第8話

 二つの建物に挟まれた路地裏でおんなじ高校に通う二人が、誘拐犯、そしてその被害者という立場で向かい合っている。しかも、クラスも一緒という身近な男女。さらに言うと、クラス一のギャルと、ボッチという正反対の属性。


 本当に意味が分からない。


 また、知らないうちに恨みでも買ったのかな?


「あ、あの、一体これは」


 腕を組んで仁王立ちのままにらんでくる桜様に、俺はもじもじと委縮しながら問いかけた。だって、仮にも誘拐犯だし。すると、彼女は一歩ずつ歩き出して、ゆっくりと近づいてきた。


 高い身長から倒れこんでる俺を見下ろす。


「ねえあんた、今日ずっとすみれを見つめてたでしょ」


「う、うん」


「気持ち悪い」


 グサ。長い金髪の美貌の持ち主からすごくとげとげしたことを言われた。見た目は典型的なギャルという感じで、それに加えて学校でも一位二位を争うほどの美少女。だけどとにかく性格がきついことで有名な彼女らしい。


 プライドも高く、確固たる信念を持っていた。


 うん、だから別に驚きもしないけど、やっぱり特に俺みたいなのにはきつい。


「授業中じろじろじろじろ。あんたみたいなのに執着されて、ほんとにかわいそう」


「そ、そこまでい、わ、なくて、も」


 目つきが怖い彼女を見て、俺の声は最後のほうになるにつれて消えていった。


「ああ、また。ほんといらいらする。あんた、高一んときからクラス一緒だけど、ずっと情けないね。男のくせして声も小さいし、がりがりだし、はっきりしないし。うち、そういううじうじしてる男マジで嫌い。気持ち悪い」


 二回目。やっぱり、俺的クラスでかかわりたくない人ベスト一位の桜様は格が違う。マシンガンみたいに、流れてくる御説教は、俺の心を隅々までえぐっていった。


 そしてこの後、しばらく沈黙があった。


 いったん彼女は背を向け、深呼吸をしているように見えた。まるで、これまでの空気を一回まっさらにして洗い流そうとしてるみたいに。その後ろ姿は、男の俺から見てもたくましく思える。


 心を落ち着けたらしく、桜様はまた俺を振り向いて、今度はちょっと小さな声で、こういってきた。


「あんた、すみれとどういう関係? 」


「え? 」


「ただの人間のはずのあんたから、邪気が出てる。しかも、それがすみれが出してる邪気と結ばれてるみたい」


 突然、意味の分からないことを言い出した。俺が邪気を出してて、それがすみれの邪気と結ばれてる? どういうことだ?


 そう考えをめぐらしていると、桜様はもっと顔を近づいてきた。真剣な表情で、俺をのぞき込んでる。


「あんた、すみれの素顔みたでしょ? 」


 彼女は、何故か俺の事情を知っていたみたいだ。まるで呪いのことを理解してるみたいな言い方だった。俺は思わず、すべての状況を話しそうになって、口が開いた。


 けど、完全に開ききる前に、桜様は何を思ったのか突然俺から離れた。まるで、警戒してるような目で、俺のほうを見ていた。


 なんだ? そう思って後ろを振り向くと、そこには変わった形の霊獣がいた……



 ムササビみたいな形の霊獣は、大きな翼を広げて、雄たけびを上げた。桜様は驚いたような表情でいたけど、俺のほうはもっと驚いた。そういえば、俺、霊獣にねらあわれてんじゃん。


 目に見えない速さで、霊獣は俺の体をつかんできた。やばい、今度こそ食われる。俺は逃げようと必死にもがいた。


「動かないで! 狙いが定まらない」


 すると、桜様が俺に向かってこんなことを言ってきた。いや、食われそうになってんのに動かんでってどういうこと? 霊獣今にも食事タイムに入りそうだけど。


 でも、霊獣のほうを見てみると、何故か桜様を見て固まっていた。目をまんまると見開いて、「お前は……」とつぶやいた。


 知り合い? 


 俺も一瞬固まってると、次に突然、霊獣から邪気が出始めた。昨日も見た、黒い邪気。そして、「お前とやるのはあとだ」と意味不明なことを言って、霊獣はその場から消えた。


 残念ながら、俺も一緒に。


 要は、連れてかれたということ。今日、二度目の誘拐だ。




 気が付くと、俺はちょうちんの並べられた暗い洞窟の中にぽつんといた。考えがはっきりしてくると、俺は同じような風景を前にも見た気がしてきた。神社で、あの神主さんに見せられた、霊界だ。


 俺は、さっきの霊獣に霊界に連行されたらしい。しかも不幸なことに、その霊獣は今も俺の目の前でよだれを垂らして立っていた。


「ごちそうだ! あの駆除人どもに邪魔されずに食える! 」


 彼は心底嬉しそうに言った。いや、駆除人って何? 結局俺食われるの?


 俺が見上げると、霊獣が狩人の体勢になっていた。食われないために、俺は逃げる準備をする。追うものと追われるもの、弱肉強食の戦いが始まる。


「きやあああぁぁあ! 」


 霊獣が翼をパタパタさせて、なんかビームみたいなの出しながら飛んで迫ってきた。俺は声を上げながら、この霊界のさらに奥のほうへと走っていった。


「もう、いやだあぁぁあ! 」


 


 




 

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