第3話 ”珍しい”=”知らない”

「送りすぎだ」


一週間と一日ぶりに会って最初の挨拶がこれだ。転送ボックスが赤く点滅していたのに気づいたのは、下校中にまた採集しようとポケットから取り出した時だった。赤い点滅は何か用事がある時のサインだったので、アリスの暮らす森まで繋がっているワープ床に乗って訪ねたのだ。ちなみに、このワープ床はアリスの特製で、現代で同じものを作れる人はいない。それだけの技術を持っているという証拠に、心を躍らされた。


「とにかく珍しいものを送れと言われたので」

「限度があるだろうよ。それに、どれもさして珍しくもない」

「この森に生息していないものだったのですが」

「珍しいものっていうのは、あたしが今まで見たことないようなものだよ」

「薬の材料じゃないんですか」


はぁ、と深く短いため息をつかれる。やばい。何とかして挽回せねば。とは言っても、1000年以上も生きてるアリスが目にしてないものなんて、私に見つけられるのだろうか。いや、弱気になってはダメだ。わずかなれど、希望の光を絶やしてはいけない。


「分かりました。次こそは見つけてきます」

「期待しないでおくよ。……それと、かしこまった話し方はやめだ。ゾワゾワして仕方がない」


ちょっとだけムッとしてしまう。


「……そういうことなら、わかった。タメ口でいいのね」

「よくわからんが、それでいい。敬われるのは気分が悪い」


良かれと思って意識していた敬語を気持ち悪いと言われてしまった。ズレているというか、浮世離れしているというか。まあ、相手が魔女である以上、こちらの常識は通用しないのだろう。そういうことにしておこう。


「次いらんもの送ってきたら、すぐさま送り返すからね。3回までは許してやろう。それ以降は、言わなくても分かるな?」


相変わらず、気色の悪い笑顔だ。




次の日の昼。朝からアリスが見たことないようなものを探し、送ってみた。が、既に二回、送り返されている。一つ目は通学中に見つけた片方しかない軍手。二つ目は、日本の10円硬貨だ。


「なんで送り返してくんの?意味わかんない」

「……当然の結果だと思うがな」


うんうん、とミオも横で頷く。いつものメンツで昼食を過ごしていた。あと1回しかチャンスがない。後がなく、つい大声を出してしまう。


「落ちてた軍手なんて、ただのゴミだろ」

「ちゃんと洗って送ったから使えるはずだよ。片方しかないけど」

「どっちも見たことないこと、ないと思うけどなー。でもマホのことだし、何か考えがあるんでしょー」

「そう、ちゃんと考えがあっての結果なんだよ」

「なら、その考えとやらを聞こうじゃないか」


「アリスって1000年以上前から生きてるらしいじゃん。で、教科書の記述だと14世紀を境に人前から姿を消しているんだよ。これが意味するのは、その頃からあの森で隠居してる可能性が高い。つまり、現代では当たり前にある道具すら知らないかもしれないってことなんだよね」


おおー、とミオがぱちぱちと拍手を送ってくれる。ありがとう、と手のひらをあげて拍手を止める。それに対し、トキはうーんと唸る。


「あくまで仮定の話じゃないか。直接質問して裏取りしてるなら、納得できるが」


「ばかだなあ。これは試練なんだよ。自分で考えて答えを出さなきゃ、認められない。それに直接聞いたところで、あの性悪は素直に答えてくれないよ」


「バカはどっちだよ……」

「とにかく、結構いい線行ってると思うから、二人もなんか考えて」

「試練なのに、人の手は借りるんだー」

「絆の力と言ってほしい」

「お前、バカだろ」


グタグタ話しているうちに昼休みが終わりを告げる。次の時間は、化学だ。




「で、あるからして、この化学式はー」


ああ、どうしよう。文字通り、ワンチャンしかない状況に、私は頭を抱える。こんな説法のような時間は早々に切り上げ、打開策を見出したい。既に時計の針は、授業時間の3分の2をすぎている。次は魔法史だ。好きな教科だし、範囲的にも話は聞いておかねばならない。そうなると、真剣に考えられる時間は今しかない。別に今日中である必要はないのだが、早く満足のいく結果を残して、次のステップに進みたいのだ。かといって、功を急いで失敗でもしたら、全てが水泡と化す。慎重に、大胆に、物を選ぶ必要がある。


「石灰というのは我々の身近なものにも使われている。例えばチョーク。これは19世紀にフランスで発明されたもので」


チョーク。19世紀。アリスの知らない可能性のあるものだ。だがフランス。アリスはヨーロッパ出身だ。少なくとも、魔法史の教科書にはそう書いてあった。なぜ今は日本にいるのか。明確な解答はないが、特に深い意味はないと思う。たまたまだろう。


とにかく、チョークの線は薄い。こうして退屈な時間は、あっという間に終わってしまった。




先生が突然、体調を崩して自主学習の時間になれと祈ったが、現実は非情だ。大好きな魔法史が始まった。こうなっては仕方ない。集中しよう。


今日の範囲は中世の偉大な魔女たちについて。もしかしたら、アリスに関する話が出るかもしれない。もっとも、魔法史の先生は雑談が少なく、今回の範囲にアリスは出てこないので、分の悪い賭けだ。


「つまり、魔女というのは悪魔と契約した魔法使いのみに許された、禁断の変化です。魔女、という名前から誤解されがちですが、男性もなれるようです。現在は法律で禁止されており、実行すれば厳しい処罰が下されます。もっとも、なりたい人なんて多くないでしょうが」


当然だな。それぐらい予習済み。私が知りたいのは魔女のなり方なのだが、今はアリスがいるし、なんとかなるだろう。


「魔女といえば、こんな話を聞きました。皆さん、魔女アリスはご存知ですね。なんと最近になって、彼女の過去の動向が明らかになったそうです」


ガタッと椅子から立ち上がる。それは反射的なもので、私では制御出来なかった。クラス全員の目が注がれる。


「詳しく聞かせてください」

「話しますので、席にお座り下さい」


私は素直におすわりした。


「まだ公表されていない学会の論文なので、口外はしないように。アリスの出身はヨーロッパとありますが、正確にはアイルランドとの事です。そこで、14世紀まで暮らしを営んでいたとされます。しかし、15世紀からはアイルランドを離れ、南下した説が濃厚です。今はアジア圏のどこかに、身を隠している可能性が高いそうですよ」


こっそりと世界地図を開き、アイルランドを探す。イギリスの隣国か。


14世紀。魔女狩りが行われている真っ最中。


思わぬ収穫だった。アリスはヨーロッパ圏ではあるが、フランスとは直接の縁がない。そして、15世紀のどこかで、そのアイルランドから離れ、アジア圏──あの森を見つけたのだろうか。だとしたら、日本だ。


先程の化学の授業が脳裏をよぎる。点と点が繋がった、とはこういうことだろう。それでも確率は五分といったところか。だが、確信に近かった。アドレナリンの出過ぎで冷静になれていないだけかもしれないが、問題ない。間違えでも、後悔はない。


「先生。黒板のチョークもらっていいですか」

「授業が終わったあとで、お願いします」


おあずけを食らったが、私は自信に満ちていた。

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