第51話 瑠衣
——―俺達は親父達と四人で「喫茶希乃音」に出かけた。
俺は親父と歩いている。ちょっと離れて丹菜とお袋が並んで後ろを歩いていた。
「丹菜ちゃん一人暮らしなんだろ? ご両親はどうしてんだ?」
「そのことなんだが、丹菜の両親……事故で亡くなってんだ」
「そうなのか? ……そうか……それじゃあ、少なくともお前が守ってやらないとな」
「ああ……ただ、女子高生が一人暮らしってかなり危険だろ。だからそれを知ってるの、俺と今から向かう希乃音の娘だけなんだよ。バンドのメンバーにも内緒にしている」
「そうか……ところで彼女の生活費ってどうなってんだ? お前みたく仕送りとか有るわけじゃ無いだろ」
「そこは俺も教えて貰っていない。本人は『大丈夫。気にしないで』としか言わない。実際、普通に生活してるから俺がとやかく言う事じゃないと思って何も聞いてないけどな」
「そうか……親戚とかは?」
「先週までその親戚の家に行ってたから拠り所は無いわけじゃないようだ。聞けば今の親代わりな感じらしいけど、彼女自身が優しくされ過ぎて居たたまれなくて家を出たって話しだ。だから仲は全然いいらしくて、そのうち俺を連れてこいって言われたらしい」
「なんだ? 結婚の挨拶か? 俺は止めないぞ。彼女なら問題無い。寧ろ問題はお前の方にある」
「結婚の事はさておき、問題については俺も自覚している……ところで後ろが盛り上がってんな……」
後ろを振り返ると丹菜とお袋がスマホを見ながら盛り上がっている。さっきちらっと「料理」とか聞こえたが……まさか先週の俺の料理の写真見せてるんじゃないだろうな。
「おい。丹菜、何見せてんだよ!」
「正吾君が作った料理の写真ですが何か?」
「バカ! 余計な物見せんな。今すぐ削除しろ!」
「いいじゃ無いですか。減るもんじゃ無いですし、それに正吾君の成長記録です。私はお母さんに報告する義務があります」
「———うっ」
「はっはっは、何だ正吾、丹菜ちゃんの尻にしっかり敷かれてるな。これならお前にどうこう言う必要もなさそうだ。丹菜ちゃんさえ良ければいつでもコイツもらってやってくれ」
「え、———はい、頂きます」
おいおい、「頂きます」って俺は食べ物か? なんか結婚宣言しちゃったような気が……この歳でそんなこと言うとちょっとママゴトっぽいな。
丹菜の境遇を考えると早い話でもないのかな。
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―――喫茶希乃音に着いた。
“カラン♩コロン♫カラン♪……”
「―――いらっしゃ……大吾! それに心花ちゃんも! 久しぶりだな」
「よっ」
「久しぶり―」
親父とお袋、そしてマスターは凄く嬉しそうだ。
「正吾君も一緒か……それに丹菜ちゃんも」
「マスターこんにちは」
「―――こんにちは」
奥から陽葵が顔を出した。
「あ、丹菜に正吾君いらっしゃい……あれ? えっと……」
「親父とお袋」
「え―――! 以前、良く見かけてたお客さん……正吾君のお父さんとお母さんだったんだ」
なんと! 陽葵、俺の両親と面識あったのか。
「久しぶりって言った方がいいのかな?」
そう言いながら、親父はカウンターに座った。それに習って俺達もカウンターに座った。ま、親父達もマスターとゆっくり話がしたいだろうからな。
陽葵は親父と話しの続きをしている。ちょっと不思議な光景だ。
「はい。お久しぶりです。ビックリです」
「俺もビックリだよ、まさか俺らの子供達でバンド組んでたなんて思いもしなかったよ」
親父は陽葵にそう言うと、今度はマスターに話しかけた。
「息子に聞いたが陸も元気らしいな」
「ああ、全然変わってないよ……って、まだ一年も経ってないぞ。そういや、子供達がバンド組んであいつ、またバンド熱が上がって復活言い始めたぞ」
「いいな……だが残念。来週からまた向こうに行かないといけないんだよ」
「そっか、残念だな。ところでご注文は?」
「皆、カツサンドでいいな?」
親父は俺達にカツサンド一択で確認してきたが、答えは「はい」か「イエス」だ。全員、迷う事無くカツサンドを注文した。
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「ご馳走様。いやー、相変わらず美味いな」
「親父よ、今まで何故俺をここに連れてこなかった」
「あ? そりゃお前……この店の雰囲気見てみろ、お前が来ていいような場所じゃないだろ」
「―――確かに」
前、一人出来た時、既にこの雰囲気に飲まれてたからな。この喫茶店は高校生が来るような場所じゃ無い。
そんな事を考えている俺を尻目に親父とマスターは話し込んでいた。
「ところで『瑠衣』、どうしてるか分るか?」
「さあな……一度、皆で子供達連れて集まって以来、会ってないからな……音沙汰も無いし……」
丹菜は不意に親父達の会話に割って入った。
「あの……心花さんも話してましたが、その『ルイ』さんの苗字って……」
「ん? どうした?」
「すみません。ちょっと気になって……」
「そうか、結婚前は『七瀬』だったな。結婚してから……」
―――ん? 丹菜の目が見開いた。なんか様子がおかしい……丹菜は徐にスマホをカバンから取り出し、画面をスライドしている。そして、無言で親父達にスマホを差し出し画面を見せた。
「―――ん? どうした丹菜ちゃん……あれ? 瑠衣だ……え?」
「『七瀬瑠衣』。私の母です」
「―――!」
親父の顔が険しくなって丹菜を凝視している。さっき、俺が丹菜の両親が亡くなっている事を教えたからだ。
丹菜の様子も少し落ち着きが無いような感じになった。この後、マスターが根掘り葉掘り丹菜に聞き始める。そうすると丹菜は多分……丹菜はここに居ない方がいい。俺はそう判断して行動に移した。
「親父……先帰ってるわ」
「分かった」
多分、親父が説明してくれる。陽葵も一応知っているからある程度の事情は説明できる。そしてこの後、大宮さんのところに行くはずだ。大地が一緒に居なければいいが、もし一緒だったら丹菜が一人暮らしである事は大地には伏せて欲しい。
「くれぐれも……」
「分かってる」
俺の考え、親父に伝わっただろうか?
俺は丹菜の手を取り二人で店を出た。店を出るとき振り返ると陽葵が心配そうな顔をしていた。
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―――マンションへの帰り道。
「すまない、親父には丹菜の両親のこと話した」
「―――それは……別に大丈夫です。いずれ話さなきゃなりませんし、まして一人暮らしの女子高生が男の人と半同棲な生活してる時点で不自然ですから。でも、話しててくれて良かったです。もしそのこと教えず、あのままあそこに居たら多分、色々聞かれて、私、お店に迷惑が掛かるくらいに泣いてたと思います」
「―――そう言って貰えると助かるよ。親父には丹菜が一人暮らしって事は陽葵しか知らないって事は話してるし、さっき念を押したから、大宮さんに瑠衣さんが丹菜のお母さんってことは伏せて亡くなった事を説明してると思う」
俺は丹菜の手を取り真っ直ぐマンションへ戻った―――。
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