第3話

 彼女は悲鳴を上げた後、急いで顔を両手で隠して階段を下って行ってしまった。ここで追ったらストーカーみたいだし、俺は動くこともなくただ茫然としていた。


 そんな俺の肩を、誰かが後ろから軽くたたいてきた。さっきの、すみれと何か話してた神主さんだ。おじいさんで、俺よりも背の低い神主さんだけど、落ち着いた表情で、なんか凄い威厳を感じた。白髪で、まるで仙人みたいな?


「茶でも飲むか? 」


 そういった後、神主さんは、俺を神社の中に案内してくれた。たたみ四畳分くらいの、生け花が飾ってある庶民的な部屋。

 

 でも、神様も祭ってて、神秘的な感じもする。


「ほれ」


 暖かい抹茶を持って、神主さんは俺の近くに正座した。「どうも」とだけ言って、俺は古風な茶碗を手に取ってから遠慮なくそれを飲んだ。うん、おいしい。


「狙われとるぞ」


「え? 」


 抹茶を飲んでいると、神主さんが突然険しい顔でこんなことを言ってきた。


「お前さん、さっきあの女子おなごの素顔を見たじゃろ」


「あ、はい。でも、あれは仕方ないですよ。まさか、ゴーグルもマスクもとってるなんて、わかんなかったし」


 俺は言い訳するように、少し肩をすぼめて下を向きながら言った。正直、あの状況で見るなと言われても無理。だって、一瞬だったし。


 心の中で、俺はぐちぐち言った。


「……名前は? 」


 すると唐突に神主さんがこう聞いてきた。


「え? 星野たけるですけど」


「そうか、たける、お前さんはな、さっきの瞬間、呪われたんじゃ。しかも、かなり強い程度でな」


「は……? 」


 それからしばらく、神主さんは俺に今どういう状況なのかを話してくれた。まず第一に、この神主さんと愛沢すみれは知り合いらしい。彼女がとある事情でここの神社にお参りに来た時に、偶然会ったと。で、じゃあ彼女が何をしにここまで来てたかというと、なんと呪術を払ってもらうためなんだって。


 この世界には霊獣という化け物が住んでいて、人の陰でこっそり活動しているみたい。すみれはその霊獣に呪術をかけられ、あんな風になったらしい。


 正直、信じられない。


「それでな、その呪術というのが、『伝染』と言ってな。呪術にかかった者の素顔を見てしまうと、その見た人が、その日の夜から霊獣に狙われてしまうってことじゃ」


 最後に、神主さんはこう付け加えた。


「信じられんか? 」


「……はい。だって、霊獣とか、呪術とかって。そんなの、あるわけないじゃないですか! 」


 俺が少し強く言うと、神主さんは二回くらいうなずいた。わかる、わかる、という感じで。すると、神主さんは突然立ち上がって、俺を見つめてきた。


 そして両手を祈るように合わせて、目をつむった。


「あ、あの? 何をされてるんです? 」


 心配そうに俺が聞くと、神主さんは笑って、「ちと見せてやろう」といった。


 見せてやるって、一体どうするんだろう? もしかしたら、呪術を実際に披露してくれんのかな? 若干ネタ的な感じで俺は思ってた。


 でも、もっと身構えといたほうが良かったかも。後悔した。


 神主さんが祈ってから、だんだんとその体から黒い邪気みたいなのが出だした。俺がそれを食い入るように見つめだした瞬間、突然今度は邪気が部屋全体に広がって、気が付くと、俺は全然違う空間に正座していた。


 暗い洞窟に、いくつものちょうちんが明かりをともして並べてある。お札みたいなのがいたるところに貼られていて、どこからか怪物みたいな鳴き声が聞こえてきた。


「こ、ここは? 」


 震えながら、俺は言った。


「霊界だ。もう少し移動すれば霊獣もたくさんいるじゃろ」


 もう慣れてしまっているのか、神主さんは相変わらず落ち着いていた。ゆっくり足も動かなくなってる俺に近づいてきて、見下ろしてきた。


「いいか? 夜になったらお前さんを呼ぶ声が聞こえてくるじゃろ。絶対に反応してはいかんぞ。霊獣は久しぶりの人間を食いたくて仕方がないやろうからの」


 そういうと、神主さんの背中から、何かの影がにゅっと出てきた。獣みたいな顔の形で、心なしかよだれを垂らしてるようにも見える。


 もしかして、あれが、霊獣?


「わかったな? 」


 脅すように、神主さんは言った。俺は何もしゃべらずに、とりあえず何度も首を縦に振った。


「よかろう」


 そういった後、神主さんは声を出して笑って、不思議なことにだんだんと姿を消していった。そして徐々にこの空間もなんだかぼんやりとしてきて、気が付くと、俺は自分の家の扉の前に立っていた。

 


 


 

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