第2話 ひよっこ
さて…お話は変わります。
ベビー用品メーカーに新卒で入社しましたのは30年前のことです。
社内研修ってありますよね。
当時は時間をかけてやってもらいました。
各部署の部長や課長が業務内容を講義してくれます。
まだ国内に工場がありましたのでそちらにも行きます。
生産ラインに入ったりしました。
「明日は生産部に行きます、スーツではなく動きやすい服装でお願いします。女性はスカートNGです」
そのころは事前に人事部から言い渡されました。
作業させてもらいました。
ベビーカーのリベット打ちました。
会議室に集まり講義もありました。
講師は生産部の部長の高橋さんでした。
日焼けしていて、ガタイがよく、低い声でしぶい感じのちょっと野性味がある人で、ブルーの作業服が本当に似合っていました。
レジュメと当時は言いましたが、プリントが配られました。
さらになにやら表も一枚配られました。
初めてみるタイプの表でした。
「君たち若いからな…黒澤の『椿三十郎』見たことあるか…」
9人いた同期はほとんど首を振りました。
当時は僕らも若かったのです…はい。
「そうだよな…でもいい映画というか面白い映画なんだがな…」
残念そうでした。
冒頭にも書きましたが僕は見ていました。
テレビで放映したときに家族で見た記憶がありました。
「ラストに主演の三船敏郎とライバルの仲代達也が決闘をするんだ…」
近距離でにらみ合う二人のシーンを思い出しました。
「緊張する場面なんだが、当然主演の三船が勝つのだけれどな…」
長い静寂のあとの一瞬の剣さばき、圧巻でした。
「なぜ三船が勝ったか…」
高橋さん、表を手に取り僕らに示しました。
「それがここに書いてある」
え…?
同期のみんなは同じ表情をしました。
なんで勝ったか…なんてね、主人公だし動きが速かったからじゃないの…。
「これが二人の工数を分析した表だ…」
工数とか聞きなれない言葉ですよね。
でもすぐにわかります。
――作業の内容、量ですね――
仲代―右手を左の腰の大刀に向けて動かす
三船―動きなし
仲代―右手で刀の柄を握る
三船―左手で左腰の刀の柄を握る(逆手)
仲代―頭上に向かって抜く、柄はまだ胸あたり
三船―逆手のまま左手で前方に抜く
仲代―柄に左手を添えて振り上げる
三船―刀の峰に(補助として)右手あて切り上げる
仲代―切られながらも振り下ろす
三船―体をずらしてよける
三船の剣がほんの一瞬速かったのですね。
仲代が抜くのを待って抜いたのに…
*****
ここでまた変なお話を入れます。
朝ドラの「ひよっこ」で有村架純ちゃんが工場で働いています。
実は生産部ではいろいろと考えてパーツ、工具を配置します。
作業手順も整備します。
効率的にかつ、ポカといいますがミス、間違いのないように作業手順を作成しそのための工具、部品の配置を行います。
架純ちゃんの作業机といいますか、そこには工具とパーツがきれいに並べられていましたね。
あれも生産部の人たちが
「ああでもない、こうでもない」
という試行錯誤の後にあの配置になったものかと思われます。
どこにパーツを置いてどの順番で作業するか…手の動き人間の特性を考えて手順を決めます。
生産工学になるのでしょうか…。
そのプロになると「椿三十郎」の決闘シーンも
「だから三船が勝ったのだ…」
となるようです。
世の中にはいろいろな学問があるんだな…まさかここで「椿三十郎」が出てくるとは…とも思いました。
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