第27話 招待
———文化祭の準備を機に俺のバイトのシフトとかをちょっと変えてみた。まず、土曜日の「Seeker」でのバイトは辞める事にした。
今まで、助っ人として声をかけてもらうのが目的で、店に一日入り浸っていたのだが、正式にバンドメンバーになった今は助っ人業は終了。入り浸る必要も無くなったわけだ。
よって、「土曜日はライブの日」として予定を全く入れない日にした。当然ライブが無ければ暇。そんな一日になる。そして、代わりに日曜日のお昼の十一時からの三時間だけだが、レストランのバイトをする事にした。
平日のレストランのバイトも六時から八時までだったが、四時半から六時半までの時間帯に変更した。夜遅くまで丹菜を待たせるのは忍びない。
それに時間が早くなった事で仕事の内容が仕込みの手伝いになった。包丁とかも扱っているので慣れたらそのうち丹菜と並んで料理を作ってみたい思っている。その事を丹菜に伝えたら「楽しみ」と凄く喜んでいた。
———文化祭の振替休日が終わっての最初の学校。
“———ガラッ”
「お、正吾おはよう」
「おはよう」
「正吾君おはー」
文化祭の準備と普段の丹菜達とのやり取りで俺が気軽に話せる男だと思ってる奴らが朝、俺に挨拶をするようになった。一応、「うす」と挨拶は返している。
席に着けばいつもの二人が最後に挨拶をする。
「正吾君おはよう御座います」
「おはよう正吾君」
こいつらはもう慣れた。って言うか丹菜は別だな。
———昼休み。
「正吾君、たまには一緒にお昼食べようよ」
陽葵が突然誘って来た。「誘うなら大地誘えよ」と言いたいが、二人の関係は内緒だ。ここで言うべき事じゃ無い。それに一緒に食べると言ったら当然丹菜も一緒だ。丹菜と一緒に弁当広げたら、中身が一緒でさあ大変! 陽葵の怒涛の質問攻めとそれを目にした連中が集まって来てそっちからも質問攻め。ここまで想像できた。この間、0.5秒。俺の脳内で思考速度だ。と言う事で、
「———すまん、一人で食べるわ」
ま、例え男同士でも一緒に食べる気なんて無いんだけどな。
話は変わって、今日は朝からハイスペックスの話題で持ちきりだった。
つい先日の事だし、文化祭のステージに、姿を隠したままゲリラ的に現れ、一言も喋らず二曲だけ演奏して去っていったのだ。話題にならないわけがない。
当然、この件に関して、各バンドの「出演前倒し交渉」をしていた高瀬が何かを知っているだろうと、色んな人から色々聞かれてたようだが、あいつのバカっぷりな誤魔化しと応対が話を有耶無耶にさせたようだ。ただ「高瀬はハイスペックスと知り合いらしい」という情報だけは至る方面に拡散したようである。その位はしょうがないか。
そんな噂話の中で「実は葉倉丹菜がボーカルだったらギャップ萌えでなんかいいよな」なんて会話が聞こえたが、ズバリ! ギャップ萌えだ! 正直、ちょっとツボってたりするが、皆には勿論、本人にも内緒な話だ。
因みに、ドラムとベースについては話題にすら上がってなかった。空……ドンマイだ。
———部屋にて。
今、午後七時半。既に二人で食事を取っている。
「なんか、早い時間の食事っていいですね」
「そうだな。今まで待たせてたからな、申し訳ないって思ってたから良かったよ」
「私的にはそうでも無いんですけどね」
「———なんでだ?」
「まだ、自分の部屋のこと終わって無いんですよ。いつもなら、あっちでやる事全部終わらせてからこの部屋でまったり寛いで、メッセージ入ったら食事を作り始めれば良かったんですけど、今はそうは行かなくなったので、逆にやり難くなりました」
意外な答えが返って来た。早い時間に俺との食事を済ませれば、丹菜が楽になると思っていたが、実はそうではなかったようだ。
「なんかすまんな」
「でも、あっちのことが済んだら、こっちで二人で長い時間まったり出来るんで……やっぱりヨシですかね?」
———ん? 二人でまったり? 一人でまったりの間違いじゃ無いの? ちょっと引っ掛かる言い方だが、彼女がヨシとするなら俺もヨシだ。
「お前がそう言うなら俺は何も言わないよ」
なんだか、二人でいる事が当たり前になってきたな。尤も二人でいる事は嫌じゃ無い……正直いて欲しいと思っている。彼女はどう思っているのか? 確信出来るのは「御前正吾と一緒にいる事を嫌だと思っていない」と言う事だけだな。
でもな、歯ブラシまで俺の部屋にあるってのはちょっとどうかと思うんだが……俺は全然嫌じゃ無いんだけどな。
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丹菜が一言。嫌な事を思い出させてくれた。
「そう言えば、間も無く期末テストですけど、正吾君大丈夫なんですか?」
「はっきり言おう。大丈夫じゃない」
俺の辞書に書かれた「努力」と言う言葉は、ギター以外に発動しない言葉なのである。
「一学期の期末、赤点ありました?」
「ギリギリ無い」
「私が勉強見てあげます」
「お願いします」
という事で、丹菜に勉強を見て貰う事になった。
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———ある日、俺が机で突っ伏して寝たふりをしていると、隣で陽葵が丹菜に相談する声が聞こえた。
「丹菜にお願いあるんだけど……」
「なんですか?」
「勉強教えて」
「え?それは構いませんが……陽葵、そんなに成績悪く無いですよね?」
「悪くなかった……最近下がって来た。このままだと活動出来なくなっちゃうかも」
「分かりました。平日はご存知のとおり難しいので土日はどうですか?」
俺は聞き耳を立てていた。丹菜の環境から陽葵の家に行くんだろ? そう思っていたのだが……。
「丹菜の部屋でいい? うち、土日になると、店のピアノ弾く人とか居て、ちょっとうるさいんだよ。ダメかな?」
———バレない? 大丈夫か? 行動する時間が分かればニアミスする事も無いだろう。
多分、丹菜は俺の反応を知りたいはず。ただ、直接は聞けない。なので俺は突っ伏したまま親指を立てて「オッケー」のサインを送った。
丹菜も気付いたようだ。
「今週土曜日、午後でいいですか?」
「オッケー。それじゃあ、お昼ご飯は私が持ってくよ」
「分かりました。それじゃあ待ってますね」
今週土曜日、どこで昼飯食べようか……。
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