解毒されたトロピカル因習アイランド

A(C)

第1話

「あのー、トロピカル因習アイランドの人たちってのはね、人を食べるってぇ、どうも私は聞いたんですけどもね、これってのはホントのところどうなんでしょ?」


「あーそうっすね!食いますね!」


 昭和85年、夕方のワイドショーで流れたこのインタビュー映像はお茶の間をにぎやかし、お茶の間に居場所がない人が集うすべてのBBSもこの話題一色になった。

 インタビューに答えていたのは、今春地元から出てきたという目鼻立ちのはっきりした浅黒い青年で、ムラサキスポーツのショッパーを背負っていたから、民放は「この映像はNHKは使えまい」と連日同じ映像を使いまわした。


 BBSではもちろん特定作業が始まった。俺がさっきの映像をソラで言えるほど覚えているのはそれが理由だ。実のところ俺は「特定班」でありまして。


「いや、それにしても出てこなさすぎるだろjk…」


どのBBSに顔を出しても、目新しい情報は見当たらない。昼夜逆転の生活にも飽きがきていた。どいつもこいつも無能ばかりで腹立たしい。夏は日の昇るのが早いのもまた俺を苛立たせる。新聞が投函される音がした。


「ほいほい今日も一番乗りぃ、っと」


新聞受けから手を切らないようにそっと新聞を取り出すと、それは俺が、というか俺の家族がとっている新聞ではなかった。


「いやいや、間違えんなし」


サンダルつっかけ新聞片手に朝日のまぶしい外にでる。するとちょうど半ヘルの原付が戻ってくるところであった。


「あ!いやー申し訳ないっす、おたくじゃなかったっすよね」


真っ白な俺の手から新聞を受け取ろうとするその青年こそ、俺がこの数日探し続けていた時の人その人であった。


「え、あ、ちょっと」


「いやお兄さん困るんすよー、返してもらわないと」


「いや、あのー」


「え?なんすか?あ、お兄さんも俺のおっかけスか?いやーもうモテモテで困っちゃうなぁ」


豪快に笑うその青年は俺の肩を抱いてこう言った。

「話聞きます?俺の島の話」



 他人の家の玄関に、こうも屈託なく座り込んでお茶とお菓子まで出してもらえる好青年が他にいるのなら、ぜひその顔を拝んでみたいもんだ。働きに出る母親を送り出し、俺の父の位牌に手を合わせると、青年はウォークマンをポータブルスピーカーに刺して島の民謡みたいなのを流しながらにこやかに喋りだした。


「トロピカル因習アイランド、ってのは島の名前じゃないんすけど、知ってました?」


「いやさすがにそうだろ、あいやスイマセン、そうでしょう」


「いっすよタメで。んで名前は伊良波宇島っていうんす、あイラハウってのは神様が二人いるって意味なんすけど。で、なんかいろいろしきたりがあって」


「ちょ、ちょっと待て、ください。伊良波宇島はどこにあるんですか」


「あ、それはいっちゃダメなんすよね。米軍の奴らが場所言うなっていうんで」


それはそれすら言っちゃいけないやつじゃないのか。急にヤバさのベクトルが変わったんだが。


「いやまあいいんすよ米軍のことはー。海の話なんでそれ。んでそうしきたり、山の神様の方のしきたりに、落ちてる物は食えってのがあって、それで食っていいんすよ」


「えっそれはどういう」


「え、だからぁ、人が落ちてるじゃないすか、鼻があいてないじゃないすか、だと食っていいんすよ」


「鼻があいてるってのは」


自分でもおかしなところを質問してるのはわかってる。


「え、これ方言?鼻があいてるって方言なんすか!?あのーえーと、鼻に手近づけると風を感じるじゃないすか、そのことです」


「息があるってこと?」


「あー息っていうんすね、じゃあ息がなかったら食っていいんす!」


「えと、つまり、落ちてる人間で息がなかったら食べるってこと」


「そうっすね、まあ鼻あいてても食っちゃうときありますけどね!アハハ!俺の小さいときに米軍と呑んでて、朝起きたらじじさんが米軍食べてたことあったなぁ。あ、じじさんが言ってたこと思い出した、昔はもっと黒くてでかいやつが船に詰まってたりしたらしいっすよ、そういうのは痩せててあんま旨くないから育てて食うんだって」


ちょっと頭痛くなってきた。


「えっと、つまりだな、えーと何て呼べばいいですか」

「なんでもいいっすよ、こっちきてからはタクヤって名乗ってますけど。キムタク好きなんで」


「じゃ、じゃあタクヤさん、今、今道端に人が倒れてたとしたら、食べようかなという選択肢が頭に浮かぶってことですか…」


青年は俺の歪んだ声でしぼりだした言葉に、会ってから一番の大笑いで返した。


「ちょ、そんなこと思うわけないじゃないっすかァッハッハ、お兄さん面白いっすねぇ」


「え、いや、そう?」


「いやそんな面白くはなかったっすよく考えたら。そっすよね、なんで食べるか言ってないすもんね」


無知を笑わないタイプの青年だった。


「山の神様の方は綺麗好きなんすよ。そのまんまにしとくとみんなに呪ってくるんですよね。みんな…えーと、吐く、吐くであってると思うんすけど、吐いちゃったりとかするんすよ。なんで、落ちてる物は食わなきゃいけないんすよね」


なるほど。話が読めてきた。


「んで多分ですけど、山の神は目が見えなくて、こっちの本州までは見えないんすよ、これは俺が勝手に思ってるだけっすけど。だってカラスとかよく死んでるけどみんなドランクしてないのに元気っすもんね」


なるほど、まったくわからん。


「まあ海の向こうっすもんねー。今海の神様の方は米軍が話つけてるから、もしかしたらもうすぐこっちも見えるようになるかもしれませんよ、そうなったらヤバいっすよマジで」


心底心配している、という顔をする青年を前に、俺はこの神話が衛生観念の神格化だとかそういう思考がふっとんでしまった。


「なんか、お腹痛くならないですか、落ちてるもの食べると」


そうなったらこういうことを聞くしかないじゃないか。


「あ、なりますなります!なんだ、知ってるんじゃないすか、そういう時こっちの人ってどうしてるんすか」


「多分、薬飲んだりとか」


「やっぱそうすよね!呑みますよね!あ、じゃあみんなめっちゃ強いだけか、みんなドランクなんすねこっちも、あーよかった、なら安心っす」


「ドランクドランクって言ってるけど」


「あ、これはですねぇ、米軍が教えてくれたんですよ、俺たちがドランクだって。俺たちの薬っていうんすか?俺たちはサケって呼んでますけど、それが米軍がめっちゃ好きらしくて。代わりに船とかくれるんすよね。でっかい船の方は島から動かすなっていうから今ずっとクラブになってますけど」


もう酒はいい。そこを直すことは俺にはできないしもういい。てかもうどうでもよくなってきたな。クラブ?いいじゃないか。そこで一生どんちゃんやってられれば最高だよな。


「そうそうクラブではまさにこんなのが流れてるんすよ」


ポータブルスピーカーから流れ出る音楽は俺が最後に意識した時よりもだいぶテンポが早くなり海は澄み空は晴れ渡り俺の両腕は振り回され靴の隣に落ちた饅頭はいつの間にか口の中で青年の酒と混ざりあって照明が笑っているしHeartbeatにバニーホップが大阪ベイサイドブルース。


「ヤフー。ここも島だよ鶴瓶さん。少年、ラップをやらないか。昇給はアカウミガメの生態に似てるから、君なら日本ダービーの動脈硬化に襲名披露宴がよく似合うよ!」


「あ、神様。お久しぶりっす。相変わらず顔赤いっすね。俺も赤いから許してくださいね」


農道で横揺れする孝三さん73歳の姿が今日のワイドショーでは流れるだろう。今日は記念日。本州がトロピカル因習アイランドになった記念日だ。ビガップ!

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解毒されたトロピカル因習アイランド A(C) @Xavier_AC

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