第9話 普通の人間

遠慮がないよね、とよく言われる。そんなことはないと思うのだが。でも頭に、魔法に関しては、と付くと、それはそうだろうと思う。


私は魔法が好きなだけの、ただの人間だ。時たま変人扱いされるが、そんなことはない。たまたま、魔法が好きなものになっただけ。これが数学だったり、ゲームだったり、体操だったり。散歩になることもあったかもしれない。でも、この世界の私は魔法を選んだ。誰しもに好きなものがある。それを選ぶ権利がある。単純なこと。


私は、普通の人間だ。




「なんで私に、色々尽くしてくれるの」

「なんだい。急に」


真っ先に聞いたのは良くなかったかもしれない。でも、どのように話の流れを作って、自然に目当ての話を聞き出せるのか。そこまで私は器用ではない。だったら変に警戒される前に、話を切り出すのが手っ取り早いと思った。


「私に、ここまでする義理はないよね。不思議に思って」

「前にも言ったろ。あたしは嘘をつかない。1度やるといったら、最後までやり通すよ。それに……」

「それに?」

「……いやどうでもいいか」

「気になるんだけど」


前にトキから、前のめりになりすぎるのはマホの悪い癖だ、と言われたのを思い出した。

「何か、隠してない?なに?魔法に関係すること?」

「この流れで、なんでそうなるかねえ」

「違うの。じゃあなに」


はあ、と深いため息をつかれる。それしきのことで、私の好奇心は抑えられない。


「あんたもしつこいねえ。……思わせぶりなこと言ったあたしも悪いけども」


あい分かった、と観念した様子。私はワクワクを抑えようと、冷静に振る舞うよう努めた。


「魔女になってから、300年くらいか。その時からあたしは、魔女になったことを後悔したんだよ」

「昔話?」

「黙って聞いとくれ。……それで魔女になると永遠に近い寿命と、美貌を保てる。というのは知ってるな」

「当たり前じゃん」

「あたしは、この美貌を保ちたくて魔女になったのさ。だけど甘い考えだったね。生きるのが退屈になったんだよ。新しい刺激も何も無い。それどころか、命を狙われる始末さ」


「生きるのがつまらないなら、処刑されても良かったんじゃない?十二分に生きてるわけだし」


「そう思ったけどねえ。死ぬのは怖かったのさ。一丁前に。だから逃げた。誰にも見つからないところまで。それが、ここさ」


ちょっと意外だった。あの学会の研究結果は、あながち間違えていなかった。ここまで詳しい話までは、流石に導き出せなかったが。


「隠れて暮らすようになってからは最悪さ。今まで以上に平坦さ。気づけば何百年も過ぎていた。そんな時さ」


と私の方を指さす。首をかしげるが、なんとなく分かったような気もする。


「あんたが訪れた。魔法を教えてくれだとか、魔女になりたいだとか。訳の分からないことを言う小娘がね。……嬉しかったね」

「え、キモ。キャラ変わってない?」


肌がくすぐったい。多分、鳥肌が立ったせいだろう。思わず罵倒の言葉を浴びせてしまったが、アリスは特に気にした様子もない。


「しかも、あたしの知らないものをくれたりね。世界はここまで進んだのかと、あたしの止まった時間が動き出してた。生きる活力が湧いたんだよ」


「はぁ」


「ここまでしてもらって、何も礼をしないほど腐っちゃいないからね。だから、魔法を使えるようにしてやったのさ」

「うん。で、続きは」

「終わりだよ」

「魔法の話は?」

「……あんた、何を聞いていたんだい?本当に、変わったやつだよ」

「あ、もしかして私に対する感謝だった?」

「……そうだよ」


遠い目をして、アリスはそう答える。


「そう。……もしかして、もう魔法は教えてもらえない?」

「なんでそう思う?」


質問を質問で返されたので、私は言おうか迷った。言ってしまったら、現実になるような気がして。


「だって、約束。もう果たしちゃったじゃん」

「まだだよ」


予想だにしてない勢いに、また困惑する。私、結構好かれているのだろうか。あんまり嬉しくなかった。


「魔女になりたいんだったね。それも夢の一つだろう」

「……それって、つまり」


声が弾んでるのが、自分でも分かった。


「覚悟は、できてるよな?」


いつもの笑顔を見て、わたしは安心した。


「もちろん」


普通な私とお別れする挨拶。そんな一言で、人は変われる。あまりにも単純。


その単純さが、私の夢を、叶えてくれた。

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