第5話
人気のない真夜中の田畑で、ひとりの少年が巨大な化け物に殺されかけている。こんなシチュエーション、一体どこの誰が思いつくというのだろう? フィクションじゃなくて、現実で起こるなんて。
狼の形をした霊獣が、不気味な目を光らせて俺を嬉しそうに見つめている。多分、さっき言ってたように俺を食うつもりなんだと思う。
「くっ、くっ、くっ」
変わらず女の人の声で、霊獣は笑っていた。そして、明らかに体勢が野生動物が獲物を狙う時のそれと同じようになってる。
「きえええぇぇぇえ! 」
そしてこう叫んで、俺めがけてまっすぐ突進してきた! やばい、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!
ドーンという音が広い田畑に響き渡った。砂ぼこりもたって、自然発生というにはあまりにも不自然すぎる強風が一瞬吹き荒れた。周りで鳴いていたカエルの声がぴたっと止まった。
俺は眼をつむって、死を覚悟していた。
……けど、あれ?
おかしなことに、霊獣は俺に衝突することはせず、なんとそのまま真横を通り過ぎていた。俺とは数メートル距離があるところで、彼女は停止していた。
「た、助かった? 」
「ふふふ、違うわ。私はこういう狩りの仕方をするの。いつ死ぬかわからないという恐怖を獲物に味合わせてさしあげて、そのびくびくした顔を飽きるまで楽しませてもらうわ。そして飽きたら次は肉でおもてなししていただくの」
なんつうシュミ悪い怪物だ。普通に食事するだけじゃ物足りず、娯楽要素も取り入れるのか。しかも獲物としてはたまったものじゃないような。
これが、霊獣。こんな生物が、人間以外にいたのかよ?
そんなことを考えていると、また霊獣は凄いスピードで走ってきた。逃げようとするなんて不可能。俺みたいな人間からしてみたら、彼女は高速移動をしている。だから彼女の動きは肉眼じゃ見えない。
突っ立ってるしかできない。
けど、次にあの霊獣はなんかため息をついたように見えた。おそらくお腹? を前足で抑えて、ぶつぶつ言ってる。
「う~ん、でももう我慢できないわ」
「は? 」
「もう何十年ぶりかのごちそう。このまま遊んでたら私もつぶれちゃう。悪いけど、ちょっと次で終わらせちゃうわ」
霊獣は困ったような表情で言った。いや、お腹減ってるのはかわいそうだけど、こっちは命かかってるんだ。そんな俺からだとまだ余裕そうに見える。
死んでたまるか。
俺は心の中で、作戦会議をした。あの霊獣は、どうやらまっすぐしか進めないみたいだ。田畑の、農家の方々には悪いけど水が敷いてあるエリアに飛び込めば、助かるかもしれない。
全神経を集中させて、俺は険しい顔で霊獣をにらみつけた。あいつが突進する準備をしてからが、戦いの始まりだ。
「くっ、くっ」
またにやけて、彼女は後ろ足で地面を何回か蹴った。勢いをため込んで、一気に飛び込んでくる気。あれくらいため込めば、途中で曲がることなんかできないはず。
前にしか進めない彼女のすきをついて、逃げ出すんだ。
「ぎうううぅぅう! 」
今度は変な雄たけびを上げて、接近してきた。
で、ここで俺は重大なミスを犯したことに気づいた。そういえば、まず霊獣の動きが速すぎて、俺なんかがよけきれるはずないじゃんか。
逃げることばっかり考えてて、一番大事なのを見落としてる。これじゃ、もう助かりようがない。
そんなの関係なしに、霊獣は今度は確実に俺を仕留められるような方向で走ってきた。死ぬ間際にはすべてのものの動きが遅く感じるというけど、まさに今それが起きてて、この瞬間だけなら、俺には突進してくる霊獣がスローモーションで見えた。
あきらめてたまるか。生きるんだ。
そう思って、俺は無謀とはわかりつつも、逃げようと必死で動いた。目前にまで迫っている霊獣から生きて帰ろうと、必死に。
けど、それも結局なんの効果もなさそうで、霊獣は順調に進んでいた。あと数メートルで、俺は死ぬ。あの神主さんのいうこと、ちゃんと聞いとけばよかった、愛沢すみれの顔なんてみなければよかった、俺は後悔した。
「う、うわあああぁぁあ! 」
悲鳴が、向こうの山まで響いた……
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