたんだよねー」

「ち、ちげぇよ!」


 慌てるブカッツは弁解しようとするが、多分この人は口下手なんだろうな。それ以上は何も言わずに口ごもっていた。


「まあいい、坊主。ここに来るのはまだ早い。保護者は居ないのか? ん?」


 しゃがむだけで風圧が起こりそうな巨漢の男の顔が、目の前に迫る。

 所々白髪が混じってはいるが、若々しさを感じる精悍せいかんな顔立ちをしている。


「ここって、なんですか?」

「あぁ、ここは」


 そう言いながら、周りの三人に追い払うような仕草を挟む男。

 三人は苦笑していたが、特に文句も言わずに去っていく。その際、帽子を被った女性は振り向いて小さく手を振っていた。


「ギルドってとこだ。この街は初めてなようだな、坊主」


 この街というより、街自体が初めてとは言わなかった。


「ここにはな、怖いお兄さんやお姉さんばかりが来るんだ。さっきの男を見ただろう? 怖い思いをしたくなかったら、今度は保護者と来なさい」

「ギルドマスターって、名前ですか?」


 俺は無垢な子供の振りをして、とりあえず思いついたことを質問していく。


「ギルドマスターってのは、ギルドで一番偉い人ってことだ。もういいか? 儂も忙しいんじゃよ」


 困った顔で言う壮年の男を見て、引き留めてしまった事を少し後悔した。


「引き留めてごめんなさい」

「謝る必要はない、じゃあまたな」


 そう言ってゆっくりと立ち上がったあと、踵を返して出てきた扉の中へと戻っていった。

 結局ギルドとはどんな所かよく分からなかったが、最初の三人の身なりからして、冒険者が集まる所だろうと推測した。


 村に流れ着く人の中には、元冒険者だった人もいた。その人から話を聞いた時に、彼が昔着ていたとされる鎧を見せてもらったんだ。

 そこには引っかき傷や凹んだあとが複数あり、それは魔物にやられた傷だったらしい。


 きっとあの三人も、魔物と戦ったりするんだろう。

 今でこそ家畜として飼われるものもいるが、そもそも魔物は魔物だ。

 今でも猪型の魔物の事を思い出すと、背筋が寒くなる。

 俺は魔物の恐怖を知っていた。そして、それを操る存在の事も。


「ここに居た!」


 右手方向からゴカゴの声がして、俺は反射的にそちらに顔をやる。

 指を差して高らかと声を上げる少女を先頭に、少し離れたクリストとブシドウがこちらに歩いてきていた。


「探すの大変だったんだから!」

「ごめん」

「ごめんじゃないよ! はぐれたら私みたいになるよ!」


 相変わらず絶妙に笑えない冗談に、反応に困った俺は目を逸らした。


「とにかく、無事でよかった。危ないのは外だけじゃないからね」


 意味深な彼女の言葉が気になったが、近づいてきたクリストに抱きしめられ、それどころじゃなくなった。


「君は娘の恩人であり、私の息子みたいなものなんだ。心配させないでくれ」


 その言葉は教会でのうたい文句なのか、それとも彼の本心なのか。

 耳元で聞こえたその言葉に、涙が出そうになるのをこらえる。


「そうだ、ブシドウがリオンくんに伝えたいことがあるらしい」


 ブシドウという名前を聞いて、一瞬で涙が引っ込んだ。

 暖かい笑みを浮かべて離れた父親は、隣まで来た悪ガキに目配せをする。


 まさか、こいつも一緒に俺を探していたなんて。

 俺の前に立ったブシドウは、さっきからずっと俯いている。

 照れ臭いのか。第一印象最悪だったもんな。

 

「俺と勝負をしろ」


 どうやら聞き間違いを起こしたみたいだ。なにやら真剣な表情で彼は口走ったみたいだが、多分空耳かなにかだろう。


「ブシドウくん?」

「リオン、俺と勝負だ!」


 聞き間違いじゃ、なかった。

 一体こいつはなんなんだ。間に入ったゴカゴに怒られて、それをなだめるクリストが居て。

 賑やかなのはいいが、せめて会話が出来るようになってほしい。


「ブシドウはあとでしめておくから、とりあえず帰りましょ。リオン」


 物騒な事を言いながら、微笑む少女は自然と手を差し出す。

 手を握る事を躊躇った俺は、少し迷ったあと見て見ぬふりをする。

 すると、痺れを切らした彼女は俺の手を強引に掴んだ。


「焦れったい! 早く行くよ!」


 ゴカゴは駆け出して、釣られて俺も走り出す。

 後ろからブシドウの叫び声が聞こえた気がするが、振り向かずにとにかく足を動かした。


 二人とも置いていってるが、大丈夫なのだろうか。

 人混みを器用に縫うように通り抜けていき、俺たちはブシドウと出会った路地まで戻ってきた。


「ここからもう少し歩いた先よ」


 結構走ったにも関わらず、驚くことに彼女の息はほとんど切れてなかった。もちろん俺もそうだが、それ以上に彼女はたくましい気がする。

 さっきの大通りから一転、人の数はまばらだ。でも、すれ違う人はみんなゴカゴと挨拶を交わしている。

 その空気感が、村に居た時と少し似ていた。


「クリストさんを置いてきてよかったの?」

「だってブシドウも居たもの、お父さんに任せるのが手っ取り早いわ」


 相変わらず合理的な考えを持つ娘の言葉に、俺は思わず失笑する。


「なんで笑うの?」

「ゴカゴって、目的のためならあるもの全て使うよね」


 当たり前じゃない、と言わんばかりにひょうきんな顔をする彼女。

 表情豊かだな、まるでミレイみたいな。


 俺は笑うのをやめて、小さなため息を吐いた。幸いゴカゴに気づかれることはなく、彼女の話に適当な相槌あいづちを打つ。


 これから俺はどうするべきだろう。此処での暮らしはきっと豊かなものになる。けど、生きる目的からは大きく逸れてしまう気がするし、こうしている間にも奴は快復して再び現れるんじゃないかと思うとやはり落ち着けない。


「ねえ、何か隠してることあるでしょ」


 声色の変わった彼女の声が、人通りの少ない路地でやけに大きく響いた。

 斜陽が作り出す建物の影が、俺たちを追い越していく。西日に照らされたゴカゴの顔は眩しそうで、それでいて真剣な眼差しで俺を見つめていた。

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