第13話 衝撃

 ———今日は初めてみんなの前で丹菜が歌う。言わばデビューってやつだ。


 バンドを組んで二週間になる。今日の出演に合わせて大宮楽器店で練習はして来たが……。


 俺は朝一でライブハウスへ来ている。出番まで普通にバイトだ。他の皆は、三時からの出演。なので二時半には来るだろう。


「ういっす」

「おう。お疲れ」


 大地が来た。俺は仕事を一旦やめ、大地と控え室へ入った。そして間もなく空も来た。


「今日の丹菜ちゃん、ぶっ飛ぶかな?」


「彼女本番に強そうだから多分飛ぶな」


「ヤバいな。俺らも飛べればいいな」


 ”―――ガチャ”


 丹菜と陽葵が入ってきた。


「おっつー」


「おはよう御座います」


 陽葵を見た大地が何やら興奮している。


「陽葵可愛いな!」


 今日は、初めて顔を合わせるのか? 今頃そんな感想を言うなんて。


「あれ? 私は可愛く無いんですか?」


 丹菜がふて腐れている。


「それ……最初に言って欲しい人、俺じゃ無いでしょ」


 多分、大地に言った訳では無いんだろうが、話しの流れからそんな感じに聞こえたんだな。

 そう言った大地は何故か俺を見た。空も陽葵も俺を見ている。三人が俺を見たもんだから、丹菜も俺に目を向けた。


 今日の二人の装いは制服風のガーリーで揃えたようだ。ツバの大きいキャスケットと縁が太い伊達メガネ。完全にお揃いだ。色だけがちょっと違う感じだ。服が揃うと、なんとなく舞台衣装って感じだな。


 何故か皆俺を見る。俺は「俺なのか?」と自分を指差して皆を見ると、皆頷く。なんか、こういうのってガラじゃ無いんだけどな。俺は頭をかきながら丹菜に向かって一言言った。


「―――かわ…いいよ」


 ア゛―――!顔が熱い!



「あと三十分だけど、声大丈夫?」


「あ、ちょっと発声お願いしていいですか」


 陽葵の一言に、俺が乾いたギターの音出してやった。


「アあAあア―――♪」

「あAaAあ―――♪」


 ・

 ・

 ・


 声はいつもどおり通っている。あとは、この内側から来る妙なテンションの上がり方だ。皆の表情を見ると俺と同じ気分のようだ。大丈夫か?


 ”―――コンコンコン……ガチャ”


「ハイスペックスさんお願いします」


 ついに出番が来た。

 皆、さっきから変な空気に当てられてるようだ。丹菜はちょっと緊張しているか?


「あの……皆さん緊張してません?」


 陽葵は強ばった顔をしたまま一点を見つめいる。


「―――うん。緊張とは違うんだけど……どっちかって言うと、まだ見たことの無い世界が見れるんじゃ無いかって、ちょっと期待してるのかな?」


「―――期待……ですか」


「―――ちょっと丹菜ちゃんには言いにくいんだけど、私達、あなたの歌声に、演奏が負けるんじゃ無いかってちょっと構えちゃってるんだよ」


「え? 私の声に負けるんですか?」


「そのくらいあなたの歌声って凄いんだよ。練習の時もみんな呑まれ無いように踏ん張ってたの。でもね、多分、本番の丹菜ちゃんは、また皆をビックリさせるような事やっちゃうと思うんだ。だから何時もと同じように歌って。もし私達の考えが正しければ……」


「―――正しければ?」


「皆、かけ算で上のステージに登ってく」


「―――? 登ってく……ですか……。良く分りませんけど分りました。いつもと同じように楽しんで歌います」


 ・

 ・

 ・


 俺達はステージに上がった。


 フロアーは200人は居るだろうか? 前回と違って人が多い。


「トゥエルブ効果と新人ボーカル効果かな? ちょっとSNSで呟いてみたんだけど……」


 フロアーからは色んな声が聞こえてきた。


「あの子が新しいボーカル?」

「顔よく見えないけど、可愛いね」

「キーボードの子と衣装お揃いだ。なんかいいね」

「問題は声だよ。今まで、このバンドのボーカル長続きしてないからね。今回はどうかな?」


 皆はセッティング中だ。私は緊張している。そんな時、陽葵ちゃんが私に声を掛けてきた。


「ちょっと音合わせてみる?」


「え? 今ですか?」


「そ、今」


「分りました」


「―――――♪(C5)」


「ア―――♪」


 ――――――――! 丹菜の発声で騒然としていた会場が一瞬にして静まった。俺も一瞬セッティング中の手が止まった。


「―――――♪(C6)」


「ah―――――♪」


 会場の皆、思い思いの方向を向いていたが、丹菜のトーンが上がった瞬間、会場の皆の目が丹菜に集まった。


「―――――♪(C7)」


「H――――♪」


 ホイッスルボイス。会場の全員が丹菜の声に魅了された。ヤバい、俺まで魅了されそうだ。


 ”―――カッカッカ・ドゥクドゥン♪」


 大地が良い感じで曲に入った。早速一曲目の披露だ!


 ”ティロティロティロティロティティロロ♪ティリラティリラティリラティリラ♬ウィウィウィウィビー……”


 丹菜の声のお蔭か? いつも以上に指が軽い。


「♬―♪♩―♪♬♪♩―♩―――♬………」


 丹菜も出だしはバッチリだ。Aメロからエンジン全開で来た! 俺も陽葵も調子がいい。


 そして、曲はBメロへ―――。


「♫♫♫♩―♫♫♫♩―♫♫♫♩―………」


 Bメロで一旦トーンダウン……いつもどおりだ。でも、なんだかちょっと声に張りがある?……こっちまで気持ちが上がってく感じだ。お客さんは……みんな静かに聞いている。縦ノリも何も無い。丹菜の声を黙って聴いている。聴き入ってしまってノリを忘れてしまっている。


 ここからサビだ―――ノッてる……音も……声も……リズムも……。


「♫♬♫♬―♩―♪―♬♪♩♩――♪……」


 ハイだ! アドレナリンだかエンドルフィンだか分らないが、脳内の麻薬物質が出始めたのが分る! ―――そして、俺の見せ場のギターソロォ! ———!


 おい!ちょっと待て! なんで丹菜が俺のソロに入ってくる!


ティティティティリルリルリルAH―――――♪ギ゙ャティアギャティアティティティティ♪Hi――――♪キュイウキャッギュン♬………FU・fu―――♬………


「(うっはー!そう来たか!スゲーよ、やっぱ俺を引き上げやがった!)」


 なんと、丹菜はホイッスルボイスに音階付けて俺の音に合わせてきたのだ。

 プロでも出来ないぞ。あの、キャライア・マリーですら、曲にアクセント付けるために一音差し込むだけで音階は付けない。付けられない!


 しかも俺の音に合わせて丹菜の声が重なってくる。スゲー……俺ってこんなに弾けたっけ? うわっ、やべー、指限界だ! 指吊っちまう……てかちぎれそうだ! ……うそだろ! 丹菜の奴、更に声が上がった………やばい。


 そう思った時、陽葵がアドリブで入ってきた。陽葵は目が逝ってる。俺と丹菜のセッションに当てられたか? ……でも助かった……あ、今度は陽葵がヤバそうだ。でも、今まで聴いたこと無い旋律と指の運びで音を奏でる……スゲェよ……丹菜の奴、陽葵までステージ上げやがった。


「HI―――ah♬―――――♪FU―A―――♩hi―――♬……」


 ソロが終わり、曲は二番へ。


 ・

 ・

 ・


 "……ジャ―――ン♪……ジャッ♬”


「……ハァ…ハァ…ハァ…」


 流石の丹菜も肩で息をしている。


 一曲目が終わった。会場は終始静かだった。なんか、宇宙人とか今まで見たこと無い生物を見るような目で丹菜を見ている。


 とうとう、メンバー以外の奴を唖然とさせたようだ。

 フロアーの皆の意識が飛んでるようなので、こっちに戻ってくるように、ちょっとギターの音で切っ掛けを与えた。


 ”ギュウィン♪”


 すると、ハッとした観客が歓声を一斉に上げた。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ!!!!!!!!」


 狭い会場にとんでもない歓声が沸き上がった。


「何だ―――今の何だ―――!」

「ホイッスルボイスすげー!」

「ホイッスルボイスで音階付けるなんて聞いたこと無いぞ!」

「ヘッドボイスもガツンと来るしスゲーしか言えねー!」

「トゥエルブ、今まで本気じゃ無かったのかよ!」

「キーボードもだ。あんなジャズなソロ弾けたのか!」

「こいつらやっぱとんでもねー!」

「アンコール!アンコール!」


 ちょっと待て、あと二曲あるのにアンコールって……。


 二曲目からは、皆ノリノリで聴いてくれが……とんでもない丹菜のデビューになったのは間違い無い。


 一曲目が終わって、リーダーのSkyからメンバー紹介があった。当然、新ボーカルの丹菜も紹介されたわけだが、彼女のステージネームは「ニッピ」らしい。文字で書くと「nI PPi」だそうだが、大文字小文字に大した意味は無いということだ。


 何はともあれ、新生!ハイスペックス誕生の瞬間だ!

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