第4話 覚醒

 フロアーはこの時間にしては結構人が多いかな? 100人くらいか?


 ステージに立つと、俺の姿を見た観客が騒めき始めた。


「おい、トゥエルブがいるぞ!」

「マジかよ! ラッキーじゃん!」

「って、最近、ハイスペの助っ人やったろ」


 会場がざわつく中、ステージ上でセッティングが終わった小堀が話し始めた。


「―――みなさんこんにちは。ハイスペックス、リーダーのSkyスカイです。今日は、悲しいお知らせと嬉しいお知らせがあります」


 小堀空…「空」だから「Sky」ってわけだ。俺のトゥエルブと似たようなもんだな。


 小堀の声に会場のざわつきは全く収まる気配が無かった。


「まず、ボーカルのミヤジ―ですが、残念ながら音楽の方向性が違うと言う事で、脱退してしまいました。なので今日は僕が歌います」


「(———プッ!方向性って……。そんなこと一言も言ってなかったじゃん)」


 会場からはちょっと落胆の声が聞こえた。


「そして、嬉しいお知らせですが、―――なんと!このライブハウスではボーカル殺しの異名を持つ、トゥエルブが、我がハイスペックスのメンバーとして、正式に加入する事になりました――――――!」


 ”ドデデトシャ――――――ン…”


 小堀の一言に大宮がドラムを合わせて叩いた。俺は小さく手を挙げて客に挨拶をした。


「おおおおおおぉぉぉぉぉ――――――!」

「マジかよ!」

「どうやって口説いたんだ!」


 小堀は、観客の声を無視してそのまま曲名を口にした。


「では曲行きます。『大きなクリの木の下』」


 ―――なんかのパクリな匂いのする曲名だが、正直、初めてタイトルを聞いた時は「コミックバンドなの?」って思った。だけど、曲を聴いた時、そんな考えは一発でぶっ飛んだ。メチャクチャカッコいい曲だ。タイトルと曲がここまで合っていないのも凄いが、歌詞もそれなりにいい。作詞って誰やってんだろ?


 一曲終わると分るんだが「大きなクリの木の下」というタイトルがこの曲にはぴったりだと誰もが思ってしまうのだ。


 二曲目、三曲目と曲が流れるが、三人の演奏レベルがとんでもない。俺は音の赴くままにギターを弾けばいいだけだ。


 この数ヶ月、何組かのバンドと組んだが、若くて……というか、同じ世代でここまでのレベルの奴らに始めて会った。


 あとはボーカルが揃えば……。

 

 この次にステージに上がるバンド、絶対やりにくいだろうな。


 ・

 ・

 ・


 俺達のライブが終わり、控え室へ戻った―――。


 ―――控え室に入ると、皆でハイタッチを交した。


「いえぇぇぇぇぇ—————い! “パン”」

「お疲れぇぇぇぇ——————! “パン”」


 気付けば葉倉さんも控え室に来ていた。


 希乃さんが葉倉さんとハイタッチを交している。

 俺も手を出そうとしたが、そこはグッと堪えた。


 葉倉さんが労ってくれた。


「お疲れ様でした。凄く良かったです」

「ありがと。―――そうだ!葉倉さんこの後時間ある?」


 希乃さんが葉倉さんを何かにお誘いするようだ。


「時間は全然ありますけど。どうしました?」


「この後、打ち上げとトゥエルブ加入の歓迎会兼ねてカラオケ行くんだけど一緒にどう?」


 時間はまだ午後四時前だ。葉倉さんは俺を見ている。―――何だろう?

 しかし俺は誘われる以前に参加する事で決定していたようだ。ま、俺の歓迎会だ。行かなきゃ今後の活動にも影響あるから、その辺は黙っていた。


 葉倉さんは意外な事を言ってきた。

 

「私、カラオケって行った事なくて……」


 え? そうなの? 学校の様子を見るに、人付き合い凄く良さそうだから、カラオケなんてバンバン行ってるもんだと思ってたけど……。


 葉倉さんの言葉に俺も思わず口に出た。


「マジ? 実は俺も行った事ないんだよ」


 すると希乃さんが、


「マジ? だったら葉倉さんも一緒に行こう。寧ろ一緒に行こう」


 半ば強引だが、初めて同士がいるとなんか心強い。



 カラオケ……ちょっと楽しみだ。


 ・

 ・

 ・


 カラオケボックスに着いた。


 道中、希乃さんは大宮の腕にしがみ付いて歩いていた。———彼女か……いいな。


 受付をして案内された番号の部屋へ向かった。

 俺と葉倉さんはキョロキョロしている。


「なんか、二人の挙動が一緒。ウケるー」


 後ろから希乃さんが揶揄って来た。

 俺は葉倉さんを見た。葉倉さんは俺を見ている。なんか顔が赤くなってる。


 部屋に入ると、そこにはテーブルとソファーがあって奥の人が部屋を出る時、手前の人はその場を退けないと移動できない程の狭い部屋だった。


「結構狭いんですね」


 葉倉さんはキョロキョロしている。


「どこもこんなもんだよ。ちょっと広いと、ステージっぽい台があったりするけどね」


 みんな席に着いた。


 大宮と希乃さんが一緒に座っている。

 対面に葉倉さんを真ん中に俺と小堀の三人が座っている。


 普通、こういう時って女子と男子に分かれて座ると思うんだが……ま、いっか。


 男共はテーブルの上のメニューを見ている。俺もメニューを覗き込んだ。


「飲み物何いい? 食べたいもの有れば自由に頼んでいいよ。今日は奢るよ」


「奢る」って言葉に葉倉さんがちょっと反応した。


「え? それはダメですよ。今日はしっかり私の分のお金は徴収して下さい———飲み物はオレンジジュースでお願いします」


 断りながらも、しっかり、飲み物の注文はしている。


“ジャ——————ン”


 スピーカーから突然音が出た。


 いつの間にか曲を入れていたようだ。


 最初にマイクを握ったのは大宮だ。

 大宮は軽快に歌い始めたが———



「—-ー〜-〜-----♪」



 正直に言うと、豪快に音痴だ。彼の歌でお金を取っちゃダメだ。


 俺は呆気に取られてしまった。リズム感は申し分無いんだが、リズムと音程は別物なんだな。

 彼女である希乃さんは遠慮無く爆笑してる。


 次にマイクを持ったのは希乃さんだ。


「〜〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜〜〜♫」


 なんだろう? 聖歌隊が歌うような歌い方だ。裏声で歌っている。全然ロックじゃ無い。


 でも、この声って……


「バックコーラスにいい声だな」


 俺の一言に葉倉さんは納得の顔だ。


 次にさっきステージで歌声を聞いた小堀だ。三人の中では一番ロックな感じだ。

 小堀がボーカルやったのは納得だ。でも、ハイスペックスのボーカルとしては落第点だけどな。


 そして俺の番が来た。


「ーーーーーーー♪ーーーー♫」


 ———最高だ。カラオケって最高だ。気持ちいい。

 だけど、みんな微妙な顔をしている。別に音痴というわけでも無いだろう? 何が不満なんだ?







 そして葉倉さんの番が来た。


 歌う曲は最近テレビとかでよく流れる流行りの曲のようだ。





「♫♩♬♪———♫♫♩♪———」





―――――――――!


「(――――――ちょっと待て……なんだこの声。)」


 俺は、他のメンバーの顔を見た。みんな目を丸くしている。

 ―――俺と同じ感想のようだ。


「♫♩♬♪———♫♫♩♪———」


 凄く澄んでいる。そして、耳の奥に「ガツン!」と入ってくる。


 凄くいい。あっちの世界に行ってしまいそうな感覚だ―――。



 そして歌はサビに——————




「♬♪♩♫―――♫♫♩♪―――」





 ちょっと待てよ! さっきのはまだ序章だったのか? あれのさらにその上があるなんて誰が予想できるよ!


 俺もそうだが、他のメンバーも脳が逝ったようだ。


 なんか、頭の天辺から「ピ——————ン!」って何かが出た気分だ。


 ・

 ・

 ・


「ふ———」


 歌い終わった彼女は天井を仰ぎ満足げに余韻に浸っている。


 俺達は全員、一つの答えにたどり着いた。






「(———ボーカル、彼女しかいないだろ!)」 






 ———最高だ!


 初めてのカラオケがよほど気持ちよかったのだろう。

 まだ彼女は目を閉じ、顔を上げ、余韻に浸っているようだ。

 

 少しして、皆が静かな事に気が付いたのか、ゆっくり目を下ろすと皆唖然とした顔をしている事に不安を覚えたようだ。




 大丈夫。不安になることなんてないよ。


 ハイスペックスのボーカルは彼女に決定だ!

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