第009話 賢者の力
起伏の
ここは山に囲まれた平原。
「ディメンション・ザ・メガワールド」
「それで僕を彼らから遠ざけたつもり?」
「つもりではない。そうしたのだ」
「あっそ」
「おまえがどんなにやり手でも、この空間の原理を理解できなければ、脱出することなどできない」
「理解する必要はない。おまえを倒せばイメージとともに魔法も消え去る」
「俺を倒す気でいるのか。おめでたい奴だな。俺はもうじき賢者になる男だ。おまえごとき、取るに足りん」
「人を見る目がないね。僕は賢者だよ。そして直接人間。おまえのような間接人間の成り上がりとは格が違うのさ」
「直接人間? 間接人間? 何の話だ。賢者ぶって知ったかぶりでもしているのか?」
一陣の温い風が二人の間を吹きぬけた。
ゲンの口端がわずかに上がる。それは呆れを含んだ笑いだった。
「そんなことも知らないとは、賢者には程遠い。笑わせてくれるね。ジョークだとしたらぜんぜん笑えないけど」
「仮におまえが賢者だとしても、落ちこぼれなんだろう? 俺の魔法を見くびって仲間を放置しているなんて、賢者が聞いて呆れる」
「何だ? どういう意味だよ」
ゲンの口が引き締まる。まだ焦った様子ではないが、念のために気を引き締めた様子。
「このディメンションは実際とは時の流れが異なる。この空間は実際よりも数倍遅く時が進んでいるのだ。いまごろリフトとかいう奴がおまえの仲間を片付けているだろう。四天王最強のレフトの弟らしいからな」
「四天王? リフトとかいう奴と分身三人組か? その最強を誇るレフトって奴は最初にくたばったぞ。ま、相手が悪すぎたから仕方ないけどね。まさか別の二人の弱っちいのがレフトって奴じゃないだろうな」
「悠長だな。急いで助けに行かなくてもいいのか? まぁ、行けないがな」
「必要ないよ。あの二人もおまえたちとは格が違うから。
しばらく沈黙が続いた。
ゲンは余裕の態度で笑っている。本当に仲間の心配はしていない様子だ。
この暗い空間では風がねっとり生温い。
「その澄ました態度、気に食わないな」
「それは精神的に負けているということだよ。余裕の差が大きいんだ」
「前置きは終わりだ。錬金魔法。魔法銃・モデル・キャノン」
「これはまた、
「グレイサー・キャノン、発射!」
シフが構えた巨大なキャノン砲から氷の塊が打ち出された。
それは塊の下にある地面を凍らせながら、ゲンの方へと飛んできた。
「冷たいの、冷たいの、飛んで行けーっ」
ゲンがおかしなおまじないを唱えると、シフの打ち出した氷の塊は山の向こうへと方向を変えて飛んでいった。
「何だ? いま、何をした!」
「ちょっとおまじないをかけただけさ」
「なにを馬鹿なことを。いまの魔法の魔道書は俺様がいただいてやろう」
「分かってないなぁ。魔道書なんかないのに」
「どこにあるんだ! まさか、もう誰かに譲ったのか?」
「だから、最初からないんだってば。そもそも魔道書なんか集めて、何をするつもりなの?」
「言わずもがな、賢者になるのだ。すべての魔法を覚えたとき、俺は賢者となる」
「なれないよ、そんなことじゃ。だいたいさぁ、魔法に全部なんてないんだよね。底なし沼にダイビングしているようなもんだよ」
「なにを言っている。魔城の王はたくさんの魔法を使いこなせる賢者なのだ。その賢者になり魔法で打ち勝つことができれば、魔王に成り代わり、この世界をこの手中に収めることができるのだ」
「バッカだなぁ。世界? 魔法界だけでしょ? それに賢者は魔法を使っているわけじゃない。ただ、魔法界では魔法を使っているフリをしているだけ。その恥ずかしい無知をいつまでも晒していると、魔法界の住民が哀れに思えてくるよ。だから、魔法界の住民のためにも、さっさとおまえを片付けなきゃね」
「言わせておけば。さすがに器の大きい俺様でも怒ったぞ」
「さっさとかかってきな。この田舎者」
「錬金魔法、魔法銃・モデル・バズーカ! くらえ、エレクトロン・バズーカ!」
今度は強い光を放ちながら球体が向かってくる。先ほどよりも速い。
だが、それでもゲンは余裕を変えなかった。
「錬金魔法・絶縁シールド」
ゲンの持つ盾に球体が当たると、あっけなく消滅してしまった。
「その程度か? 魔法銃の錬金ばかりだな。それしかできないんじゃないの? 魔道書を奪ってもなんの意味もないね」
「黙れ。錬金魔法、ブレイズ・サブマリン」
今度は潜水艦の形をした巨大な物体が炎をまとってゲンへと突進してきた。
「アトミック・ブラスト」
炎の潜水艦は一瞬にして木っ端微塵に砕け散った。
「小賢しい奴め。これならどうだ。錬金魔法、魔法銃・モデル・マグナム! ディメンション・マグナム、発射!」
「こんな危険なものも出せたんだ。やっぱおまえはちゃんと退治しとかないといけないようだね」
シフのマグナム銃から発射された暗黒色の弾は、その軌道にあるものすべてを飲み込み、真空を生み出しつつ前へと進んでいる。そしていままでで最も速いスピードでゲンへと向かってきた。
「ディメンションの壁!」
ゲンの前に巨大な異空間が現れ、その暗黒の球体を飲み込んだ。
壁の飲み込んだ部分には球状に穴が空いている。
「くそっ、ディメンション魔法で相殺したのか」
「危ないなぁ。思ったより速くていいネーミングが思いつかなかったよ。いまのならウォール・オブ・ディメンションってところかな」
シフはゲンを睨みつけた。
ゲンは余裕の表情でシフを見返した。見下していた。
「ためらってるの? 出してごらんよ。あんたの最強の魔法を。それが効かなかったらどうせ死ぬんだし、出さずに終わるより、出しといたほうがいいでしょ」
「言ったな。出してやる。後悔するなよ。召喚魔法、デス・ドラゴン!」
「召喚か。もはや魔法じゃないね。召喚族に失礼だよ。でも名前の最後に魔法ってつけると魔法っぽく聞こえるから、しょうがないか」
渦巻く紫暗の雲の中心からひと筋の光が差し込み、そしてその巨体があっという間にその光を飲み込んだ。
空から現れたのはかなり巨大な漆黒のドラゴンだった。いかにも凶悪そうな顔をしている。
「このドラゴンは不死身だ」
「まっぷたつに切ったらどうなるんだろうね」
「二つになったまま襲ってくるのさ。どうだ、これは打つ手がないだろう」
「試しに翼でも落としてみるかな」
ゲンはそう言うと、手刀を作り、天空へとひと振りした。
すると風の刃が大気を両断しながら走り、一瞬にして雲の向こうへと消えていった。
ドラゴンは雄叫びをあげながら地面へと叩きつけられた。翼が切り落とされたのだ。翼がなければ飛べはしない。
「再生とかしないの?」
「再生せずとも戦える!」
ドラゴンは地面に倒れたままゲンに向かって巨大な炎の玉を吐き出した。
ゲンがそれに向かって手をかざすと、炎の球体はだんだんとスピードを落とし、そして空中で静止した。
それからドラゴンの方へと少しずつ動き出し、スピードを増し、ついにはドラゴンに直撃した。
ドラゴンは雄叫びをあげて、ぐったりと横になった。
「不死身でも体力は使うんだね。こりゃしばらく動けないだろう。それに再生しないなんて、いくら不死身でもぜんぜん使えないよ」
「くそ、こうなったら直接貴様を潰してやる。錬金魔法、短刀! 盗賊の真骨頂、素早い身のこなしを見せてやる」
ゲンは空中へと飛び上がった。そしてシフを見下ろしている。
「あんたは間接人間にしては、なかなかやるほうだったよ。でも相手が悪すぎた」
「そうか、物理攻撃に弱いんだな? だから空へ逃げたんだろ」
「いや、直接闘っても僕は余裕なんだけど、でも二度手間は嫌だから、先にトドメを刺すよ」
「なんだと!」
「アビス・オブ・ネオ・ヒート」
ゲンがそう唱えた瞬間、地面にいくつものヒビが入り、そして一気に崩れ落ちた。
その崩れ落ちる下方には真っ赤に燃え盛るマグマの海がある。
「空を飛べないと、まず生き残れないよ」
ドラゴンはマグマへと落ち、体がみるみる溶かされていく。
「かわいそうに、不死身なら相当苦しいだろうね。バラバラになってマグマに浸かっているんだから。しょうがないなぁ。賢者たる我が意志よ、精霊たるドラゴンに生命の息吹を!」
ゲンはドラゴンに命を与えた。ドラゴンは与えられた瞬間に命を落とし、苦しみから解き放たれたのだった。
ちなみに、いくら賢者でも命を生み出すことはできない。ドラゴンが召喚により呼び出された精霊だからこそ、そのような芸当ができたのである。
一方、シフのほうはというと、しだいにマグマに飲み込まれている足場にしがみつき、暑さに耐えていた。
「おーい、いっそのこと飛び込んだほうが楽だよー」
「うるさい」
シフがそう反論したとたん、足場が一気に崩れ、シフは空中へと放り出された。
「ウイング!」
「まだ悪あがきをするのか」
羽の生えたシフはゲンの方へと飛んで向かってきた。
手には先ほどの短刀をまだ持っている。
「そんなにお望みならば、本当の賢者の手で直接トドメを刺してやろう」
ゲンはシフに最後の言葉を投げた。
そして、目にも留まらぬ速さでシフの元へ移動し、その勢いのまま顔面に拳を入れた。
シフはものすごい勢いでマグマへとふっ飛ばされ、一瞬にして跡形もなく消え去った。
その反動で一本の細長いマグマの柱が造形され、そしてゆっくりと沈んで消えていった。
「これでディメンション解除だな。そろそろあの二人もリフトとかいう超雑魚を片付けたところだろう」
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