第14話 リーネの記憶


 リーネから知り得たこと。

 魔王の死から100年が過ぎ、魔族は最果ての地よりさらに昏い地へ追いやられ少なくなった一族が集まって静かにくらしていた。

人に復讐を望む者も多かったが戦力は乏しく、魔王不在の現在では統率も取れていなかった。

 現在、魔王の席にはその妻であったライリーンがまとめ役を買っていたが彼女には人望がなく、多くの魔族が独自に動く状態でそれをまとめることができなかった。

そんな中、魔王の長女、アシュレイが人間の王と手を組むことを提案する。

これには反発が多数出たが現在人間世界は人間同士が争う混乱の元にあるという。

彼女はその混乱に乗じて今一度魔族の脅威を人間に示そうという考えであった。

 これには。魔族の八割の賛同者が出た。この最果てより昏い地を出て肥沃な人間社会を占領することは魔族の願いでもあった。

姉を崇拝していたリーナも当然姉の考えに賛同していた。

あの瞬間までは。


 その日、大好きな姉アシュレイは人間の地に災いを振りまくため結託した人間の国、ゴラウ王国へ潜入するためにこの地を離れる日であった。

 リーネは大好きな姉との最後の別れを惜しむため彼女を探していた。

簡素な、王宮と呼ぶにはあまりにもひどい有様のこの城の中庭の知らぬ者には気づかれぬ姉との秘密の場所でアシュレイの長い黒髪を見かける。

 なんでこんな所に?リーネは不思議に思いながら姉をびっくりさせようとこっそりと近づいた。

 物陰に隠れ、突然飛び出して姉を驚かそうと身構えた時、

姉の微かな甘い吐息を耳にする。


「ぁぁ、リットさま、もっと……」


 姉ともう一人、そこにいる誰かの荒い息遣いが聞こえる。

二人は絡み合い、身体を重ねていた。

リーネは普段優しく、気高い姉の浅ましく男に媚びる嬌声を聞き、身体をすくめて立ち尽くしてしまった。

物陰で動けぬリーネに気づくことなく、二人の情交は激しく燃え上がり、事を終える。

荒い息を吐き合いながら2人は抱き合ったままその場に崩れた。


暫くして


「ふぅ……。アシュレイ。向こうではあまり会えなくなるが俺の命を遂行しろ。すべてが片付けば魔族も人間もすべて滅ぼし、世界は俺たちの物だ」


「…‥はい、リットさまのお心のままに。私はこの魔剣を持ってまずは人の世をかき乱してみせましょう」


 聞いたこともないような甘い女の声で、あの凛々しい姉が男の命に従順な声で媚びを売る。

 魔剣を持ち出すじゃと??それは問題ではなかろうか?あれは魔王の証、勝手に持ち出していいものではない。

不穏な会話にリーネは意を決して飛び出した。


「姉上!!今の話、どういうことじゃ!!」


リーネが飛び出すとそこには半裸の男女が二人、淫らに口づけを交わしていた。

 目のやり場に困ったリーネが目線を逸らそうとしたが、凄まじい殺気を感じて後ろに飛びずさる。

間一髪、先ほどまでリーネが立っていた場所がボコりと抉れ、真っ黒な煙がシュウシュウと噴き出していた。

 一歩遅れていればリーネは肉塊にされていただろう。

男に夢中でリーネの方を振り返りもしなかった姉、アシュレイの手に禍々しく魔力を放出する捻じ曲がった剣が一振り。


魔王の証、魔剣ショーバルム。


「……リーネ。わたくしはいまリット様との時間を大事にしているの。邪魔することはたとえあなたでも許されることではないの」


 男の胸に顔を埋めていたアシュレイがゆっくりと振り返る。リーネの見た姉の瞳は温もりも生気もない冷たいものだった。

リーネの目の前にいる人物が優しく気高く凛々しい姉と同一人物とは到底思えなかった。


「あ、姉上。気でも触れたか?あの優しかった姉上とは……」


 そこまで口にした時、また凄まじい殺気を感じ、リーネは慌ててその場を飛び退く。今度は体制を崩して後ろに尻もちを着く。

先ほどまでリーネがいた場所がまたしてもボコりと抉れて黒い煙を上げている。


「……リーネ、おいたはいけないわね。少し罰を与えないと」


アシュレイが能面のような無表情のままゆらりと動く。

リーネの背筋を氷塊が転がり落ちたような感覚が走る。

尻もち状態から後方へ飛び跳ねるように宙返りをしてリーネはアシュレイ達と距離を取る。

そしてそのまま転身して脱兎のごとくこの場から一目散に逃げた。


 姉上が、姉上がなにかおかしい。魔剣ショーバルム。資格なき者は剣に飲まれると聞く、姉上は剣に吞まれたのか?

それともあのリットとかいうくそ人間に操られているのか?

どちらにせよ、自分が止めねばならぬ。魔剣の力は悪用されてはならぬ。魔王の力あってこその魔剣なのだ。

魔剣を止めるには……同じような力を持つ物が必要だった。

それは父親が人間どもと戦った場所に残っていると聞いた。

父を討った憎き剣に賭けるしかない。

全力で逃げながらリーネは決意した。


「ふん、逃げたか。しかしこのまま捨ててはおけぬな……アシュレイ、わかっているな?」


 リットと呼ばれた男は立ち上がって身だしなみを整えながら逃げたリーネの方角を凝視したまま動かぬアシュレイに声をかける。

リットの言葉にクルリと振り返ったアシュレイは穏やかな笑みを湛えて膝をつき


「すぐ追手を差し向けましょう。後のことはお任せを」


 リットはその言葉を満足げに聞き頷くとゆっくり歩き始める。

その後方をアシュレイが付き従う。彼女の手に魔剣はなかった。

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