第2話

 俺は一瞬、自分の耳を疑った。


 さっき転校生は、「愛沢すみれ」と名乗ったような気がしたんだけど……。幻覚であることを願って、俺は思わず彼女をまじまじと見つめた。


 顔が見えないから本人かどうかは判断が難しいけど、細かいところでわかるかもって思ったんだ。


 彼女は見た感じ細身だ。ゴーグルの奥からはきれいな瞳がちょっと透けて見えていて、ニット帽からはみ出してる髪の毛はさらさらっぽい。


「私は、隣町の白石高校から来ました。趣味は漫画や小説を読むことで、特技は……」


 言ってることなんか耳に入ってこない。その特徴的で愛嬌のある声が、余計に愛沢すみれが、あの小学校のマドンナだってことを証明してる気がして、なんか逃げたくなってきた。


 多分、彼女は本当にあの「愛沢すみれ」なんだ。


 にしても、どうしちゃったんだろう? あれがすみれなら、なんでああいう格好してんだろ? ますます俺の頭はこんがらがって、考えても無駄な気がしたから、俺はひとまず転校生の言ってることに耳を傾けてみることにした。


「皆さんに、ひとつ、お願いがあります」彼女は、ちょうど自己紹介の終盤に入ってる感じだった。


 放たれた一言に、教室のみんなは思わず身構えた。


「どうか……私の顔は見ないでください。絶対にマスクとゴーグルを外さないでほしいです。約束してください。もし約束を破れば、あなた達は呪われてしまいます」


『……』


 みんな沈黙しちゃった。普通なら、こういうのは出会いがしらのジョークとして受け取って「なんか面白い子が来た」となりそうだけど、彼女があまりにも真剣な表情で話すから、そういう感じにはできなかった。


「ま、まあ、みんな仲良くするようにな」


 森内先生がそれだけ言って、この朝の奇妙な時間は終わった。



 学校が終わって、俺は幼馴染の田中ゆうたと一緒に右横に田んぼが広がる帰り道を歩いていた。彼は俺の唯一の友達で、当然長い間の仲だから、俺とめちゃくちゃ気が合う。


 たわいのない雑談をしながら、時々寄り道したりして、帰る。ただ、俺のほうが基本的に学校にいる間ずっと小説読んでるだけだから、本嫌いな彼に俺が提供できる話題は何もなくて、いっつも彼が面白い話をしてくれていた。


 けど、今日は違う。あのへんな転校生、「愛沢すみれ」の話を、俺はした。


「へえ、あいつ転校してきたのかよ。」


 驚いたような表情で、ゆうたは言った。もちろん、彼だってすみれのことは知ってる。俺が、彼女に振られたことも……


「うん。ゴーグルとかマスクとかして、どうしたんだろう? 」


「お前、すみれと何年会ってない? 」


「……五年」


「そうだろ? あいつだってさあ、いつまでも俺らの知ってるすみれじゃないんだから、な? 人って、時間がたてば、そりゃ変わるさ」


「たしかに」


「なあ、たける。できればさ、これを機に、すみれに話しかけてやれよ。昔のことは全部忘れて」


「なんで? 」


「あいつ、お前と全く話さなくなってから、小学校卒業するまで結構さみしがってたんだぜ? 」


 それを聞いたとき、俺の顔は急に熱くなった。本当だと思いたかったけど、恥ずかしすぎて喜びの言葉も出ない。


 嘘だろ? ゆうた、絶対嘘ついてるだろ? とりあえず心の中でそういった。けど、彼の表情は、真剣だった。


「あっそろそろだな。じゃ、明日な」


 この一本道から外れて、田畑に入ってそのまま歩いていくと、ゆうたの家がある街にたどり着く。俺はこの一本道をますっぐ進むから、ここでお別れ。


 ゆうたは俺に手を振って、行ってしまった。


 一人残された俺は、自然の多いこの一本道のきれいな空気を吸って、また家に向かって歩き出した。相変わらず鳥が鳴いていたり、右横の田畑ではかえるの大合唱が聞こえる。


 

 静かに道を歩いていた時、突然、俺はドキッとしたというか、胸騒ぎがした気がした。どこからか視線を感じたような気がしてならなかった。


 慌てて左のほう、つまり田畑の反対側を振り向くと、そこには長い階段があって、そのてっぺんに神社? があった。


「こんなとこに、神社なんてあったっけ? 」


 そういった後、俺は興味本位で階段を上り始めていた。まるで、何かに導かれるみたいに。


 だんだん上のほうまで来て、神社が見えてきたとき、誰か人がいるのが見えた。二人いて、一人はたぶん、ここの神主さん。で、もうひとりは……


 うちの高校の生徒? 


 間違いない。あれはうちの高校の女子生徒の制服。青色のチェック柄のスカートで、大きな青いえりのある白い制服。けど、こんなとこで何してんだろ?


 普段ならこんなんスルーしていくけど、なんか今回は無性に気になった。というか、俺があの神社から呼ばれてる気もした。


 俺は無意識に、その神社のほうに向かっていっていた。


 後ろから何かが接近してることに気が付くと、その女子生徒は肩をびくつかせ、急いで音がする方を振り向いた。その瞬間、俺は物凄く驚いた。


 理由はふたつ。

 

 ひとつは、そこにいたのはあの「愛沢すみれ」で、ゴーグルもマスクも帽子も外して、素顔で立っていたいたこと。そしてもうひとつは……か、変わりすぎ!


 愛沢すみれは、俺が想像もしていないくらいの美少女になっていた。小学校の時も十分だったけど、それ以上。顔の白さは以前よりもさらに増して、小学校のときのあどけなさをちゃんと残して、大人っぽさも追加されてる。スタイルも美しくなってて、小学校のマドンナから、町一番のマドンナになったんじゃ?


 顔を合わせたとき、一瞬でこれらのことが思い浮かんだ。すみれのほうは顔を赤く染めていて、ちょっと泣き出しそうになっていた。


 どういう表情なのかわからないけど、なんか、困っていた。


 「きゃあああぁぁあ! 」


 静かな神社に、すみれの透き通るような悲鳴が響き渡った……



 



 




 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

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