第10話 条件
葉倉さんは後ろを振り返えり俺を見ると、キョロキョロしている。どうやら「御前」を探しているようだ。さて、既に手遅れだが、彼女の天然ぷりに期待して、少し足掻いて「トゥエルブ」である事を隠してみようか……。
「あの……トゥエルブさん?」
「―――どうしたの? 『トゥエルブ』って、最近話題の人だよね? 」
「そうじゃなくて、御前さんがトゥエルブさんなんですよね?」
「そうなの?」
「何しらばっくれてるんですか! あくまで白を切るつもりですね。食堂のオジさんに「正吾」って呼ばれてたの、しっかり覚えてますよ」
そう言えば、既に「ショウゴ」ってのはバレてたんだ。―――観念するか……。
「なんの事? 食堂で野菜炒め半分食べてあげたのとか俺は知らないよ」
ちょっとイタズラな顔で葉倉さんの顔を横目で見た。
「もう―――。やっぱりトゥエルブさんじゃないですか! おでここっちに向けて下さい」
葉倉さんは俺の額ににシートを貼った。
「ゴメンゴメン。今まで、隠してたんだ。一応、足掻いてみただけだよ。まさかこんな形でバレちゃうとは思わなかった」
「私だってまさか隣の部屋の『うす』しか挨拶しないクラスの男子がトゥエルブさんだったなんて思いもしませんでした」
バレちゃったからには彼女に言う事は一つだ。
「で、お願いがあるんだけど―――」
「分ってます。みんなには内緒ですよね」
「ありがと。そう言う事でお願いします」
俺は深く頭を下げた。
「あと、今までと同じように学校では関わらないで欲しいんだ」
そう言うと、葉倉さんは少し悲しそうな表情になった。
「なんで? 折角こうして関わる事が出来たのに……」
「大地と空の名前呼びと同じだよ。只でさえボッチの俺だ。学校一美少女と言われている葉倉丹菜と突然仲良くなったら、周りから何言われるか……下手すりゃ刺される」
「うーん……分りました……」
クラスのボッチが学校一の美少女と突然仲良くなんかなったらどんな噂が立つか分らん。面倒事はゴメンだ。
―――ん? 葉倉さん、なんか企んでる顔してる……。
「じゃあ、学校で仲良く出来ない替わりに、私からも幾つかお願いしていいですか?」
「え? 幾つか? 一個じゃ無いの?」
「弱みも握ってるんです。覚悟して下さい。ふふふ」
何をお願いしてくるんだ?
「ちょっと怖いな……」
「まず一つ目です」
「―――はい。―――ゴクリ」
「部屋を掃除させて下さい」
「へ? 掃除してくれるの?」
「はい。風邪が治ったら一緒にやりましょう。流石に部屋がこんなに散らかってると病気の元ですし、隣の部屋が散らかってるのはちょっと……いえ、かなり嫌です」
「―――はい。わかりました」
「次に二つ目です」
「はい。―――ゴクリ」
「私が作った料理の残りを処理して下さい」
「―――処理?」
「はい。料理って一人分だけ作るの結構難しいんです。野菜なんかも中途半端に残るから、材料全部使ったりするんで自然と量が多くなっちゃうんです。冷凍して保存も出来ますが、やっぱり出来たてが食べたいんで、残った料理は、温かいうちに御前さんの胃袋で処理して欲しいんです」
「―――はい。そう言う事なら喜んで……って、『温かいうち』って……俺も出来たて食べれるの?」
「はい。一緒に食べましょう。朝と晩」
「え?」
「だって、効率考えると、一緒に食べた方が楽ですし楽しいです」
「確かにそうだけど……分った。なら一つこっちからお願いするけど材料費は折半で。作る場所は俺の部屋。さすがに女性の部屋にお邪魔するのは……ロックじゃない」
「分りました。材料費は折半しましょう。作る場所は御前さんの部屋。私が料理を作るんで、洗い物は御前さんがお願いします」
「OK。それならこっちも納得だ」
「それじゃあ後で、食器とか調理器具とか、足りない物は私の部屋からも持ってきます」
「宜しく」
「最後、三つ目です」
「え? まだあるの?」
「はい。三つ目はですね―――あのー……正吾……君って呼んでいいですか?———メンバー皆名前呼びですし……」
「丹菜がそう呼びたいなら別にいいよ」
「ちょっ……不意打ちはズルいです———もう」
何だか丹菜は顔を赤くしてモジモジしている。呼び捨てで呼ばれて照れてんのかな?
俺は今後の事を考えて、引き出しから鍵を取り出して丹菜に渡した。
「そうだ、この部屋の合鍵渡しとくよ。朝とか勝手に入ってご飯作ってて。夜もバイトでちょっと遅いから勝手に上がってご飯作ってていいよ」
「随分私の事信用しますね」
「だって、見られて困る物はないし、貴重品なんて葉倉さんには価値の無いギターだけだからな。それに、なんとなくだけど、勝手に部屋とか掃除してくれそうだし……寧ろ合鍵渡すと俺にとってメリットしか見えてこないよ」
「なんか私の事、家政婦とか思ってませんか?」
「うん。よく近くのスーパーで見かけてたけど、なんか、お母さんっぽいなって思ってた」
「なんですかそれ―――。酷くないですか!?」
「ははは。ごめんごめん。でも、合鍵は渡しておくし、ギターさえ触らなければ、全然自由にしていいよ」
怒りながらも嬉しそうだ。ほっぺ膨らませて可愛いな。
なんか知らないが、彼女が俺の部屋で毎日料理を振舞う事になった。
ただ、部屋が片付くまでは彼女の部屋で食事することになった……早く掃除しないと俺の「ロック」が崩壊しちまう。
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