第6話 魔法使いと魔女

” 魔法使い”と”魔女”、というのは別物だ。昔は同一視されていたらしいが、現代では違う。正確には中世で明文化されたらしい。


よく例えられる対比は、猿と神。魔法使いが猿で、魔女が神。魔法自体は猿でも扱えるが、極めるとなると、それは神の領域に達することから、そう言われている。私はこの例えが半分好きだ。もう半分は自分が猿以下であると言われているようだから。ではなく、神などという不確定な存在に例えられているから。


神は全知全能。どんな願いも叶えてくれる存在。しかし魔法は、万能では無い。無限の可能性こそあれど、限界がある。それを度外視というか勘違いされている部分が、私は嫌い。


魔法は好き。キラキラと輝いて、不可能を可能に近いところまで導いてくれるから。私もそうなりたい。なってみせる。魔法の素晴らしさを、この身で味わい尽くしたい。






「遅い」

などと教科書の一文を読んで、自分の考えをまとめていたのだが、我慢ならなかった。アリスが願いを叶えてくれると言ってから、2ヶ月は経っている。様子を見ようとしたが、気が散るから覗くなと、家までの出入りを禁止されている。鶴気取りかよ、と嫌味を言ってやりたい。通じるかは別として。


「まぁまぁ、落ち着きなよー」


次の時間は数学の小テストがあるので、ミオは隣の席で復習をしている。私は数学が嫌いというか眼中にないので、ノータッチだ。


「私は早く魔法が使いたいの。任せな、て意気揚々と言っといて2ヶ月かかるとか。なんかイライラする」


「多分、アリスも魔法の力でなんとかするはずだから、気長に待とうよー。魔法は万能じゃないんでしょー」

「ミオはのんびりしすぎ」

「そんなことないよー」


ふわ、と欠伸をしながらそう返事する。


ミオの魔法学の成績は中の下、といったところ。センスがないわけではないのだが、いかんせん速度が足りない。詠唱は制限時間内に終わらないし、箒乗りもちんたらとしていて歩くのと大差ないレベル。私からすれば宝の持ち腐れもいいところだ。私によこせ、と言いたい。当の本人は改善する気がまるでないので、しょうがないなとも思う。それがミオのいい所でもあるから。


「よくよく思い返したら、願いを叶えるなんて言ってなかったかも」

「じゃーあんまり期待しない方がいいねー」

「勘違いが現実になる魔法、知らない?」

「魔法には限界があるよー」


貧乏ゆすりが止まらない。スカートのポケットに入っている転送ボックスが落ちそうだったので、外に出す。透明なその箱は、二ヶ月前と同じ清潔さを保っている。それが焦れったくて仕方ない。


「バグって点滅しないかな」

「機械じゃないんでしょー?変なことしない方がいいよー」


ミオの忠告を無視して、私は集中する。というか興味のない連想ゲームをしていたので、聞こえてすらいない。何か言ってたのはかろうじて伝わった。言葉なんて、その程度で十分だと思う。


「今、魔力溜めた」

「へぇー。すごいね」


あとは詠唱だ。昔からオリジナル魔法の構築式を考えるのが私の生きがいだったので、すぐに思いついた。魔法が使えるようになれば、あのノートに書いてある力作たちを、この手で実現できる。胸の高鳴りが止まらない。


「……箱よ、点滅しろ!」

「わー。……何も起こらないねー」


突然大声を出したが、ミオはおろかクラスの連中も全く気にしない。詠唱の特訓を教室でも行ってきた賜物だ。


「式に誤りがあったか」

「それ、いつも言うよねー」


あ、ちょうちょだー、とミオは別のものに興味が移った様子。教室にちょうちょ。どこから入り込んだのかと、窓際を見るが、窓は開いていない。秋口だし、今日は風が強いから当たり前か。別の教室から迷い込んだのかな。


「どんどん近づいてくるー」


ちょうちょの羽は不規則に羽ばたく。だけど、移動している軌道は妙に規則正しい。それが、たまらなく気持ち悪かった。まるで意志をもっているような。


そう思った時。ちょうちょはそこが目的地だったかのように転送ボックスの縁に止まる。そして、黄色の結晶を撒き散らしながら、弾けた。小さな宇宙が目の前で作られる。


『出来上がったよ。早く来な』


黄色の粉は規則正しく整列し、その文字列を作り出した。


「おおー。サプライズー」


ミオは小さく手を叩く。普通に呼び出せばいいものを。妙に手が込んでいる。それで私が喜ぶと思っているのだろうか。


「わぁ、すごい笑顔ー」


私は勢いよく、教室を飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る