第1話

 教室の隅で小説を読んでるとき、隣から女子たちの話し声が聞こえてきた。声がする方見てみたら、何やら五人グループで、一人を囲んでひそひそ話してる。


 そのうちのひとりが俺がいるのに気づいて睨んできたあたり、あんまり男子には聞かれたくない話みたい。とりあえず俺は聞いてないふりをしてることにした。


 一応、彼女らは音量を下げてまた話だしたけど、うーん、丸聞こえなんだよな……


 「ねぇ、桜ちゃん! 昨日どうだった?」


 「え? な、なにが? 」


 「なにって、渡辺先輩に告白したんでしょ? OKしてくれた? 」


 「どうして知ってるの!? まだ誰にも言ってないのに」


 「いいじゃない、別に。で、どうだった? 」


 「……つきあって、くれる、って」


 言い詰められてる女子がリア充開始宣言をしたとたん、他の女子たちが歓喜して一斉に拍手をしだした。周りの目を気にせず、自分たちの世界だけで盛り上がれるのは、まさにパリピ。まあ、そもそもこのグループ自体、うるさい人たちの集まりだから驚きもないけど。



 にしても、嫌な話を聞いてしまった。別に嫉妬するとかそんなんじゃないけど、過去の忘れ去りたい記憶が一気によみがえってくる感覚。せっかく心の奥深くにしまっておいたのに、またそれを掘り出されるような。


 いや、盗み聞きした俺の自業自得だけどさ……


 

 

 チャイムが鳴ると、朝のホームルームのために担任の森内あゆむ先生が教室に入ってきた。今日も調子がいいといえばいいのか、相変わらず身だしなみがなってなくて、かつジャージ姿という無頓着ぶり。


 まだまだ若いのに、女子からの目を全く気にしていないというところはシンパシー感じるけど、にしても、ちょっと、ねえ。


 「こらー! 座りなさーい! 」


 まるでロボットのごとく、先生は棒読みでクラスのみんなにこう呼びかけた。教卓に両手を置いて、やる気なさそうに立っている姿を見る限り、昨日も忙しかったんだろうね。


 まあ、おつかれさま―


 「ちっ! 」


 あ、今のは間違いなくさっきの女子たちの舌打ちだ。盛り上がってたところにくぎをさされたからか、多分不機嫌になってるな。


 というか、それ以前に先生、クラスの女子たちから異様に嫌われてるもんね。やっぱ清潔感くらいはなんとかしたら?


 

 クラスの皆が着席すると、森内先生は重たそうに口を開いて、話を始めた。


「みなさん、おはようございまーす」


『おはようございます』


 相変わらず、どっちも死んでるみたいな朝礼。


「今日は、みなさんにご報告があります」


 けど先生がそう言った瞬間、みんな急に顔を上げた。だって、普段何も言わずにせっせと終わらせていく森内先生が報告だって?


 そりゃ、誰だって気になるよ。


「いきなりだけど、今日、うちに転校生が入ってきますから、仲良くするように」


『え? 誰? どんな子? 女の子? 男の子? 』


 教室が一気にざわつき始めた。眠そうにしてた男子たちも、いらいらした顔で先生をにらみつけていた女子たちも、転校生のことで頭がいっぱいだ。


 おっ! さっそく廊下のほうから誰かがこつこつと歩いてくるのが聞こえてきた。多分転校生だろうけど、妙にゆっくりだな。


「いいよ、入って」


 森内先生がそう言うと、「はい」って声がして扉ががらがらって開き始めた。聞いた感じ、女の子みたいだな。


 でも、入ってきた転校生を見ると、俺は思わず声を上げそうになってしまった。


 彼女はのそのそっと、一歩ずつ先生の近くまで歩いていた。


 普通ならここで「かわいい」とか言いそうだけど、さっきまでざわついていた教室が急に静かになって、みんなよくわからない表情で転校生を見守っていた。


 当然だと思う。その転校生は、変わった格好だった。制服は学校指定ので、女の子のでそこはふつうなんだけど、でっかいゴーグルがはめてあって、口はマスクで隠してる。髪の毛が見えないくらいのニット帽をかぶって、顔が見えないように完全装備していた。いや、普通に怖いって。


 先生の隣に立つと、転校生は俺たちのほうを向いて、深呼吸をした。転校生の息遣いが、くもって聞こえる。


「え、え~と、自己紹介してもらえるかな? 」あ、これ、先生も動揺してる。


 で、そういわれると、彼女はマスクを着けたまま、こう言った。


「……愛沢すみれです」


 え?



 


 


 


 

 


 



 

 


 

 


 



 


 


 

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