第26話 終焉の穴

 ドーーーーン、と大きく爆発音が鳴り響き、南西に6本目の紫色の火柱が上がる。

アシュレイはその火柱を見ながら高揚感に満たされていた。


「あぁ、リットさまあと少しです。これに成功すれば褒めていただけるかしら?……あの女ではなくわたくしをみてくれるのかしら?ああ……リットさま……」


 アシュレイはここにいない恋慕の主を想い夜空を見上げる。


 その時、後方から全身の毛穴からドバッと汗の吹き出すような危機感を感じて、アシュレイは俊敏に飛び振り向く。

 先ほどリーネを攻撃してできた穴からキイイィィィィィィン、という風切り音のような音が聞こえてくる。

そしてピカっと一瞬光が漏れ、続けてボンッと床を破壊してなにかが飛び出し、光の柱が天に向かって立ちに昇った。

その光は上空でバッと巨大な翼になって広がる。光の中央には両手に片方づつ、翼の元、聖剣を握ったリーネであった。

リーネは憎々しげに睨みを効かせ大きく口を開いて威嚇しているアシュレイを見て


「待たせたかな?姉上。いや、今のわしゃにはわかる。貴様、やはり姉上ではないな?」


 まるで獣のような面構えのアシュレイだったが、それを置いても最初の頃とは別人のような顔に見えた。


「……本当の姉上はどこに行きやった?」


「シャアアアア!!あのような売女の行方なぞ知るかっ!!あの女はリットさまを裏切った。そのようなクソ女が生きていていいわけがなかろう!!」


 偽アシュレイが醜く笑い、リーネの大事な姉を侮辱する。


「……そうか、お主は……いや、もはや何も言うまい。その身で姉上を侮辱した罪を償うが良いわっ」


 なにかを察したリーネは会話をやめる。

聖剣から噴き出していた光の翼がブワッと拡散し消滅して、リーネの体が勢いよく偽アシュレイに向けて聖剣を構え、落下する。


「ギィィィィィィィィ」


 偽アシュレイが奇声を上げながら魔剣を構え迎撃の体制を取る。魔剣の周りに禍々しい魔力が渦巻く。

 だが、リーネが近づくにつれ集まっていた魔力が徐々に光を放って消滅し始める。


「な、なぜぇぇぇぇぇぇぇ?!」


偽アシュレイはは弱まる魔剣の魔力を集中してかき集めながら剣を逆袈裟に切り上げて落下してくるリーネを狙う。

迎え撃つリーネは空中でクルリと一回転して勢いをつけ、偽アシュレイの攻撃に合わせるように左手に持つ一刀目を振り下ろす。


ぶつかる魔剣と聖剣

黒と白の光がぶつかり飛び散る。


 ガキィィイン、という音と共に魔剣は根本からへし折れる。

武器を失い、驚愕の偽アシュレイにリーネの二刀目が打ち下ろされ、胸部を切り裂く。


「ギィィィィィィィアアアアアアアアォォォ!! 」。


 恐ろしい悲鳴と共に飛び散る赤黒い鮮血。

偽アシュレイは胸部がパカリと開いた状態で距離をとるように跳び下がった。

 同時にリーネが着地し落下でついた勢いに任せて地面を滑るように回転して勢いを殺す。


グガガガガガガガ……


偽アシュレイは奇妙な狂声を上げて壊れた操り人形のようにカクカクと震えている。胸の傷は魚を開いたようにパックリと裂け、その傷口はシュウシュウと白い煙と光を上げていた。


"いまだっ!"


俺は止めを刺すようにリーネに声をかけたが、リーネは地面に剣を突き刺し、荒い息を吐いていた。

よく見るとリーネの身体中からも白い煙が立ち上り、至る所が火傷のように焼け爛れていた。


"リーネっ!!"


俺は慌ててリーネに【完全回復}を使用したが……効果がない。


"くそっ!!"


 俺は何度も【完全回復】を使う。だが一向にリーネの傷は元に戻らなかった。


突然リーネが咳き込み血を吐く。そしてぐらりと前のめりに倒れて行く。


"リーネっ!!"

もう一度俺はリーネを呼ぶ、その声に反応するようにリーネの目が開き、足を前に出して倒れることを防ぐ。そのまま腕で口元の血を拭い、


「……慌てるでない。まだ大丈夫じゃ。奴を見ろ、再生できずに徐々に崩れておる。あと少しじゃ、あと少し……力を貸すのじゃ」


 リーネの両腕は皮膚がぐずぐずになり出血の止まらない。彼女は服の裾を咥えて引きちぎって右手だけ剣の柄にぐるぐる巻きにして強く縛って顔をあげる。

 そして深く深呼吸をすると


「行くぞっ!!」


と叫び、両手に持つ剣を合掌するようにぶつける。神剣と聖剣が一つになり凄まじい光を放つ。


「ぐぅぅぅぅっ…‥」


 リーナが痛みで呻く。

激しい光は徐々に収束して1本の神聖剣となった俺に集まる。

光をすべて吸収し、淡い光の粒子を振りまく大剣を肩に担ぐように構え


「これで最後じゃ」


 そう叫ぶと地面を蹴った。

担いだ神聖剣から黄金の光が噴き出し。一条の光の帯のように収束して剣身が黄金色に変わる。

光の中で疾走するリーネの全身が焼け爛れ始める。

だが勢いを落とすことなく偽アシュレイに向けて一気に突撃する。


「ギィぃぃぃぃ!おのれぇぇぇ、おのれぇぇぇぇぇ!!」


 胸部の傷のせいで思ったように動けぬ偽アシュレイは一目散に背を向けて身体を引きずりながら逃げ出す。


「逃げられると思うかっ愚か者め、あの世で姉上に詫びるがいい!!」


ノタノタと慌て逃げる偽アシュレイの背中に勢いを殺すことなく追いつき、担いだ剣が力強く振り下ろされる。

 ドーーーーンと南東の方角に爆発音が起こり、7本めの火柱が上がるのと同時にリーネの剣はアシュレイを斬り捨てた。


「ぐぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」


 身体の半分が切断された偽アシュレイの肉体を黄金の光が侵食していく。


「……朽ち果てるが良い」


剣を引き、地面に突き立てて立ち上がったリーネは静かに悶え苦しむアシュレイを見下ろす。

そんな彼女のボロボロになった身体も黄金の光の浸食で徐々にその形を崩していた。


 苦しみでのたうち回っていたアシュレイの首がぐりんと急に後ろへ周り、静かに見下ろすリーネをみた。

その表情には狂気に染った満面の笑みを浮かべていた。


「リットさま、下された命は果たせませぬが、このメスガキめは我が命を持って共に地獄へ連れて行きましょう!!」


 そう叫ぶと残っていた右腕がパカりと2つに割れて自らの胸の傷に突っ込むとそのまま力ずくで傷口を開き、そのままぐるりと自らの身体を裏返す。

 すると、裏返された身体の奥に黒々とした穴が出現する。

突然出現した穴はまるで何かの排出口のようにすべてを吸い込み始める。


「な、なんじゃ、これはっ!!」


 突然のことでリーネは慌てて飛び下がるが、地面に着地することなく穴に向けて吸い寄せられる。リーネは素早く神聖剣を両手で持ってバキンと割るように剣を2つにわける。両手に持たれた剣は大きな翼を放出してリーネの身体を舞い上げ、吸い込みと逆方向に飛行して逃れようと試みる。

だが、その吸引力はリーネの飛行速度を上回り、徐々に広がる黒い穴へと引きこもうとしていた。


”なにかわからんがあれはまずいぞっ!!”


「分かっておる!!じゃが前に進めぬ。ええい、ケントもっと出力をださんかっ!!」


”これ以上はお前の身体がっ……”


 俺の悲痛な叫びをかき消すように


「かまわんっ!!やれっ!!このままではお主まで巻き込まれるっ!!」


 リーネの言葉に俺は言葉を失う。


”そんなことっ”


「いいからやれっ!!!」


彼女の悲鳴のような懇願は俺の迷いを振り払う。

俺は力を放出する。スキル【神聖力置換】を使用するが黒い穴の吸引力は衰えることはない。どうやらあれは魔力による現象ではないらしい。

少しずつ穴より遠ざかる。遠ざかれば吸引力は弱まってくる。


”よし、あと少し離れればっ””


希望で少し気が緩んだ瞬間、

目の前に紫の炎が落ちてきて俺たちの行く手を遮った。


”なっ!!これは上がっていた火柱のっ!!”


目の前に現れた紫の炎の壁は徐々に黒い穴に引き寄せられるように迫ってくる。


”くそっ”


 吹き飛ばそうにも飛行に全力をつぎ込んでいる。目の前の炎を吹き飛ばす術がなかった。

その時、ガクンと力の出力が落ちる。


”リーネっ”


 リーネが気を失ったのだ。一気に黒い穴へと引き戻される。

このままでは、飲み込まれる。

なんとかっ、なんとかリーネを救いたい。

救う方法、救う方法はないのかっ!

俺は最大限に頭を働かせて


1つの方法を思いつく。

可能かはわからない。

可能だったとしても

彼女を救うことになってるのかもわからない。

だが、


”ユリエっ、頼むっ!”


 俺はアイテムBOXからユリエにアイテムを持たせて意識の途切れたリーネにむけて放つ。

飛び出したユリエは上手くリーネの口に張り付き、持たせたキビだんごを口の中に押し込んでくれた。


 ピコーンという音と共に


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

[デーモンプリンセス・リーネをテイムしました]

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 と表示された。

彼女の身体の傷がみるみると回復していく。

俺は今涙腺があるならきっと涙を流して喜んだに違いない。


”ユリエ、リーネっ!来いっ!!”


 俺の声で二人がアイテムBOXへと収納されると同時に



俺の身体は黒い穴に吞まれた。




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