第5話 勧誘

「―――あの…私の歌、そんなに酷かったですか?」


 葉倉さんは皆の表情に、かなり不安を感じているようだ。


 俺達四人は、それぞれに皆の顔を見て、同じ気持ちか確認しあった。目が合うと皆頷く。全員、同じ気持ちのようだ。


 そして、希乃さんが代表して、葉倉さんへ俺達の気持ちを伝えた。


「―――葉倉さん……お願いがあるんだけど……」


「―――なん……ですか?」


 葉倉さんは、少し怯えた表情だ。

 彼女の気持ちはお構いなしに、希乃さんは話しを続けた。


「私達のバンドのボーカル……やってくれない?」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ! ……おほん」


 予想外だったのだろう。彼女らしくない声を発して咳払いをしている。


「―――私がボーカルですか」


 彼女は、皆の顔を一人一人見ている。彼女と目が合えば皆頷いた。


「―――私でいいんですか?」


「葉倉さん以外じゃ多分無理だ」


「寧ろ俺達が付いていけるか……」


「確かに。ちょっと限界超えないと難しいかも」


「葉倉さんがその辺のバンドと組んだら、確実に『バンド殺し』の異名が付くよ」


 ハッキリ言って、ここに居る奴ら全員殺されるんじゃ無いか? 正直、俺も自信無いぞ。しかも「バンド殺し」なんて過小評価だ。下手すりゃ「業界殺し」になりかねん。


 俺ら、ちょっと傲りがあったと思う。だけど、彼女の歌声でその傲りは全部一気に吹き飛んだ。彼女をボーカルに迎えて、うまくやっていけるのか? 今、彼女は不安になっているようだけど、逆に俺達自身が不安な立場に立たされた。


 一旦、それは置いといて―――まずは彼女の気持ちをこっちに向けさせることが先決だな。


 俺は、彼女の心に訴えかけてみた。


「まずは、今、自分が歌った時の気持ちを思い出して。葉倉さんが歌っている表情、端から見てても凄く気持ちよさそうだったよ」


 彼女は、さっき歌った時の気持ちを思い出しているようだ。


 少しして彼女は決心したようだ。


「―――分りました。ボーカル、やってみたいと思います」


「(やべえな。獣に追いかけられる野ウサギの気分だ。喰われないようにしないと。)」


 葉倉さんの言葉に、危機的状況を楽しむように、皆、眼がギラつき始めた。


 ・

 ・

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 この後、時間いっぱいまで皆で思いっきり歌って解散した。俺はライブハウスの他に、別にバイトがあったから皆とは途中で別れた。


 明日一度、みんなで会って音合わせしようって事で、大宮の家に集合になった。大宮の家は楽器店をやってるらしく、店の二階が練習場スタジオになっているとの事だ。



 家が楽器店って宝の宝庫じゃん。良い機材が沢山あるんだろうな。音合わせも楽しみだが、男としては機材の方に楽しみを感じてしまっている。


 ・

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 ・


 バイトも終わり、部屋でゴロ寝しながら今日一日のことを思い返していた。


 ―――しかし、今日は驚きの連続だったな。


 ライブハウスに葉倉さんが顔を出すなんて……しかも俺の動画観てたのにはビックリだ。あんまりイメージに無かったからな。―――普段、スーパーでの買い物姿しか見ていないから、なんとなく「お母さん」ってイメージ持ってたもんな。


 ―――葉倉さんの顔、今日初めてじっくり見てしまったけど、皆が騒ぐだけあって、実際、可愛い子だった。でも、それだけだ。俺はバンド以外で絡むことは絶対無い……いや、ノートの回収で絡むか。


 ―――そして、ハイスペックス……


 あいつら皆、「上手い」の一言だ。いつから弾いてんだろう?

 そして楽曲だ。誰が作詞・作曲してるんだ? 謎だ。


 極めつけは、葉倉さんの歌声だ。


 朝の挨拶とかで良い声してるとは思ってたけど、歌ってみたらとんでもない怪物だった。思い出しただけで鳥肌が立ってくる。早くあの声が聴きたくてたまらない。やばい、ちょっとした中毒性があるな。


 そう言えば、葉倉さんのIDゲットしたんだった。多分、学校で一番彼女に興味が無いであろう俺が、葉倉さんのIDをゲット……噂では、IDをゲットした男はいないって話しだ。ちょっと優越感覚えちゃうね。


 でも、俺からメッセージ送ることは無いだろうから関係無いか。いや、「御前」として送ることは無くても、「トゥエルブ」として送れば問題無いか? でも、なんて送れば良いんだ? よく考えたら、俺「初めてのLa・IN」じゃない? いや、違う。思い出した!お袋にメッセージを……「今日のおかずなんだ?」の一回しか送ったことね―――!


 皆、普段、どんな内容のメッセージ送信してんだ? 

 

 ”ピコン”


「ぬおっ!」


 テンパってるところにスマホから突然音が出たから、大声出ちゃったよ。


 メッセージは葉倉さんからだ。


[明日、午後1時にステンドグラス前で待ってます]


 ―――確か、こういうのって「で返信する」のがマナーなんだっけ?


 急いで返信しなきゃ―――


[おっけー]―――送信! ふ……余裕だぜ。


 俺に掛かればメッセージの一つや二つ―――。


 ”ピコン”


「どわっ!」


 油断したぜ! まさか二回目が来るなんて誰が予想した。


 ―――えっと……。


[今日は有り難うございました。明日も宜しくお願いします。おやすみなさい]


 よくよく考えると、隣の部屋の女の子がメッセージ送信してんだよな。なんか変な感じだ。


 おっと、こうしちゃいられない。これも秒で返してやるぜ。


[おやすみ。明日もよろしけ]―――送信!


 ―――あ! 最後「け」になっちゃったよ。やっべー隣の部屋から笑い声とか聞こえてないから大丈夫だよな。



 ところで、「ステンドグラス前」ってどこだ?


 明日、早めに出て、最寄りの駅で待ってればいっか。

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