第9話 風邪
―――大宮楽器店での練習から二日。
あの練習のあと、なんとなく体調がおかしかった。
倦怠感……かな? 練習のあとバイトに行き、翌日には学校へ行ったが、その日の晩、関節が痛み出し寒気が襲ってきた。
完全に風邪だ。そして、この部屋には体温計なんてものはその辺の
食欲はまだある。確か冷蔵庫に十秒でお腹が膨れる魔法のゼリーがあったはずだ……三つある。明日になれば風邪も治って買い出しに行けるさ!
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―――翌朝。
―――治らなかった。悪化はしていないが、好転もしていない。
今日は学校休んで、ゆっくり休もう。
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―――翌朝。
―――治らなかった。悪化はしていないが、好転もしていない。
……デジャブかな? このシーンどっかで見たような気がする……。
……ヤバい。今日の昼でポーション……もとい、十秒でチャージな奴が切れた。……ポーションなんて言い始めたって事は、異世界転生のフラグだろうか……父さん…母さん…先立つ不孝を……。
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”―――――――ポーン……”
「(なんか遠くで呼び鈴がなる音が聞こえた気がしたが……)」
”―――ン、ポーン”
「(………あ―――呼び鈴か……誰か来たのか…………でなきゃ。)」
”――――――ガタッ!”
「(……痛い。病人に
”―――ガチャ”
「―――御前さん大丈夫ですか!」
「(……ドアの鍵、かけ忘れてたか……誰か入ってきた………なんか、天使の声が聞こえる……。)」
気が付くと、葉倉さんによく似た天使が部屋にいた……どうやら異世界から迎えが来たようだ。
「……あれ?天使が迎えに来た……」
「何言ってんですか! 葉倉です。頑張って立って下さい。ベッドに移動します」
葉倉と名乗る天使は俺を抱きかかえ、なんとか立たせようとしている。
俺はその時、朦朧とする意識の中、抱きかかえてくる天使の身体が触れる部分に意識が集中した。———柔らかい……。そのお蔭で、朦朧とした意識は回復し、なんとか立ち上がる事が出来た。
そして、天使は俺を寝室にあるベッドへ連れて行ってくれた。
「―――御前さん、大丈夫ですか?」
「―――水……」
葉倉さんはウチの冷蔵庫から封が切られていない水のペットボトルを持ってきてくれた。そして、俺の背中を支えながら身体を起こし、水をゆっくり飲ませてくれた。
「―――ふー…ありがと。葉倉さん…どうして?」
「さすがに、一人暮らしのお隣さんが二日も休めば気になります」
「……そっか、ありがと」
「食事とかどうしてますか?」
「……その『十秒でチャージ』な奴……」
「ダメじゃ無いですか。―――食欲ありますか?」
「……うん……結構お腹……空いてるかな?」
「分りました。ちょっと寝て待ってて下さい」
彼女一度自分の部屋に戻り、食材とか色々持って俺の部屋に戻ってきた。
「タオルあります?」
「……タオルは……そこに干してある」
「これ借りますね。あと洗面器も借ります」
「……いいよ、なんでも好きに使って」
彼女は洗面器にお湯を入れ、ベッドの側にタオルと一緒に置いた。
「まず、体温測って下さい。そのあとこれで身体拭いて、出来れば着替えもして下さい」
「……有り難う」
彼女がキッチンへ行ってる間に、俺は服を脱いで身体を拭いた。そして、下着をチェストから取り出し着替えた。
壁一枚向こうに女の子がいる……俺は今全裸……何がが目覚めそうな気がした。
「(しかし、彼女をこの
さすがに女の子が部屋に入ってくるなんて思ってなかったからな。
葉倉さんは、土鍋を両手に持って寝室に入ってきた。
俺は横になってはいたが、起きていた。
「体温、何度ありました?」
「……38度6分」
「全然高いですね。これ、食べて下さい」
「……有り難う」
作ったご飯は病人には定番「おかゆ」だ。
ただ、まだ熱い。俺はおかゆを冷まそうと息を吹きかけるが、体力的にちょっと辛い。
「ちょっと、レンゲ貸して下さい」
葉倉さんは、俺が持っているレンゲを取り上げ、適量のおかゆを掬って、ふーふーと冷まし俺に差し出してきた。
ちょっと待てよ……それって「あーん」だよ? 俺なんかにやっちゃっていいの? しかも「ふーふー」のオプション付き。
「食べないんですか?」
「……あ、食べます」
俺は彼女が差し出したレンゲを口に含んだ。その瞬間、誰に対してかは分らないが「勝った!」……そう思った。
「……美味い」
「当然です。因みに、男の人にご飯作ったの初めてなんです。十分味わって食べて下さい」
「……それは光栄だ」
そんな話しを聞いたら、美味しさ倍増するに決ってるでしょ?
そして、既に、おかゆは熱く無いけど、まだ続ける彼女の「ふーふー」がおかゆを次なるステージへと昇華させていた。なのでおかゆは既に熱く無いことは食べ終わっても黙っていた。
「……ごちそうさま」
「全部食べましたね。良かったです。それとこれ、忘れてました。『ピタッとシート』、おでこに張るんで、前髪上げて貰って良いですか?」
俺は熱もあったが、彼女の献身的な看病に既に心を許していたんだな。
なんの躊躇いも無く、前髪を上げて「ピタッとシート」を張られる態勢で待っていた。
彼女は俺に背を向けシートのフィルムを剥がし、振り向いた瞬間―――。
「――――――え?」
そりゃ驚くでしょ! 俺だって「やらかした!」って思っちゃったもん。
第9話目にして身バレしちゃった。さて、これからどうなる事やら。
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