第7話

 という昨日起こった出来事を学校の食堂で幼馴染の田中ゆうたに話すと、口を大きく開けて大笑いされた。俺がする話でほとんど笑うことがないあいつが、本気で腹抱えて。またか……って感じで、なんか、複雑な気持ちだった。


怒るのもあれだから、俺はとりあえずゆうたをにらんだ。


「いや、すまんすまん。そうじゃないんだ」


 するとゆうたは水を飲みながらそういって、胸あたりをこんこん叩いた。まるで、面白すぎてつっかえたみたいに。


 そしてちょっと落ち着いてから、また話し出した。


「疑ってるわけじゃないよ。嘘なんてお前つかないしな。ただ、お前らしいなって思っただけさ」


「はあ? 」


 わけのわからないことを言うと、ゆうたは急に感傷に浸るような表情をしだした。いかにも、今から思い出話をされるみたいに。


 で、本当に彼は懐かしそうに語りだした。


「お前さあ、無口でまじめな奴のくせに、よく知らないうちに誰かの恨みを買ってただろ? 悪気なんかなんもないのにさ。ちょっと言葉遣いが下手くそで、表情作んのが苦手で、場の空気に合わせることができなくて――」


「す、ストーップ! 後半悪口」


「はは、悪い。でも実際そうだったろ? そういうのって、やっぱ誤解が積み重なって起きてると思うんだな。だからさ、前も言ったけど、これを機に、一回すみれと話してみろよ。意外と、ちっちゃなことで反感買ってんのかもしんねえぞ」


 そういって、彼は目の前のサンドイッチを一気にたいらげた。


 にしても、彼の言ってることは一理あると思った。たしかに、俺は自分の知らない間に、誰かの恨みを買って、いろいろ損することも多かった。もし昨日の夜会ったのがすみれだとしたら、「お前があいつを悲しませたせいで」と言ってたから、そのあいつが分かれば、どうにかなるかもしれない。


 ちょっと、チャレンジしてみよう、俺はそう思った。


 

 午後の授業、俺は後ろの隅の席から、彼女を観察することにした。ああ言っても、やっぱり昨日の女の人がすみれと同一人物であるという確証が得られないと、何もできない。


 すみれは、相変わらずゴーグルとマスク、ニット帽で顔を隠している。俺の席の二つ前の列の席の真ん中あたりに座ってるけど、目立つからすぐわかった。彼女は、その物珍しさからか、割といろんな女子生徒に話しかけられてた。


 今も。


「ねえ、すみれちゃん! 」授業中、隣の女子生徒が小声で話しかけていた。


「な、なに? 」


「そのマスクとゴーグル、外してもいい? 」


「だ、駄目だよ! 言ったでしょ? 呪われちゃうって」


「え~。すみれちゃん、恥ずかしがらなくていいよ」


「そうじゃなくて――」


「おおい、そこ! 」


『はい』


 そうして二人が話してるのを見て、先生が注意した。二人は打ち合わせでもしてたんかいってくらい息ぴったりに、返事した。う~ん。今見てる感じだと、やっぱり昨日似てると思ったのは俺の勘違いなのかなって感じだ。


 普通にやさしそうだし、こっちはやっぱり俺の知ってるすみれだ。


 で、彼女が数学の授業の時に先生にあてられて、黒板に数式を書くように言われてるところも俺はまじまじと見つめた。


「わからなくてもいいから、書いてごらん」数学の先生は女性で、物腰が軽い。


 また、すみれの後ろから、「がんばれー」という女子生徒たちの声も聞こえていた。それに勇気づけられたのか、彼女はチョークを黒板にあてて数字を書き始める。


 で、すごいのが、これが止まらない、止まらない。彼女はあっと言う間に、答えの数式を筆を止めることなく書き上げてしまった。


「あなた、天才!? 」


 数学の先生がこう言った。


 勉強ができる理知的なところも小学生の時のままだ。言っちゃ悪いけど、昨日会った女性はお世辞にも理知的ではなさそうだった。やっぱり、俺の勘違いだったのか?

 

 そう思いながら、俺は彼女をじ~っと観察していた。


 けど、そうしてたら、なんか右横のほうから視線を感じた。その方を振り向くと、クラス一のギャルと言われている桜みさきが俺を敵意むき出しでにらんでいた。怪しまれたのかもしれないと思って、俺は慌ててすみれから目を離して、勉強に戻った。



 学校が終わって、俺は町の本屋に寄り道していた。今日は田中ゆうたは居残りで、俺は一人で帰っていた。


 ここの本屋は割と古書から新書、小説、評論、漫画だったり、内容が充実してるとこだった。出版不況、などと言われてる昨今では珍しい何でもある本屋。俺はここで、小説をあさっては買っている。


 この日は昔の作家のコーナーを見ていた。気になった作品を手に取って、じっくりと立ち読みしていた。


 けど、ここで事件は起こった……



 本を読んでいた時、突然、何者かが背後から俺の口を押えてきた! 抵抗しようとしても力が強すぎて、何もできない。悲鳴すらも上げれなくて、俺はされるがままに連れ去られてしまった。


 どこかわからない路地裏で、俺は乱暴に地面にたたきつけられた。コンクリートで、本当に痛い。そして、俺は犯人の顔を見ようと視線を上げたけど、その姿を見たとき、俺は声が出そうになった。


 なんと、俺を誘拐したのは、今日、怪しむようににらんでいたクラス一のギャル、桜みさきだった……


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