第94話 震撼

 ———話は飛びに飛んでバレンタインだ。


 俺は朝、丹菜から「今夜楽しみにしててね♡」と言われた。何となく嫌な予感がしたので「裸にチョコ塗って登場だけは止めてくれ」と言ったら舌打ちされた。マジでやるつもりだったのか?


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 教室に入ると、隣の席の浅原波奈々がただならぬ面持ちで、机に姿勢よく座っていた。俺が席に座ると首がカラクリ人形を思わせるような動きで “ギギギギギ…” と首がこっちを向いた。


「うっす。今日は早いな。今からそんなに固まって……大丈夫か?」


「う…う、うん……だ、だ、大丈夫」


「完全に大丈夫じゃ無いな」


 すると、波奈々は唐突に立ち上がって俺の前に立った。その様子は教室中にただならない空気をまき散らし、その雰囲気を察した生徒全員がこっちを一斉に見た。


 そんな中、波奈々はカバンからちょっとオシャレな紙袋を取り出し、俺の机の上に置いた。


 誰がどう見てもバレンタインのチョコだ。


「はああああぁぁぁぁ——————!」


 その瞬間、その様子を見ていた教室内の生徒全員が騒ぎ出した。後から教室に入ってきた奴は何が起きたか状況を把握できていない。


「何で御前ばっかりモテるんだー!」

作者は平等じゃ無いのかー!」

「浅原さんも正吾の毒牙に……クソがぁ!」

「くそっ! 流石正吾だぜ!」


「お前ら落ち着けよ、これはただの義理だよ」


「そそ、そ、そう、こ、ここれ、ひひ、ひ、日頃の、オレ、オレ、お礼だだから……ぎ、ぎ、義理だだ、だから……」


 波奈々、喋りがもう「DJ.banana」だぞ。スクラッチが過ぎる。取り敢えず波奈々の一言に、皆安堵するが、俺がチョコを貰った事実は変わらないので男共の妬は収まらない。


 しかし彼女の本番はこれからだ。


「お前、本当に大丈夫なのか?」


「ンフー……ンフー……」


 波奈々は再び席の座る。ドキドキを鎮めようと鼻で深呼吸して息が荒くなっている。

 気が付くと丹菜と陽葵がベランダから教室を覗き込んでいた。


「まだですか?」


「もう少しだな」


 すると一人の男子生徒が教室に入ってきた。

 その男は教室に入ると毎朝仲間内で交わしているいつもの挨拶を交わしている。と「いつもの」なんて特別っぽい言い方してるが普通に手を“ピシッ!”っと胸元で上げて挨拶してるだけなんだけどな。そして、波奈々の右隣の席に座る。それを確認した波奈々はカバンを持って徐に立ち上がり、その男の席の前に立った。

 再びただならぬ空気が教室中を覆い、皆、波奈々に注目した。

 周りの状況に気付いていないその男は、波奈々に慣れた感じで挨拶をする。


「あ、浅原さんおはよう御座います。今日は早かったですけど電車、一人で大丈夫でしたか?」


「お、お、お、おは、お、おは……よう」


「どうしたんですか? そんなに畏まって……顔も真っ赤ですよ?」


 すると波奈々は、俺の机に置いたものとは明らかに装飾が違う大きな袋をカバンから取り出して机の上に置いた。


 それを見た男どもが再び一斉に騒ぎ出す。教室内が大騒ぎになった。


「「「はああああああぁぁぁ——————! 

     なんだとおおおおぉぉぉぉ—————!!!!!」」」


「こっちが本命なのかぁ!」

「嘘だろ! 地球がひっくり返る方が確率高いぞ!」

「宝くじ五回連続で一等当選したくらいの衝撃だーーー!」

「嘘だろ……お前……こっち側の人間だろ? こっち側だったよな? そうだろ? 帰ってこいよぉ〜『小宅十斗おたくじっと』氏ぃぃぃぃぃ……」


 そんな周りの声を余所に、波奈々はオタク君に思いの丈をぶつけた。


「お、お、オタ、オタ……じ……十斗君。すすす好きです。好き……好き、に、なちゃっ……た……どうし、どうしたらいい……ですか? 私、小宅十斗、くんが……好き。好き、す好きすぎて、も、もう、一人、じゃ、ど、どうしていいか、わか、分かんない……どうしたら、い、いいのか、お、お、おし、教えてく、く、れますか?」


 波奈々の顔は真っ赤だ。耳も、首も、チョコを置いた手の甲も全部真っ赤だ。目も大きく見開いて何処を見てるか分からない。


 話しかけられたオタク君は、いつもと変わらない表情と口調で波奈々の問いに静かに答えた。


「だったら僕とずっと手を繋いでいればいいと思うよ」


 オタク君はそう言うと波奈々の横に立ち、彼女の両手を取った。すると波奈々の目からボロボロと大粒の涙が大量に溢れて来た。


「あ゛ぢがど。ご……ヒック……ごん゛な゛わ゛だぢでずが、づぎ……ヒック……づ、ぎ……づぎあ゛っでぐで……ズズー……ぐでばずが?」


 もう、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだ。言葉もぐちゃぐちゃだ。そこには美少女の面影は全く無く、ただただ一人の男を好きになった一人の女の子の姿しか無かった。


「安心して、僕も波奈々の事好きだよ。僕に一歩踏み出す勇気が無かったから波奈々の事こんなに苦しめちゃったね。ごめん……これからも宜しくね」


 オタク君の言葉に波奈々の中の堰が切れた。


「っ……うわぁぁぁぁぁ―――――――ん……」


 波奈々は幼子のように泣きながらオタク君に抱きついて泣き続けた。


 晴れて小宅十斗と浅原波奈々は付き合う事になった訳だがここに至るまでの経緯は文化祭まで遡るのだが、俺達がそれを知ったのは正月の初詣だ。


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