第45話 叫喚

 ———彼女は俺の返事とか全く聞くこと無く俺の腕を取り、廊下へ向かった。凄い人混みだったが、皆、俺達を避けて道を作ってくれた。「十戒」の海が割れるシーンのようだ。

 丹菜の顔は満遍の笑みだ。俺の席にあった食器に目をやると陽葵が片付けてくれてた。ありがとう。


 当然だが「学校一美少女」と言われる丹菜の告白は全生徒に知られるのにそれ程時間は掛からなかった。


 参った……まさか丹菜を突き放した結果、こんな事態になるとは思わなかった。

 彼女の好意は気付いていたが、俺が丹菜を想う以上に丹菜は俺の事を想っていたようだ。この一日ちょっとの時間で想いが膨らみ「バレンタイン」がキッカケで爆発したってところか……。

 しかし、全校生徒の注目を浴びるのは勘弁して欲しかったよ。


「丹菜さん……勘弁して下さいよ」


「『丹菜さん』じゃなくて『丹菜』ですよ。ニコニコ」


「丹菜、何でこんなことした?」


「正吾君言ったじゃないですか。『離れて見えることもある』って。見えた結果、私は正吾君が傍にいないとダメダメだって事が分かりました。そして我慢出来なかったので、行動に移しました。ふふふ」


「一日でダメだったの?」


「もう、耐えられませんでした。私もビックリです。寂しすぎて、気がおかしくなりかけました」


 ———はは……お互いダメダメだ。丹菜も一日で駄目だったって……丹菜は自分の気持ちに正直になった。だったら俺も素直になるしかないよな。


「分かった。常にとは言えないけど、出来るだけ丹菜の傍にいるよ。正直、俺もダメダメだった事が分かったしな」


「そうなんですか?」


「俺もお前がいないとダメダメだよ」


「私のことスキスキですか?」


「認める。丹菜の事スキスキだ」


 ・

 ・

 ・


 教室に入ると、丹菜はクラスの皆に大きな声で俺の事を紹介……って、おい! 丹菜さんあんた何やってんの?


「皆さん紹介します♪ 私の彼氏の御前正吾です♡ 皆さん仲良くして下さい」


 皆、唖然とした顔で俺達を見ている。いや、俺も唖然としちゃってるんだけど……。


「ちょ…おい、仲良くって何だよ」


「正吾君も言って」


「え? 俺も? 丹菜の彼氏の正吾です……ども。 ———これでいいか?」


「ま、ヨシとしましょう♪」


 食堂にいなかった奴らは状況を飲み込めていないようだ。

 そいつらは、食堂で終始見ていた奴から事情を聞いて驚いている。


 俺と丹菜のやり取りを見た女子が一人、高瀬に声を掛けた。


「ねぇ、高瀬君、葉倉さんいいの?」


「ん? 俺? 別にいいよ。俺も彼女いるし———」


 そう言って、高瀬は椅子に座っている女子の隣に立って肩に手を置いた。その子は笑顔で肩に置かれた手の上に自分の手を添えた。


「俺の彼女の 佐藤舞美さとうまみです」


「「「ええええぇぇぇぇ――――!」」」


 そっちはそっちで大騒ぎだ。高瀬は堂々とした態度だ。こいつの事は嫌いだが、これは俺も見習わなければならない。そして高瀬が一言。


「舞美のこと取っちゃダメだよ」


佐藤舞美さとうまみ」実は佐藤さん脚が片方義足である。人あたりが良く、何事も前向きで色々チャレンジしてみる、所謂「意識高い系」に分類される子だ。クラスの中心的人物の一人で、高瀬グループにも在籍している。たまに義足が悪さして不自由する時がある。そこが男の保護欲を駆り立てられ「守ってあげたい系女子」に分類されてる。


 初詣で丹菜は彼女が歩いて来たことを心配していたのはそう言うことだ。


 話は戻して、教室内では涙を堪えてるのか、天井を見ている男と女子が数名いた。


 女子は高瀬へまだチョコを渡していない。早い時間に渡すと置き場所がなくなるので放課後に渡すという高瀬ルールが敷かれていたようである。しかしこの様子では……渡せないよな?


 佐藤さんはさり気無く手を合わせながら俺達に聞いてきた。


「えーっと……あの時の……なの?」


 どうやら「初詣の時一緒にいた男なのか?」と聞いているようだ。


 丹菜はニコニコしながら口元に人差し指を当てた。その様子を見た高瀬がこっそり耳元で教えたようだ。佐藤さん、かなり驚いている。「内緒にしろ」って高瀬に言ったが、高瀬は今それを破った。しかし「彼女」となった佐藤さんは、もう高瀬の一部であり、高瀬の一部を引き継ぐ権利がある。なのでその様子を見ていた俺も念を押して佐藤さんに向けて人差し指を口に当てた。因みに前髪で見えないがウィンク付きだ。


 今度は他の子から質問が来た。


「葉倉さんはいつから……正吾君のこと……」


「私ですか? 正吾君ラブになったのは文化祭前かな? 一緒にいるようになったのはもっと前ですけど」


「おいおい、あんまり余計なこと話すなよ」


「いいじゃないですか。減るもんじゃ無いですし。それに今まで内緒にしていたことが多いんです。聞かれた事はちゃんと答えないと相手に失礼ですよ」


「———そうだな」


 俺の一言にクラスの奴らが驚いているようだ。


「え? そんなあっさり許しちゃうの? 正吾君ていつもこうなの?」


「そうですよ。私の言うこと何でも聞いてくれます。エヘヘ」


「意外……ちょっと怖いイメージ持ってた。って、こんな葉倉さんも初めて見るけど……可愛い」


 食堂から戻ってきた陽葵が横から割って入ってきた。


「大体、私が前に『正吾っぺ』なんて言ってたあの『正吾君事変』あったでしょ? あの時だって正吾君なんにも言わなかったでしょ」


「すると、希乃さんも知ってたの? この二人の事」


「知ってるも何も、側でずっと見てたよ。もどかしいったらありゃしない」


“キーン、コーン、カーン、コーン……”



 今日は陽葵、高瀬・佐藤、丹菜と俺の事実が発覚し阿鼻叫喚の一日になった。


 ・

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 ・


 ———放課後。


「合鍵、今無いからこれで部屋入って」


 俺は俺が持ってた俺自身の部屋の鍵を丹菜に預けた。丹菜はその鍵をギュッと握り、胸に押し当てた。


 部屋の鍵を人に預ける……なんか自分の全てをその人に預けた感じがした。

 丹菜に俺の全部を……か———ロックだ。

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