第29話 老紳士と目的と悪魔使い
俺の笑みに怒りを沸騰させたタトゥーの男は腰に手をやるがそこには銃もガンベルトもなかった。
「ああ、これらは没収したよ。ここの修理費……には足りなそうだが」
俺は懐からテキトーに銃を出してクルリと回す。
「ってめぇ!!」
キャンキャン喚く男の声に少しうんざりした俺は銃口を男に向ける。
「ぐっ……」
男は静かになる。俺は質問をする。
「さっき悪魔使いがなんとかーー」
「おやおや、なにやらひどい有様じゃないか。店主、これはどうしたことかね?」
壊れかけたウエスタンドアを押して明らかに場違いな身なりの整った老紳士が入ってくる。
老紳士とは言ってもまだ60には届いてなさそうな背筋のピンと伸びたダンディな男であった。服装も高級仕立てのスーツにこの辺ではお目にかからないシルクハット、お洒落な杖をついていた。
そんな老紳士の背後には用心棒なのだろうか。2メートルを優に越える上半身半裸の巨人、そしてカウボーイスタイルの一瞬女と見紛うような美青年の2人が立っていた。
大男の方がリーネを見るなり歯を剥き出しにして「ゔゔゔ……」と唸り始める。
「マーフィ、失礼だぞ」
老紳士が小声で嗜めると巨人の男が罰が悪そうにシュンとなる。
老紳士はわざとらしく店内を見渡し、荒くれ者たちで視線を止める。先ほどまで肩で風を切っていたような男たちが萎んだ風船のように小さくなって震えていた。
「……この店内の有様はきみたちがやったのかね?」
「あ、いえ……その……あ、はい」
先ほどまで凄い勢いで凄んでいたタトゥーの男は怒られた子供のように小さくなって返答した。
老紳士はヤレヤレと言ったジェスチャーを入れて帽子を取ると酒場のマスターに頭を下げ
「店主、すまない。うちの者が酷いことをしたようだ。修理代はすべて私の方で見させてもらうよ」
「い、いいえ、リードストンさん。う、うちは店の修理代を見てもらえるだけで……」
老紳士の言葉に酒場の店主は慌てて畏まる。老紳士は頭を上げて今度は俺を見る。
その目は恐ろしく鋭い物であったが
「そちらの御仁も……この辺では見かけない顔だね。旅人かね?」
にこやかに俺に声をかけてくる。
「ああ、今しがた町に着いたんだ。旅人じゃない。俺たちはこの町の教会に用があってね」
「ほぅ……教会に?」
老紳士は顔は笑っていたが目は笑っていなかった。
「ああ、教会本部より使いとしてやってきたケントだ。こちらは助手のシスター・リーネ」
俺は帽子を取ってお辞儀をする。リーネも淑女のように振る舞ってそれに習う。
「ほぅ……これはこれは……ずいぶんと」
老紳士はリーネを嘗め回すように眺めて少し口角が上がる。
「なにか?」
俺はその顔に悪意を感じながら声をかける。
「いやいや……お若いのに遠いからご苦労様ですな。してご用向きはなんのかな?」
老紳士は俺に視線を戻してにこやかさを装う。
「ああ、この町の牧師と連絡が途絶えてましてね。その調査と臨時の牧師、ということで派遣されたのですよ。前任のハンス牧師のことを少し聞かせて頂いても?」
俺は老紳士の様子を伺う。
「ハンス牧師が行方不明?……そういえば私は最近お会いしていないな。店主?牧師さんは最近見かけてないのかね?」
「は、はいっ!!」
老人のわざとらしい質問に酒場のマスターは冷汗をかき、軽く震えながら老人と目を合わさないように回答をした。
俺はそんなマスターを横目に
「そうですか。私もこの後教会の方へ行ってみたいと思います。教会で籠り行でもしているのかもしれませんので。ところでご老人、失礼ながらお名前を伺ってもよろしいですか?」
「ああ、これは失念していた。失礼。私はこの町の北に銀鉱山を持っている者でね。町の顔役もやらせてもらってる、ハインツ・リードストンという者だ。よろしく頼むよ」
そう言って帽子を被りなおして、
「私はまだ所用の途中でね。ここらでお暇させてもらうよ。ドリトン君」
タトゥーの男を見てハインツが声をかけるとドリトンと呼ばれた男は飛び上がりそうなほど素早く直立して
「は、はい!!」
「全員急いで戻りたまえ。あと揉め事は今後控えておくれよ」
そう少し冷やかな声で言うと冷気の籠った瞳でドリトンを威嚇する。
「ひゃ、ひゃあい。す、すいませんでした」
ばね仕掛けのおもちゃのように直角にお辞儀をしてドリトン以下荒くれ者たちが全員頭を下げる。
凄まじい統率力だな。俺はドリトンたちに少し同情をした。
荒くれ者たちが慌てて出て行ったのを確認してからハインツも
「では、私も失礼するよ。……そうだ、ケント君。君もしばらくこの町に滞在するのなら一度私の館に来てくれたまえ。私の所にも小さな礼拝堂があるんだ。そちらで祈りを捧げるのに付き合ってもらいたいものだ」
「……ええ、いずれお伺いしましょう」
「そうか、ぜひ来てくれたまえ。そちらのシスターも……ぜひに」
ハインツの口元に張り付いたような笑みが浮かび、彼はスッと踵をかえして酒場を出て行った。
用心棒の2人もそれに従う。去り際に美青年の用心棒が足を止め
「また会いましょう」
そう言って妖艶な笑みを浮かべて立ち去って行った。
マスターしかいなくなった店内で俺は大きく息を吐き、少し肩の力を抜く。
「……やれやれ、情報どころか本命のお出ましとは。すこし焦ったな」
「ふん、人を気色の悪い目でみよって、ロ〇コンかや?」
リーネはすこぶる不機嫌であった。老人もそうだがその前に巨人の男に威嚇されたのが気に入らなかったのだろう。
「まぁこちらから確認に出向く必要もなくなったな。ターゲットはあのじーさんで間違いない」
俺はリーネを見る。彼女も頷く。
「あのじーさんが今回のターゲットの悪魔使いだ」
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