第88話 利己
———文化祭二日目。今日はステージの演目で15時からハイスペックスが出演するという事で学校中の生徒と一部の一般客が騒いでいた。
波奈々が俺に話しかけてきた。
「ハイスペックスってさ、全国に結構ファン居るけどあくまで『画面の向こうの人』何だよね。だけど、活動拠点だとこんなに騒ぎになるんだ……なんか凄いね」
「やっぱそう思う？ 俺も髪上げて歩いてると稀に声かけられるからな。芸能人じゃねぇ！ って思いながらも俺ってそれなりに有名人なんだなってやっぱ自覚しちゃうわな」
「大河、とんでもないバンドに関わろうとしてるな……今まであのとおり自分の思いどおりに周りを誘導して、なんだかんだで自分の思いどおりな展開に持ってってたんだけど、流石にハイスペックスは手に余るね」
最近の大河が
「大河の奴、陽葵の事諦めるつもりは無いんだな？」
「全然無いね。ハイスペックスの加入もだけど、希乃さんに関しては既に大宮君に勝ったつもりでいるよ」
「大地も嘗められてるな」
「嘗めてるね。私も大地君と大河なら大河勝てると思ってんだけど……」
「まずハイスペックスだけどな。ありゃ、俺含めてエゴイスト集団だからな？」
「……エゴイスト？」
「そう、皆自分勝手だよ。陽葵なんて『丹菜の歌声がー』なんて言ってるけど、あいつが一番最初にタガ外して暴れ始めるからな。空なんて自分が目立つ事しか考えてねぇし……最初の頃は顔丸出しで目立とうとしてたんだから」
「そうなの？」
「芳賀さんと付き合い始めて隠し始めたけどさ。で、丹菜はただただ気持ち良く歌いだけだし、俺も同じようなもんか……大地は元々裏方楽器だから静かだな」
「やっぱり、そういう目で見ると、大宮君って大河が勝てそうにしか見えないんだよね。そもそも大宮君、どうやって希乃さん口説いたんだろ？ 大河も言ってたけど、凄く不思議なんだよね」
浅原兄妹は大地が陽葵を口説いたって思ってるみたいだが、事実を知ればショックを受けて午後のライブに影響があるので今は何も言わないでおいた。ライブが終わったら教えてやるか……。
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俺達は午後になり、二時半には体育館の倉庫に身を潜めて居た。前回と一緒だ。体育館は遠目には誰だかよくわからないくらい暗い。
「またこの部屋に来てしまったな」
「浅原兄弟は？」
「間も無く来るんじゃない？」
「丹菜、今日のテンションどう？」
「昨夜、沢山正吾君に甘えたんでテンションマックスです」
「あーあ、終わったね。浅原兄妹、立ってられるかな？ これ、下手したら私らもヤバいよ」
「テンション低いのもお客さんに悪いだろ？ いいんだよ。楽しく行こう」
「遅れてごめーん」
「申し訳無い。ちょと準備に手間取って……」
「来たか。で、調子はどうよ？」
「全然問題無いよ」
「私も調子いいよ♪」
「そうか……テンション下げて悪いが、最悪な知らせがある」
「え？ 何？」
「丹菜が絶好調だ」
「それっていい知らせじゃないの？」
「最悪だよ。こっちが全力出して限界来てんのに更に絞り出さないと丹菜の声に負けちゃうんだもん。で、最高の演奏に客が乗るでしょ？ そうすると丹菜の熱量上がってウチらもっと絞り出して客は更に乗って……悪循環だよ」
「……」
大河、俺らのテンションの低さにどういう状況か理解できたようだ。
「ただね、これが病みつきになっちゃうんだよ。自分の限界超えた先が見えてさ……ちょっとヤバいから先に浅原さんに言っとくよ———」
陽葵は波奈々の耳元で囁いた。すると波奈々の顔が一気に赤くなった。
「ば……、な、希乃さん何言ってんの！」
陽葵は舌を出して「テヘッ♡」ってしてる。何言った？
さて、次の組みがステージに上がった。
体育館内は遠目に誰だかよくわからないくらい暗い。俺達は前回同様、ローブを着て仮面を付けて音も無くスルスルっと舞台袖に入って行った。
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