第008話 銀色の過去②

「ディメンション魔法……」


 黒い空間が消えるまでその様子をじっと見ていたラキがつぶやいた。


「どうだ、すごいだろう。あれはこの俺が御頭おかしらのために奪ってきたものなんだぜ」


 リフトの服はいつの間にか元に戻っていた。

 錬金魔法でも使って整えたのだろう。


「返せ」


 震える声はラキ。ラキがうつむいてつぶやいた。


「はぁ? もう遅いぜ。御頭のもんだからな」


「返せ!」


 今度は強く言った。

 そのラキの態度には、ただならぬものを感じた。


「だから、もう渡したんだって」


「返せっ!」


 ラキが突然リフトに飛びかかった。

 その顔は鬼の形相。僕が恐怖すら覚えるほどに怒っていた。

 それでいて、ラキは泣いていた。


「違う。ママを、返せ!」


 僕は一瞬で何のことを言っているのかを察した。

 以前、セブンとラキとゲンと僕の四人で話していたときに、セブンがラキの母親はもういないと言っていたことを思い出した。


 ラキがリフトに突進すると、リフトは片腕で思いっきりラキを弾き飛ばした。


「誰だそれ。おまえのママなんぞ知らん」


 倒れたラキは、起き上がるとリフトを睨みつけた。


「おまえが殺したんだ!」


「覚えてねーな」


「絶対許さない!」


 ラキはもう一度突進した。しかしまたしても弾き飛ばされてしまった。

 リフトはあなどれない強さだ。それはさっきの三つの攻撃を受けて立っていられることからも察しがつく。


「魔道書なんかのために、おまえはママを殺したんだ」


「きっと素直に渡さなかったからだろう」


 リフトは面倒臭そうにラキをいなしている。


「違う! 私が拒んだんだ。魔道書を守ろうとしたのは私。私をかばってママは死んだ」


 そうか。ラキがどうしても僕たちについてきたがっていたのは、母親の仇を討ちたかったからだ。その仇がこのリフトなんだ。


「ああ、もしかしてあのときか? 思い出したぞ。あれはおまえが悪い。おまえのせいでおまえのママは死んだんだ」


「違う。おまえのせいだ」


「認めたくないんだろ? 自分のせいでママが死んだなんて」


 リフトの面倒臭そうな態度は、ラキを見下した目つきの中にあって、それが意地悪なものに変貌しつつあるのが分かった。


「黙れ! 雷光らいこう一閃いっせん!」


「避雷針!」


 ラキの放った電撃はリフトの錬金した避雷針に吸い寄せられてしまった。

 ラキの怒りが虚しくさまよう。


「敵が見えていれば大した攻撃でもない。おまえごときが出しゃばるな。俺様はシフ盗賊団四天王の一人なんだぜ」


風来ふうらい刹那せつな!」


 ラキが放った無数の風の刃がリフトへ向かって飛んでいく。


風車ふうしゃ風切かぜきり!」


 リフトもそれを防ぐため、魔法を唱えた。

 リフトの正面で風の刃が放射状に伸び、回転してラキの風を弾き飛ばした。

 ほかの風の刃は壁に当たり、壁石の表面にたくさんの大きな傷をつけた。


「言っておくが、俺はあの女を殺すつもりなんてなかったんだ。ただおまえがしゃしゃり出てきたから、あの女がおまえをかばって死んだんだ」


「ふざけんな! ママが勝手に死んだみたいに言うな! おまえが殺したんだ!」


「ああ、そうだとも。俺が殺した。ただし、おまえのせいでな! あの女の娘がおまえでさえなけりゃ、あの女は死なずにすんだかもなァ! おまえさえいなけりゃ、おまえの母ちゃんは死ななかったんだ。魔道書ごときを渡さないおまえのワガママが招いた悲劇なんだよ」


「うるさい!」


 ラキはそれを叫ぶのが精一杯だった。

 反撃の言葉は涙とともに流れ落ち、手の届かないところへと失われた。


「ラキ、駄目だ。あいつの言うことに耳を貸すな」


 僕の声は届いているのか分からない。ラキは僕を見ていない。

 ラキが睨む先で、リフトが雑言ぞうごんを続ける。


「おまえのせいで、もっとたくさんの人が死ぬぞ。おまえのせいでな。いやがおうにも認めさせてやる。おまえみたいな生意気なクソガキが、この俺様にたてついたことが原因なんだとな! そうだな、おまえの目の前で、おまえの父親を殺し、お友達を殺し、ご近所さんや、町の住人たちを殺してやるよ。おまえだけは俺に殺されず、みんなから魔法の町を裏切った卑怯者だと思われるがいい!」


「うるさい!」


 ラキはもう魔法を出さなかった。

 ラキはその場に泣き崩れた。


 僕は悟った。ラキはこれ以上魔法を出せない。ラキは魔法をイメージできないほどに精神的に追い詰められている。

 それをいまのこいつは面白がっている。


径網紫草けいもうしそうって知ってるか? 世界中のどこにでも生える紫色の草だ。ほら、室内なのにこんな所にも生えている。こいつはな、地中で遠くの草とつながっているんだ。俺の魔法で草に言葉を話させ、第三者としての目撃証言を語ってもらおうじゃねーか」


 リフトが魔法を唱えると、室内に生えた紫色の草が揺れ動き出した。そして草笛のような甲高い声で喋り出す。それも複数の声色が聞こえてくる。


「あら、あの子だわ。母親を殺した子よ。とてもワガママを言っていられる場面じゃないのに、そんなのお構いなしでワガママを言った愚か者よ。ちゃんと母親の言うことを聞いていれば誰も死なずにすんだのに」


「やだわぁ。あんなのがウチの娘じゃなくてよかったわぁ、ほんとに」


 草たちのささやきにラキは耳をふさぎ、涙を零す。


「やめて。もう……やめて……」


 しかし草たちの囁きは止まらない。


「ぜんぜん反省していないらしいわ。殺した相手を責めるにしても、まずは自分が反省してからにするべきよね」


「図々しいったらないわ。やだやだ。関わりたくない。不幸を運んでこないでほしいわ、この疫病神」


「おい、やめろ!」


 思わず僕は叫んでいた。

 ラキは地に顔を伏せて泣いている。これ以上、罪なきラキが責められるのは僕が認めない。

 ラキはまったく悪くなんかない。ラキは大切なものを守ろうとしていただけなのだ。両親の大切なお店を、守りたかっただけだ。


「何だ? 楽しい団欒だんらんを邪魔するのか?」


「ふざけるな! なにが団欒だ。おまえは俺がぶっ飛ばす!」


「小娘、よく見ていろ。おまえのせいでまた人が死ぬぞ。おまえのせいでな」


「いまの言葉、撤回しても許さん!」


 リフトが僕の方へ飛びかかってきた。

 僕はリフトがどんな攻撃を繰り出すかなんてまったく考えていなかった。ただ、僕はこいつをぶっ飛ばすことだけを考えていた。


「ぐわぁっ!」


 僕ではなく俺と自称したこの拳は重かった。その重い拳を頬がゆがむほどにリフトに叩きつけた。


 リフトが地面にめり込み、大きなクレーターができた。

 僕はリフトの情けない姿を見ても、あまりすっきりとはしなかった。


 僕は強く握っていた拳を見てハッとした。そして何も考えず、敵を倒すことだけを考えていたときの自分の強さに気がついた。

 ゲンの言っていたことで僕が理解できていなかった部分が、だいぶ脳に浸透したような気がする。


 僕がラキの元に歩み寄ると、ラキは顔を上げた。その顔はいまだに涙が溢れていた。

 だが、ニッコリと微笑ほほえみかけてくれた。


「レン、ありがとう」


 僕は何も言わず、微笑んで手を差し伸べた。

 ラキの笑顔を見ると、少し安心した。


 ラキが僕の手を取ろうとしたとき、後ろで音がした。


「よくも、やってくれたな……」


 リフトが立ち上がった。

 フラフラしてはいるが、殺気が膨れ上がっている。すごく怒っているらしい。


「おまえ、殺す。後悔して死ね」


 リフトの殺気が痛いほどに突き刺さる。

 だが、僕は決して引くつもりはない。


「僕はおまえが死んでも許さない。僕はおまえを許さないぞ、リフト! 死んだ後も後悔しつづけてもらう。永遠に!」

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