第6話

 俺は死んだと思っていた。


 霊獣に体を突き破られて、そのまま食われるんだって。あんだけ普段は死ぬのを怖がってても、いざその時がくるとすんなりと受け入れられてた。もう目をつむったりビビったりもせず、堂々と殺される準備をしていた。


 けど、俺は生きていた……らしい。


 目の前には、俺に届く寸前で停止させられてもどかしそうな表情の霊獣がいた。そして、その霊獣を停止させている人物の後ろ姿が、視界に映っていた。


 女の人だ。背は人並みで、柔らかそうな体を持ちつつも、その辺の男よりも力強さがある。雰囲気もまさにヒーロー(この場合はヒロイン)という感じで、たくましかった。


「お前、何者だ!? 」


 知らない人間に食事を邪魔されて、霊獣は凄く怒った声だった。目を真っ赤に染めて、さっきまで穏やかだった息遣いが変に乱れている。


 反対に、女の人のほうは冷静みたい。


 自分より何倍も巨大な化け物ににらまれてるのに、彼女は一切恐れてないみたいだった。恐れるどころか、彼女は立ち向かおうとしている。どっからか長い棒みたいなのをだして、手に持った。


 そして、その先端を霊獣に突き付けて、それから思いっきり振り上げた。


 彼女がそこから地面に向かっておろすと、棒が当たってるわけでもないのに霊獣が遠くに吹き飛ばされた。


 霊獣が倒れたのを確認すると、女の人は一瞬だけ俺を見てきた。彼女は変な格好だ。頭に髪の毛が見えないほどの包帯を巻きつけて、マフラーを鼻のあたりまで巻いていた。体のほうは戦闘するにしては薄着で、肌の露出がやや多い気がする。でも、やっぱり肝心の顔はきれいな瞳が確認できるだけで、どんな人なのかはわからなかった。


 でも、どこかで見た瞳のような……


 そう思っていると、吹き飛ばされたはずの霊獣が「きえええぇぇぇえ! 」と叫びながらまた戻ってきた。狼型の化け物が地面を揺らしながら接近してきているのに、女の人は棒を後ろに引いて、ためを作っていた。


「死ねええ! 」


 霊獣が大きな口を開け、鋭い牙をむき出しにする。すると女の人は小声で何か言って、それから数秒の戦いが始まった……



 女の人は眼にも止まらぬ速さで霊獣にとびかかり、棒でその口の中の牙をすべ折った。「うわああぁぁあ! 」と霊獣が痛そうに叫び、前足で口を押える。そして、休む暇も与えず、女の人は続けて細く美しい足で彼女の体を蹴った。


 明らかにその細い足から出る威力じゃない! という表情を霊獣はしてた。


「消えて」


 最後に、女の人はそういうと、青い光みたいなのに包まれて、回転しながら霊獣を切り付けていった。彼女は大きな悲鳴を上げて、苦しみながら消滅していった。



 なんなん……



 さっきまで恐怖でしかなかった霊獣があっという間に片付けられて、俺はちょっと困惑していた。田畑の真ん中で座り込んで、ぼけっとしてた。


 すると、仕事を終えた女の人は、俺を振り返った。気のせいかもだけど、なんか怒ってるような感じ。彼女は俺の近くまで歩いてきて、顔をのぞいてきた。


「ねえ」


「なんでしょう……」


 間違いなく彼女は不機嫌だ。何故だかわかんないけど、女の人は凄い形相で俺のことをにらんで、声のトーンも低かった。


「星野たける? だよね? 」


「え、なんで俺の名前を知って――」


「お前のせいだぞ! 」


 急に怒鳴られた。助けに来てくれたと思ってる人に、首根っこつかまれて、怒鳴られた。


「何もかもお前のせいだ! 」


「い、一体――」


「お前が、あいつを悲しませたせいだ! 」


 女の人は、俺の言うことなんか聞かずに次々と責め立ててくる。透き通った声で、大声でまくしたてるみたいに。包帯とマフラーの間から見えている瞳が、ずっと俺を見つめていた。


 でも、彼女の瞳を見ていると、なんか変な感じがした。どこかで、というかつい最近も見た気がする。この瞳。


 よく観察すると、体の感じも、顔を絶対に見せないようにするとこも、今朝会った誰かに似ていた。何より、声がそっくり。


「あ、あの」


「何だ!? 」


「も、もしかして、愛沢すみれ? 」



 






 


 


 

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