第28話 満喫

 ———土曜日。


 今日は陽葵が丹菜の家に遊びに来る日だ。なので俺はマンションを出て、久々に自宅に戻っていた。自宅と行っても今は亡き爺さんの家だ。


 高校に入る時、親父達は既に海外に行く計画を立てていて、親父が知る街に住んで貰った方が安心と言うことで、俺はこの街の高校を受験した。そして、一人暮らしをするまでの間、家族みんなでこの爺さんの家で過ごしてたわけだ。


 このまま俺が住んでも良かったのだが、流石に一人で住むには家がデカすぎて管理が出来ないと言うことでマンションで生活する事になった訳だ。


 因みにこの家、喫茶希乃音に意外と近く、歩いて十分程度で着く。昔親父がバンドを組んでいた時の背景が少し見えた気がした。


 家に着いて、まずは庭の様子を見る。


「あ―――、庭は……ちょっと雑草が凄いけど……枯れてるからいいか」


 そして玄関を開けて家の中へ……全ての部屋を覗いてみたがちょっと埃っぽいかな? くらいで何も変わった様子はない。


「大丈夫そうだな」


 時間はお昼になった。俺は「喫茶希乃音」にカツサンドを食べに行った。


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“カラン♩コロン♫カラン♪……”


 ドアを開けるとよく聞く鐘の音が店内に響いた。


 店には何組かのお客さんが入っていた。当然、俺が客の中では一番若い。「若い」と言うより客層と貫禄から「幼い」と言う表現の方が合う程、俺はこの場に似つかわしく無い感じだ。


「いらっしゃいませ———お、君は確か正吾君だったね」


「先日はご馳走様でした」


 そう言いながら俺はカウンターに腰を下ろした。


「いやいや、しっかりお金頂いてるからこっちが有り難うだよ。ところで今日は一人かい?」


「はい、先日来た時、ちょっと気になるメニューがあったんで、食べに来てみました」


「それじゃあ、注文お伺いします」


「カツサンド一つと、カフェラテ一つ下さい」


「カツサンド一つとカフェラテ一つですね。畏まりました」


 注文を確認するとマスター陽葵パパは、中の厨房に入り、暫く作業をしていた。


 しかし、「娘の友達」ではなく、一人のお客さんとして対応する所はやはり往年の所業と言ったところか。俺もオッサンになったらああいうふうに振る舞いたいね。


 暫くすると、誰かがピアノを弾き始めた。ジャズだ。この喫茶店の雰囲気にジャズは中々合う。もうちょっと遅い時間だともっといい雰囲気になりそうだ。


「———お待たせしました」


 マスターが、カツサンドとカフェラテをカウンターに置いた。


「うおっ! 見た目が既に美味いですね」


「分かる? うちの看板商品。って言うか、これでうちの店もってるようなもんだからね」


「それじゃあ、早速———」


“———ササクゥッ”


「———! 美味い♪ サクサクでジューシーで肉汁がパンに吸い込まれてパンも一味変わった。凄く美味い!」


「ふっふっふ。だろう? 自慢の一品だからね。自信を持って提供しているよ。今度、先日の彼女さんと一緒に食べにおいで」


「はい。是非また伺います」


「彼女」の言葉は面倒だから否定しなかった。 


「———そう言えば、大吾は今何処に行ってるんだい?」


「たまにメール来ますが、今は東南アジアにいるみたいです。『世界が俺を呼んでいる』ってだけ言って出て行ったんで何してるかは分かりませんが……」


「相変わらず行動が飛んでるな。心花みはなちゃんも良く着いていくもんだ」


「流石に俺は着いていけませんでした。はは」


 親父の話が出たので少し詳しく聞いてみた。

 親父達のバンドは、俺達が産れて数年した後に活動休止したそうだ。その後、親父とお袋は別の街に移住……俺が育った街だな。

 大地の親父さんは、未だにバンドを復活させたいらしいが、マスターは体力的に二曲が限界だから無理だと言っている。

 そして、俺と大地と陽葵はやっぱり一度顔を合わせた事があった―――四歳の時一度だけ……縁って面白いな。その時、もう一人女の子がいたらしいが……。


 そんな会話をして俺は店を出た。


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 行く当てが無くなった俺は、マンション一階にあるコンビニに来ていた。実はこのマンションの一階はコンビニになっているのだ。

 このコンビニ、夜遅い時間だとマンションに住んでいる女の子がパジャマ姿で店内を 彷徨うろついていたりもする。


 俺は店に入り、ふと外に目をやると、店の入り口から見知った顔が入って来た。———陽葵だ!


 まさか、ここで会うとは思わなかった。会うなら玄関先かエレベーターだと思ったんだが……。

 俺は気が付かないフリをして目の前にあった雑誌を徐に手に取り、立ち読みのフリをしようと雑誌を開くと……そこには衣服を身に纏う事なく、たわわに実った果実を二つ曝け出した女性の写真が現れた———エロ本だった。


 おい! 今、コンビニにこの手の本は置かないんじゃないのか? ん? やばい、陽葵が……陽葵が近づいて来た。

 本を元に戻す間も無く陽葵は俺に話しかけて来た。


「あれ? 正吾君、こんな所で何エロ本読んでんの?」


「———ああ、ちょっとロックを求めて……な」


 俺は慌てていた。エロ本にロックを求めるなんてロックじゃ無いだろ。

 陽葵は俺が開いているページを背伸びして覗き込んできた。


「———ふーん、正吾君て結構スレンダーな子好きなの? あ、この子ちょっと丹菜に似てるね。丹菜、結構スレンダーだし……そっかそっか♪」


「———ふっ……この本の中に、俺が求めるロックは無かったようだ」


 俺は陽葵の言葉に耳を貸さず、本を静かに閉じ、元あった場所に戻した。陽葵はニヤけながらジト目で俺を見ている。


「正吾君の家ってこの辺なの?」


「まあな、そう言えば今日は丹菜と勉強会じゃ無かったのか?」


「え? うん。何で知ってるの?」


「(やべっ! 俺はこの話、直接聞いてなかった)」


「———あー、机に突っ伏してても寝てない事多いからな。会話が聞こえたんだよ」


「そっか。丹菜の家もこの辺なんだよ。知ってた?」


「まぁな、毎朝見かけるしな」


「そうなんだ」


「で、お前はここに何しに来たんだ?」


「そうだ、おやつ買って早く戻んないと」


「俺もそろそろ家に帰るか……じゃあな」


「うん、じゃあね」


 俺は何も買わずに先に店を出た。店を出ても行き先が無いのでマンションを一旦離れ、近くの公園で一休みしてから再びマンションに戻った。


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 ———その日の夜。


「正吾君、陽葵に聞きましたよ。コンビニでエロ本読んでたそうじゃ無いですか。しかも私に似た子のオッパイ眺めてたって言ってました」


「———あ、いや、そ、それは誤解でだな」


「その子のオッパイと私のオッパイ、どっちが綺麗ですか?」


 丹菜は自分の胸を持ち上げて俺に突き出してきた。流石の俺もそれは直視出来ないぞ。チラ見はしてるが……。


「いや、だからな、あれは陽葵が……」


「陽葵のオッパイの方が好みなんですか? 彼女、体は小柄でも胸は大柄ですもんね」


 丹菜が拗ねてソッポを向いている……けど、横目に俺をチラッと見てニヤっとした———コイツ俺を揶揄ってるな? コイツが楽しいって思ってるなら付き合ってやるか———。


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 ・


 ——— 一日の最後に変な疲れが残った夜だった。

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