第26話 贈物

 ―――文化祭翌日(振り替え休日)


 今日は、バンドのメンバーで「喫茶希乃音ののん」に来ていた。


 実は、俺のメンバー加入祝いはやっていたが、丹菜の加入祝いをやっていない事に気が付いた。と言うのも、俺のお祝いの時、丹菜も一緒に居たからそれと混同しただけである。なので今日、急遽やることになった。


 喫茶店には珍しく、ピアノが一台置いてあった。


「陽)今日は店のおごりって訳には行かないけど、それなりにサービスするから、沢山食べてって」

「大)遠慮無くいただきま―――す」

「陽)あんたは、会費倍ね」


 今まで大地の描写が無かったが、身長は俺とほぼ一緒で伸び盛りの175㎝前後。体格は痩せてないし太ってないって思うくらいに普通。顔も可も無く不可も無く。どっちかって言うとカッコいい感じはするが、内面から来る雰囲気が強く出ている感じだ。


 もう一人、空だが、身長は165㎝くらいか? 体格もちょっとヒョロッとした感じ。顔は正直個性的な感じだ。間違っても外見が「カッコいい」と言われることは無い。ただ、リーダー気質が強いので、グイグイ引っ張っていく男らしさが売りで強みだ。内面がこいつ以上のイケメンを俺は知らない。


「空)―――そうだ。ちょっと聞きたい事あったんだけど、正吾っていつからギターやってんだ?」

「正)―――多分、小学校に入る前だな」

「空)なんだ『多分』って?」

「正)気が付いたらギター持ってた」

「大)何それ、カッコいいな。なんかの主人公みたいだ」

「正)親父がギターやっててさ、お袋がキーボード。で、今二人で海外飛んでって、俺一人日本に残ってるわけだ」

「空)一人暮らしか?」

「正)ああ、実際、仕送りは十分過ぎるくらい貰ってるんだけど、その金は保険に取っといて、自分で稼いで何処までやれるかちょっと挑戦ってところだな」

「大)カッコいいな」

「正)それと、大地の親父さんと俺の親父、同じバンドメンバーだ」

「大)まじ?」

「正)初めて会ったとき、親父さん言ってたろ?『メンバー海外行った』って、あの時確認したらそうだった。もしかすると、俺と大地小さい頃顔合わせてるかもしれんぞ? 俺、お前の親父さん、どっかで見た記憶がある。写真でかも知れないが……」

「大)だったら陽葵もだな。陽葵の父ちゃんもメンバーだから」

「正)マジ?」

「陽)うん。ベースやってるよ」

「正)どおりでどっかで陽葵の事見たことあるなって……思った事は1㎜も無い」

「陽)私も無い」

「正)俺も聞きたい事があった。陽葵のピアノはお袋さんの影響か?」

「陽)そう。お母さんピアニストで、今も教室開いている」

「正)大地は完全に親父さんだろ?」

「大)俺も正吾と同じで、物心ついた時にはスティック箸にメシ食ってた」

「正)ロックなジョークだ。でもあのリズムと音は安心感が全然違うな」

「陽)そうなの。その音の安心感とリアルの安心感勘違いしちゃって今こうして付き合ってんだけどね」

「丹)なんか分ります。その勘違いから始まる恋」

「陽)丹菜なんか勘違いすることでもあったの?」

「丹)それは後で教えます。ふふふ」

「正)すまん、ちょっと話し戻すが、一番の謎は空だ。お前の音はおっさんレベルだぞ。なんであんなに渋い音出せるんだ?」

「空)俺か? ……何のイベントかは忘れたけど、そのとき聞いたベースの音を気に入ったらしくて、小学一年の時クリスマスプレゼントにベース買って貰ったんだよ。それから毎日、狂ったように弾きまくっただけだね」

「正)単純に『努力』か。そう言えば、ベースがG一音8ビートだけの曲あっただろ? あれ、良く弾けるよな。あのベース聴いて、このバンドの加入決めたと言っても過言じゃ無い」

「空)あれ、大地の親父さんふざけて作ったんだよ。『空君なら大丈夫だから』って」

「陽)お父さん、あの曲聴いて、空君にベース教わりたいって言ってた」

「正)空、おっさん越えたぞ!」

「大)『おっさんを越えた少年』。次の新曲のタイトルな」

「正)ベースを主旋律にギターでリズム刻むか」

「空)皆、俺の事べた褒めだけど、なんか欲しいものでもあるの? 正直言うけど、何も出ないよ」

「正)大丈夫だ、既にベースの音、出して貰ってるからな」


 そんな会話をしていると、隣に座る丹菜の様子がちょっとおかしい……暗い表情で俯いている。

 あらかた、「皆の技術は時間を掛けて積み上げたものだけど、自分の声はそうじゃない」なんて事考えてんだろう。劣等感覚えるのも無理はない。なんてったって歌ってまだ一ヶ月やそこらだ。

 自分の喉が絶対的なものだって教えてやるか……。


「正)そう言えば、丹菜の声ってさ、努力で手に入れたもんじゃ無いだろ?」


 丹菜は俺の言葉を聞くと項垂れてた頭を上げ、俺を睨みがちに見た。俺は構う事なく話を続けた。


「正)―――いいよな、皆努力しても、どんなことをしても、誰も手に入れることの出来ない世界中が嫉妬する、両親からの最高のプレゼント。羨ましすぎる」

「陽)そう考えると、凄いプレゼントだね。産れた時に貰った最初の誕生日プレゼントだ」

「丹)――――――――――――――――」


 陽葵の一言で丹菜は声にならない声で泣き始めた。

 両親を亡くした丹菜に親の話は酷だと思ったが、両親からの唯一無二の贈り物が自分の中にある事を知ってて欲しかった。


 丹菜は、この後、溢れ出る涙を止める事が出来ず俺の腕にしがみついて最後まで泣いていた。

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