2:このぬくもりを守るために

 明くる日。


 少年のを追いかけて、子狐は山を下りてみた。昨日の少年の様子がどうにも気になって、寝付けなかったからである。


 辿り着いたのは、少年と同じ年頃の子供たちが大勢いる、中学校という建物。

 柵の合わせ目から小さな体でひょいと中へ忍び込んだ子狐は、少年のを追いかけて、人気ひとけの無い建物の裏手へと回っていく。


 そこで見た。


 恋しい少年が、大勢の見知らぬ少年たちに囲まれて、殴る蹴るの蛮行にさらされているのを。


能昭ヨシアキ! テメェどういうつもりだ! 金持って来いって言ったよなぁ?」


 の少年の名がヨシアキであることを、子狐アカネは大柄な少年の怒声で知ることになった。


「こ、この前もられたばかりなんだ…… 有るわけが無い、だろ」


 腹を抑えて膝を突いた少年ヨシアキが、苦しそうに呻く。


「無いで済むかよ。俺は持って来いって言ったんだよ」


 傲然と、大柄な少年がヨシアキを見下ろして睨みつける。


「親の財布からでもってりゃいいだろうが。馬鹿かテメェは」

「そんな、こと、できる、かよ」

一々イチイチ口答えするんじゃねぇ!」


 大柄な少年が、ヨシアキに向かって蹴り足を引いた。


「いつまでも無礼ナメてんじゃ…… っ!?」


 小さな体が、大柄な少年の足に激突した。

 子狐は猛然と飛び出していた。取り囲む有象無象の足元をり抜けて、暴漢の軸足に思いっきり体当たりを食らわせる。

 よろめいた暴漢は蹴り足をめて踏ん張った。ヨシアキを守った代償に、小さな体が弾き飛ばされて転がる。


「なんだなんだ?」

「え? 犬か?」

「キツネっぽくね?」


 取り囲む少年たちが騒めく。


「なんだぁコイツはよぉ!」


 暴虐を邪魔された暴漢は一層苛立いらだたしな声を上げ、転がった子狐の小さな体を踏みつけようとした。


「アカネ!?」


 ヨシアキが叫ぶ。

 抑えていた腹の痛みも忘れ、ひざまずいた姿勢から身を投げ出すように暴漢の足元へ転がり込むと、子狐を守るようにかかえて覆いかぶさった。

 踏んづけそこなって足を取られた暴漢は、またしてもよろける羽目ハメになった。

 踏鞴たたらを踏まされた暴漢は、子狐をかばうヨシアキの背中をめ付けると、憎々しに吠えた。


「てめぇの犬か能昭ィィィィ!」


 激昂して、蹴り付ける。

 何度も何度も蹴り付けた。背中を、腿を、脇腹を。


 ヨシアキは、うっ、ぐっ、と何度も苦しに息を詰めながらも、アカネのぬくもりを決して離すことは無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る