第4話 偉大な魔女は輝きを

初めてアリスと出会った頃から数えて約一ヶ月経った日のこと。


「気分もいいし、魔法でも教えようかね」


棚の掃除をしていた時に、アリスが突然そう口走った。


「ほんと!?」

「嘘はつかないよ。あんたのおかげで人生に余裕ができたんでね」


魔法で作られた黒板もどきにチョークで字を書きながら、そう反応する。

あの時の私の判断は、間違えてなかった。アリスはチョークを知らなかった。そして、興味津々でチョークの使い方を知りたがった。あそこまで反応がいいと少し調子が狂うが、些細なことだった。


それからは簡単だった。物の起源を調べ、アリスに干渉してそうにいないか確認する。もちろん、お気に召さない時もあったが、三回の制約は無くなったので、送りたい放題だ。


そして、今日。ようやく本題である魔法の指導だ。ここまで長かったような、そうでもないような。時の流れなど、もはや気にならない。


「なんの魔法?ファイアー?サンダー?ブリザード?」

「慌てんな。そうさねえ……魔力の集め方、からがいいだろう」


正直、ガッカリした。それは顔にも出ていたのか「嫌ならやめるよ」と言われた。全力で首を横に振る。魔法のまの字も満足に使いこなせない私にとっては、初歩も初歩のところから始めるべきなのだろう。そう考えると、アリスにしては珍しく理にかなっている案だなと思う。


「今まで見てきて思ったのさ。あんたは魔力を集めず、発散しているんじゃないかってね。まずは気を落ち着け、魔力の流れを感じとることだね」


まさかの丁寧な指導に、明日の地球の行く末が心配になる。魔力の発散。考えたこともなかった。確かに、魔力を正しく扱えなければ、魔法なぞ使えるはずもない。


言われた通りに気を落ち着ける。全く興味のないことを考えよう。ブラジルの首都はリオデジャネイロ。サッカーのオフサイド。意味の無いルール……。どうでもいいことを考えては連想しを繰り返し、どうにか魔法から気を逸らしていく。


不意に、胸の辺りが暖かくなるのを感じた。確かな手応え。まさか、魔力が集まっている証拠なのだろうか。心臓がハッスルしないよう、興味のない連想ゲームを続ける。上腕二頭筋。大腿四頭筋。骨粗鬆症……。


「ほう。案外、飲み込みが早いじゃないか」


待ってましたと言わんばかりに魂が跳ね上がる。そうか。私は魔法が使えない訳ではない。使う術を知らなかっただけだったのだ。流石はアリス。今は彼女が天使のように輝いた存在に思えた。


「うん。やっぱ無理だな。あんた、魔法使いにゃなれんよ」


天使の羽根がもがれた。


「は?どういうこと?さっきは飲み込みが早いって言ったじゃん。嘘だったの?」


「飲み込みが早いのは本当さ。だが、魔力を集めるだけでここまで気を逸らさなくてはいけないのは、魔法使いとして致命的だね」

「あ」


そういうことか。魔法は”詠唱”という複雑な組み立て式が必要だ。それを頭の中で整理し、正しく組み立て、言葉にしなくては不発に終わる。魔力を集めるために思考を停止しては、肝心の詠唱ができなくなってしまうのだ。流石はアリス。なんでもお見通し、といったところか。


「この程度、練習すればどうにだって」

「それはどうかねえ。あんた、魔法のこと考えると興奮して発散しちゃうだろ。どうせ詠唱の練習は昔っからよくやっているんだろう」


ぐぐっと奥歯を噛み締める。何も言い返せない。その通りだ。ここまで見通されると、いっそ不気味である。


「どうしてそこまでして魔法が使いたいんだい」


最初の時と同じ質問だ。前も答えられなかったが、今はそれ以上に答える気になれない。


「返答によっては、魔力を発散してしまう原因をなんとかできるかもしれないね」

「魔法使いに、命を助けられたから」


するりと返す。私自身、驚いている。今まで家族以外の誰にも、このことを話す気になれなかったのに。


「それだけかい?それだけで、その熱量が意地できるもんかい?」


「……私は、その人のように、キラキラした存在になりたい」

「人助けは?」

「そんなの興味ない。魔法を使って輝きたいだけ」


少しの間、静寂が空間を包む。


「……くっくっく。そうかいそうかい」


また出た。意地の悪い笑顔だ。もはやなんの感想も抱かなくなっていた。


「いいよ。その願い、この偉大な魔女アリスに任せな」

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