第6話 名前
―――日曜日。
今日は、大宮の家でバンドの練習がある。
昨日、葉倉さんから「ステンドグラス前で待ち合わせ」と、La・INで伝えられたが、俺は、ステンドグラス前がどこか知らない。そして、La・INのマナーである「秒で返信」に従ったため、そこがどこなのか、詳しく聞く事が出来なかった。
なので、俺は葉倉さんが家を出る前に、最寄りの駅で先に待つ作戦に出た。
「よし、後は着替えて一本前の電―――”ガチャ”」
―――?! 今の音、隣のドアが開いた音か? 俺はそっと玄関のドアを開けて通路を覗いてみた。すると、葉倉さんが出かけようとしていた。
「マジかよ!今行ったって電車二本分早いじゃない!」
ヤバい!俺は慌てて着替えた。慌てて部屋を出た。慌ててエレベーター……が下に行ってしまったので、かなりのタイムロスだ。
「階段で下りた方が早いか?」
俺は、階段で下りた。ここは10階だ。階段で下りるにはちょっときついか?
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なんとか下まで降り、道路に出ると数百メートル先に葉倉さんらしき人影が見えた。俺はほぼ全力で走った。
「葉倉さ―――ん」
俺は、ちょっと離れたところから、葉倉さんの名前を呼んだ。葉倉さんは立ち止まって振り返った。
間に合った。そして俺は、息も絶え絶えだ。背負ったギターが思いの他重い。そして膝が笑ってる。ていうか大爆笑中だ。
「―――はぁはぁ……追い付いた……はぁはぁ」
「大丈夫ですか?」
「ちょっと待って」
俺はリュックからペットボトルを出して、水を飲んだ。
「―――っぷぁー。―――ゴメンゴメン」
「あの……、家ってこっちなんですか?」
―――やべ。俺の部屋が、葉倉さんの隣の部屋だってバレないようにしないと。
「え?あ、う、うん。こっちなんだよ」
ここで、葉倉さんの家の場所を聞けば……知らない
「葉倉さんの家もこっちなの?」
「はい。私は―――あ、あそこのマンションです」
お―――っと!自分の家ばらしちゃダメでしょ。
「え?それ、俺に教えちゃっていいの?」
「―――あ、ダメですね。忘れて下さい―――って、トゥエルブさん私の部屋知って、なんか悪い事しちゃうんですか?」
そう言いながら、彼女はジト目で俺の顔を覗き込んできた。ダメだって、その顔は反則だって。
俺は、彼女の「可愛い顔」の圧に耐えかねて、目線を逸らしてしまった。
「え?それは無いけど……悪い事して欲しいなら、それなりに悪い事して上げるよ」
「ふふ、なんですかその『それなりに悪い事』って」
「―――うーん……それなりだよ」
――――この子、天然なのかな?ちょっと警戒心低すぎるぞ。
「―――そう言えば、お昼ご飯ってどうします?まだ集合には少し時間早いですよね」
「え? あ、俺は食べないつもりでいた。いつも土日は昼飯食べないからね」
「え? そうなんですか? 食べないと力出ませんよ」
「いやー、一人暮らしなもんで中々自炊もね」
「え? 一人暮らしなんですか?」
ちょっと余計な情報与えちゃったかな? このくらいなら大丈夫か……な?
「あー、うん、両親海外行っててね。俺だけ日本に残ったんだよ」
「―――そうなんですか。実は私も一人暮らしなんです」
「ちょっと待った———!」
「どうしたんですか?」
やっぱり、葉倉さんは一人暮らしだったか。だったら尚更、他人にそんな情報教えちゃダメだろ!
「家の場所と、一人暮らしの情報教えたら、葉倉さんの危険が危ないでしょ!」
「———確かにそうですね。ちょっと軽率でした。トゥエルブさんの『一人暮らし』ってワードに思わず話してしまいました」
―――折角だ、葉倉さんには申し訳無いけど、もうちょっと踏み込ませて貰うかな……。
「ついでにに聞いちゃうけど、……ご両親は?」
「小学生の頃、事故で死んじゃいました」
―――失敗した。やっぱり、こういう事は踏み込んじゃダメなんだな。
「ごめん……」
「気にしないで下さい。ところで、お昼ご飯、一緒に食べに行きませんか?」
「―――それじゃあ、どっか食べに行こっか」
「でも、私、外で食べること無いんで、お店とか知らないんです。案内して頂けると嬉しいです」
「俺も、男しか行かないような店しか知らないからな……」
「トゥエルブさんが良く行くお店行ってみたいです」
俺が行く店って、オッサンしか来ない店ばっかりだからな……。
「分った。ちょっと盛りがいいから覚悟しろよ」
「大丈夫です。残したら、トゥエルブさん食べて下さいね」
「大丈夫かな……」
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「―――ここだよ」
電車に乗り、連れて来た場所は、正直、女の子が来るような店では無い。所謂、外観が汚いけど、味は絶対的に美味い定食屋さんだ。
”―――ガラガラガラ……”
「ちわーっす。二人大丈夫ですか――」
「らっしゃい! なんだ、正吾か」
「大将、し―――!」
しまった!ここじゃ、俺、普通に「正吾」を名乗ってた。寧ろ、こんな場所で「トゥエルブ」なんて呼ばせられないぞ!
「空いてるとこに座れや」
俺はいつもの壁際の席に腰を下ろした。
「正吾君いらっしゃい。何?今日は彼女連れてきたの?」
今度は、オバちゃんだ———――!オバちゃんは水を置きながらニヤニヤ俺と葉倉さんの顔を交互に見ている。
どうしよう。葉倉さんには……オバさん……葉倉……オバ……。
葉倉さんは笑いを堪えている。
「(あ―――……もう、どうでもいいや。)」
俺は頭を抱えた。―――ここは葉倉さんにお願いするしかない。
「―――葉倉さん。俺の名前、内緒でお願い」
「分ってます。ここでは、『ショウゴさん』って呼ばせて貰います。寧ろ、こんな場所で『トゥエルブさん』なんて呼んだら、ちょっと痛い人になっちゃいますよね」
「―――ありがと。じゃあ、ここでは『ショウゴ』で」
「因みに、ショウゴさんの名前知っている人って誰がいるんですか?」
「―――店のオーナーだけだな。あと、行きつけの、こんな感じの店の人達かな?」
「なんか、私、ちょっと特別な女になった気分で嬉しいですね」
「おいおい、その言い方」
ま、彼女だけに秘密を知られるってのも悪い気分じゃないか。
そんな会話をしながら、俺は唐揚げ定食。葉倉さんは野菜炒め定食のご飯少なめを注文した。
料理が出てくる迄の間、彼女は俺に色々質問をして来た。ギターを始めたキッカケ、両親の事、俺がバンド組み始めた時の話。流石に住んでる場所は教えていない。
そうこうしていると、注文の料理が運ばれて来た。
ここの「ご飯少なめ」って全然少なくないんだよな。そもそも、メニューには「どんぶりめし」って書いているから、基本が「どんぶり」で「大盛り」なんだよ。しょうが無いから、俺が半分食べてあげた。
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「―――お腹いっぱい……」
「―――俺も限界……。ウプ」
食事も終わって、大宮楽器店へ向かった。
「しかし凄い量でしたね」
「だから言ったろ? 大体ご飯のメニューが『どんぶり飯』だからな。基本の量が違うんだよ」
「そうだったんですね。気づきませんでした」
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「ここかな?」
「ここですね」
今、葉倉さんと二人で看板に「大宮楽器店」と書かれたお店の前に立っている。
俺は躊躇うこと無く店の中に入って行った。
「こんにちはー」
「お、来た来た」
お店の広さはコンビニの二倍くらいの広さだ。
店の奥から大宮と、何故かエプロン姿の希乃さんが顔を出した。
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