第15話 アーバルトの宿屋にて

 ガヤガヤ……

行きかう人の雑踏の中、俺は布でぐるぐる巻きにされてリーネの背中に担がれている。

 リーネと俺が出会ってから一月ほどの月日が流れた。

俺たちは命からがら最果ての地を後にし、サバイバルをしながら一番近い人間の村を経て最も近い国、アーバント王国の首都に出てきた。

かなり……かなりの苦労だった。


「うぅぅむ。人が、人が多いのぅ。うーん、全部殺したい」


 リーネが人に聞こえぬような小さな声でそう呟く。

勘弁してくれ。いろいろな人と出会い、リーネ自身も人に助けられたり、助けたりしたことで少しは人間嫌いが和らいだと思ったのだがそうでもないらしい。


”馬鹿なこと言ってないでとりあえず宿だ。手はずはだいたいわかってきたよな?”


「馬鹿にするでない。わしゃ物覚えはいい方じゃ。とりあえず……その辺の家に押し入って皆殺しにすればよいのじゃろ?」


”……それは魔族流か?”


「いいや、人間流だと聞いたぞ?」


 どこの強盗だよ。

俺はもう一度入念に宿を探す手順を説明する。リーネは煩わしそうにしながらなんとか宿を確保した。

 安宿であったがなかなかいい部屋であった。

部屋に入ってすぐリーネは頭に巻いたターバンをおもむろに外すと、ベッドにダイブする。


「ふぅぅぅぅ。久々の寝床じゃ。まったく高貴なわしゃには野宿は堪える」


 リーネは心底幸せそうに寝床を堪能する。

……俺を床に放り出して、だが。


”とりあえずゆっくりするのはいいが、今後の方針を決めておこう”


 ポンと俺はアイテムboxからここに着く前に行商人から拝借したこの世界の地図を出す。


「おお、ケントのそれはほんに便利じゃの」


 リーネがベッドに寝転がったまま足をバタバタさせつつ床に広がった地図を眺めている。


”とりあえず今はこの最南端の国、アーバント王国の首都アーバルトだ。目指すのは最近きな臭いと噂が絶えないゴラウ王国だ”


 その名を出すと元気だったリーネの顔に暗い影が差す。

無理もない。きな臭さは明らかに彼女の姉の影が見え隠れしていた。

俺はそんな彼女の心境に気づかぬふりをして話を続ける、


”ゴラウ王国までにリーシュト公国、都市国家バシュアナを通る必要があるが”


 俺はそこで言葉を切りリーネを見る。明らかにめんどくさそうな顔をしている。

そりゃここまでくるだけでもたいそうな苦労であったから理解できる。

俺は言葉を続ける。


”海路を使えばここから一発でゴラウ王国の首都に入れる”


 ちらりと見るとまるで最高の料理を目の前にしたような華やいだ笑顔を浮かべていた。


”だが問題がある。船に乗るには商会の推薦状と多額の金、そして身分証が必要だ”


 その言葉にリーネは????を飛ばしていた。

まぁ彼女は人間社会には詳しくないのだから当たり前か。

かくいう俺もそんなに詳しいわけではない、なんせ100年以上も最果ての地に刺さっていたのだ。

 これはここにたどり着く前に行商人たちの護衛を引き受けて移動をしている時に、たまたま耳にすることができたから知り得た情報だ。ちなみにその時リーネは大いびきをかいて寝ていた。俺は話をさらに続ける。


”商会の推薦状は問題ない。ここに一緒に来た行商人の一人がこの街最大の商会の人間だったようだ。覚えてるか?バチコさんを”


俺はリーネに問うた。


「バチコさん??」


リーネはまた?を飛ばす。


”……いつも薪でチーズを焼いてくれてた人だ”


「ああ!!あの美味しい人かっ!!あれは美味かったのぅ。わしゃあれが好物じゃ」


 食い物しか覚えてやがらねぇ。

まぁでもそのおかげでバチコさんはリーネのことを娘のようだと可愛がってくれていた。仕事ぶりも高く評価してくれていたし、きっと彼なら推薦状を書いてくれるだろう。


 あとは金と身分証だ。

こういうのはだいたいどこに行けばいいかは決まっている。

冒険者ギルドだ。


 俺はリーネに意識を向ける。

つい今しがたまで起きていたのに彼女は涎を垂らして眠っていた。

……やれやれ。




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