第92話 鬱屈
―――ライブは結局二曲しか演奏できなかった。いつもの事だ。
俺達はライブが終わると、昨年同様、走ってステージを降りた。浅原兄妹は顔も知られているのでゆっくり体育館を後にした。波奈々も走れる状態じゃ無かったようだしな。
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―――そして今、皆で部室に集まっていた。
大河は部屋の隅で椅子に腰掛け天井を眺めている。茫然自失と言ったところか? 途中で演奏が止まってしまった事に自分の実力不足を振り返っていると思うが……それとも陽葵に負けた事がショックだったのか……それは本人に聞かないと分からないことだ。
その大河の目の前には陽葵が立っていた。
「浅原君、御免ね。浅原君のギター、ライブハウスで初めて聴いた時、直ぐ気付いたんだ。『この人モテる為だけにギターやってる人だな』って。だから勝負ふっかけたの。絶対私が勝つって分かってたから」
「………」
大河は無言で陽葵の言葉を聞いている。そして大地が……
「あのさ、自分の女が、他の男に手、出されそうになって黙ってる男なんて居るわけねぇよな? 俺が黙ってても陽葵に潰されてたんだろうけど、それを黙って見てるって、彼氏としてどうなんだ? って事で俺が手、出させて貰ったよ。ま、俺の熱に当てられて陽葵まで熱くなったのは誤算だ。二人がかりで潰しに行った形になったのは謝るよ。でも正吾だったら更に被せてもっと熱いサウンドにしてくれたんだろうけどな。完全にお前の実力不足だ」
二人は大河に言葉を残して部屋を出て行った。
「大河……」
波奈々は、兄を心配そうに見ているが大河はそんな妹を尻目に黙って部屋を出て行った。空達も黙って部屋を出る。この場は俺と丹菜、そして波奈々だけになった。
「―――なんか……兄が御免なさい」
「まあ、なんだ……波奈々が謝る事じゃ無いよ。それに波奈々自身はあのライブ楽しく無かったのか? 楽しかったなら今はそれでいいだろ……な?」
「うん……ありがと……」
「さ、間も無く後夜祭始まります。校庭に行きましょう」
俺達は三人で校庭へ向かった
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―――後夜祭……俺達三人は俺を真ん中に左に丹菜、右に波奈々が立っている。
波奈々は兄のことを気にしないようにする為か、それとも本当に気にしていないのか分からないが明るいテンションでさっきのライブの話しをしてきた。
「しかし皆ぶっ飛んでたね? 練習は意味ないし、限界超えてくるし、葉倉さんの限界は見えないし……みんな化けもんだよホント」
波奈々の様子を見るにライブは楽しかったようでなによりだ。
「波奈々、最後まで演奏仕切っただろ」
「あれは完全に正吾君のお蔭だよ。正吾君のエスコートが無ければ最後まで弾けなかった……間奏で葉倉さんが浮気現場見つけたみたいに邪魔入ったけど……」
「そうです! なんですかあれ! 私という者がありながら、他の女をエスコートするなんて……しかも彼女である私の目の前で堂々と! どういう事ですか!」
私丹菜はあの時のことを思い出して怒り頂点だ。ま、俺は俺の持論を丹菜に話すだけなんだがな。
「え? だって『音』を『楽』しんで音楽だろ? 音楽やってて楽しくなかったらただの『音』だぞ? ただの音、客に聞かせるわけに行かねーだろ。そもそも客なんてステージ上の恋愛事情なんて知らねぇんだ。だったら全力で楽しい方向に持って行った方が俺らも客も皆楽しくなるだろ? あれだ! 『ワンフォアオール・ホールインワン』ってやつだよ」
「正吾君、その言葉、使い方がちょと違うし言葉も間違っています。ハァー……なんか自分が小さく感じてきました。そうですね。今回は私が悪かったです。御免なさい。お二人の邪魔しちゃって」
「邪魔だなんて……葉倉さん謝んないで。私は助けられただけだし、それに葉倉さんのお蔭で一つ上のステージに上がった感じだし……また一緒に皆と演奏できたら嬉しいかな……ね? 正吾君」
「そうだな……」
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波奈々はそう言い残すとどこかへ消えてしまった。
「はぁ~あ……今年も結局ステージに上がっちゃいましたね」
「だな。今年もなんだかんだで楽しい文化祭だったな」
「はい」
最後、ちょっと
今のうちから伏線張っとくが、来年の文化祭もステージに上がる。でもその時俺は……。
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