第011話 帰路

 僕たち三人はいま、山を降りて町へと向かっている。

 砦を出るとき、ついでに砦を破壊してきた。


 ゲンは片手に大量の魔道書を積み上げている。

 一列に積み上げているので、その高さは小さな山一個分くらいありそうだ。


「雑魚を相手にだいぶ疲れているんだね」


「ゲンにとっては雑魚かもしれないけど、僕らにとっては強敵だったんだよ」


「でもほぼ無傷じゃん」


 たしかに。言われてみればそうだ。

 一度服を裂かれたとき以外は一度も攻撃を受けていない。


「でも……」


「分かってる。なんとなく想像はつくよ。二人がかりだったのと、相手が少し頭が悪かったから、無傷ですんだんだろう」


「ああ、なるほど」


 見てもいない人間に納得させられてしまった。

 僕とラキが交互に攻撃を仕掛けていたから、リフトは行ったり来たりで、結局は攻撃せずに終わったわけだ。


「そういえば、神って、人をよみがえらせることなんてできるの?」


「できる。でも、どうして?」


 僕はラキの母親を蘇らせたいと思ったのだ。

 戦いの中で判明したラキの過去をゲンに聞かせた。

 その間、ラキはあまりいい顔をしていなかった。ラキは何も言わなかった。


「神ならできる。神にできないことなんてない。でも……」


 ゲンが何かを言い渋っているようなので、僕は話の続きを催促した。


「でも、何?」


「ラキのお母さんは、おそらく初めからいなかった。神が殺された設定でラキの家族を構築したんだ」


 僕はゲンの言葉に驚いた。突拍子もないことに驚き慣れているはずなのに、今回は驚きを隠せなかった。

 だが、それ以上にラキが驚いていた。そしてその目はゲンの言葉を信じていなかった。


「そんなの嘘よ! 冗談にしてはあまりにもひどいわ。私にはちゃんとママの記憶があるもん!」


「どんな? かばってもらったこと以外に何か覚えてる?」


 ラキは何も言わなかった。

 しばらくの沈黙が通りすぎ、ゲンは説明を再開した。


「神がそう設定したんだ。蘇らせようとしても、元々いないんだ。でも神ならあえてラキのイメージどおりのお母さんを創造し、ラキに新たな記憶の増設をすることも可能だろう。だが、それをしてもらったとして、レンは嬉しいの?」


「僕は……」


 すぐに言葉が出てこなかったが、少し考えて答えなおした。


「いや、ラキが幸せになれるはずだ」


「ラキの記憶は書き換えられる。だから幸せになったとは感じない。仮に書き換えなかったとしたら、ラキには思い出がないのだから、そのお母さんとやらのことは他人としか感じられないだろう」


「でも、母親が殺された設定だなんて悲しすぎるよ!」


「それは、君が、だろう? レン、君が気に食わないだけだ」


 僕はどうしても納得がいかなかった。

 ゲンの言うことが本当だとして、神はなぜそんな残酷なことをしたのか。

 ラキはそれでいいのか。


「ラキ、レンは君のお母さんを蘇らせたいらしいよ。君のために。ラキ自身はどう思っているんだい?」


 ゲンはうつむいて話を聞いていたラキに問いかけた。


「私は……、私はいい。合わせる顔がないもん。辛いけど、それは私が乗り越えなきゃ、ママは報われない気がする。ワガママばかり言っている私のせいでママは死んだんだもん。あの人の言うとおりだね。私が殺したのと同じだよね」


「ラキ! そんなことないって」


 僕はいたたまれなくなって、思わず叫んだ。

 でもラキはただ自己嫌悪におちいっているわけではなかった。


「いいの。私が悲しみと悔しさを乗り越えて、それで初めて記憶の中のママに顔向けができる気がする。だから、私はママを蘇らせたいとは言わない」


 ラキは強い。ラキは僕よりもずっと強い精神を持っていた。自分をこんなにもしっかりと見つめている。

 甘えていたのは僕のほうだったのかもしれない。


「そう、ラキは強く生きるように創られている。納得いかないんだろ? レン、君もそうだ。神のおこないに疑問を抱かせるように創られた。納得のいく説明を聞くために神に会う。それが君の目標となるように」


 やっぱり納得がいかない。でも、納得がいかないということはゲンの言うとおりだということだ。

 悔しいが認めるしかなさそうだ。


「でもね」


 さっきは強い決心に満ちた表情だったラキが、今度は少しだけ悲しみを含んだ顔で言う。


「私の銀色の髪。あれは記憶の中のママから受け継いだ唯一のものなの。唯一のつながり。唯一の形見。だから、銀色の髪だけは取り戻したいの。だから、私も神に会うための旅、連れていって。お願い」


 ラキも神に会うために旅をするという。これも神が仕向けたことなのか。

 いまのラキの悲しみの表情は神が創造したものだというのか。

 この僕の思考も神の意志によるものだというのか。


「これからの僕らは三人だ。レン、異論はないね?」


「ないよ」


「レン、僕はもし正直な気持ちを言うとすれば、君がいちばん、かわいそうだと思うよ」


「僕? なんで僕が?」


「結局は君がいちばん悩まされる運命にある。君は最も理不尽なことをの当たりにし、それに苦悩しなければならない。そう創られた君は、僕から見てもかわいそうに思う」


「僕は、僕は……」


 僕はすぐには言葉が出なかった。

 落ち着いて、改めてゲンに返事をした。


「僕のことはかまわないよ。僕が不幸を背負っているわけじゃない。だから、神に不幸を背負わされた人を助けたい」


「余計なお世話だったかな。勇者君」


 ゲンはニッコリ笑った。こんなにも清々しいゲンの笑顔が見られるなんて珍しいことだ。

 だが、僕はなんとなくゲンによって決意をさせられた気がする。僕にはゲンの真意は分からないが、さすが賢者とでもいったところだろうか。


「ねえ」


 ラキが後ろから声をかけた。少し遅れてついて来ているのだ。話に夢中でまったく気がつかなかった。


「疲れたわ。休まない? さっきだいぶ魔力を使ったからヘトヘトなの」


 たしかに僕も疲れている。それになんだか頭が痛いような気もする。

 これが魔力の消費ということなのだろうか。


「僕もだいぶ魔力を使っているみたいだ」


「なにを言っているんだよ。君はすっかり魔法界に浸っているね。僕たちは魔力なんてものは使わない。僕らが何かを出したり動かしたりするときに使うのは脳だけだよ。魔法界の人が魔力と思い込んでいるのもすべて脳の疲労なのさ」


「へー、そうなんだ……。脳を使うだけでこんなに疲れるものなの?」


「脳を使うときのエネルギー消費は体を動かすときよりも高いんだよ。疲れた脳には糖分がいちばんさ。体はそんなに疲れてないはずだから、これでも食べて歩きつづけよう」


 そう言ってゲンが空いているほうの手に出現させたのはチョコレートだった。

 カラフルな包み紙に包まれたそれは、とても甘かった。


「脳が疲れているときほど甘く感じる。どうだい?」


「うん、甘くておいしいよ」


「おいしい! これ錬金魔法で出したの?」


 ラキの目は宝石を見つめるかのような輝きを宿していた。

 現金というか、なんというか、糖分なんて関係なく疲れなんて吹っ飛んでいるように見える。


「錬金魔法ではないかな。まぁ、甘く感じるってことは、雑魚を相手に相当てこずったってことだな」


「おいおい、なんでそこに結びつけるんだよ。僕なんか魔法使いですらないんだよ」


 僕は肩をすくめ、呆れた口調で言った。


「じゃあ、修行だな。ラキにも少しずつ世界の本当の摂理を理解してもらって、自分で魔法を編み出せるようになってもらわないとね」


「はいはい」


 僕はゲンの熱心な仕事ぶりに呆れてテキトーに返事をしておいた。

 どうせ僕たちを鍛えあげるのも神に与えられた使命の一つなのだろう。


 ラキはゲンの話などそっちのけでチョコレートにかぶりついていた。

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