第007話 銀色の過去①

「そういえばラキの髪って、黄色くなってない?」


 僕たちは盗賊たちの出払った砦の中を歩いていた。

 歩いているうちに、なんとなく感じていた違和感が何かということに気がついた。


「え、うそっ!?」


 ラキは驚いてツインテールの片方を目の前まで持ってきて確かめた。


「あ、ああっ、うそーっ!? 私の自慢のシルバーヘアーが……」


 以前のラキのまばゆい銀色の髪は見る影もない。

 銀色に金色が混ざって、黄色味がかかっていた。


「きっと雷光らいこう一閃いっせんの輝きに当てられたんだろう。君の髪は銀色だから、色彩的繊細さを持っていたんだ」


 そんな髪質があるなんて思いもよらなかった。まさか魔法の副作用で色が染まってしまう髪があるなんて。


「でも案外似合っているよ。透き通った金髪みたいだし」


 ラキは無言のままじっと自分の髪を見つめている。


「なんだか幸運っぽい色だしさ……」


 僕の声はまるで聞こえていないようだ。ラキは突然顔を上げると、ゲンの方を向いて強く言った。


「嫌だ。ゲン、髪の色をいますぐ直して!」


「無理だよ」


「なんで? 賢者なんでしょ?」


「君は半直接人間だから無理なのさ」


 ゲンはラキに直接人間や間接人間、半直接人間などの話をひととおり聞かせた。

 だがラキは何ひとつ理解していないようだった。


「戻せないなら風の魔法か何かで元の銀色に染め直して!」


「僕の魔法じゃ無理だよ。業火ごうかきらめきで赤くならなかっただろう?」


 そう言われてみればそうだ。

 ということは、ラキ自身が使う魔法にだけ反応するということなのだろうか。


「じゃあ、風の魔法の魔道書ちょうだい!」


「いいよ」


 またまたあっさりとオーケーしてしまった。ラキの強気な押しとはまったく関係ない。軽々しく受けてしまうゲンに対し、僕は呆れのような感情を抱かされる。


 ゲンはラキに魔道書を差し出した。

 当然、その魔道書はゲンが即席で生み出した作品である。


「なにこれ。この魔法、すごいじゃない」


 ラキは一心不乱に魔道書を読みふけった。


「覚えた!」


「もう? 速いね」


 僕は驚いた。僕も魔道書を見ていたが、まったく理解する領域まで及ばなかった。


「当然よ。店の魔道書を盗み見るのに時間はかけていられないから、短時間で覚えられるように努力したんだもん」


 なんだかラキが盗賊と同類なのではないかと思えてきた。


「ゲン、とりでが崩れないようにバリアを張っといて」


「もう張ってるよ」


 さすがはゲンだ。何でもお見通しらしい。


「秘伝! 風来ふうらい刹那せつな!」


 ラキが呪文を唱えた瞬間、無数の風の刃が前方の狭い通路をバリアに弾かれながら飛んでいった。


「ぐわーっ!」


 誰かの悲鳴が聞こえた。


「ちゃんとバリア張ったの?」


「見えるところまでは」


 通路の奥は暗闇で見えない。


「きっとまっすぐ飛んだやつは弾かれなかったから減衰しなかったんだろうね」


 ゲンは笑って言った。笑い事で済むのだろうか。

 まぁ、どうせ悲鳴の主は盗賊だろうから、ここはヨシとしておこう。


「すごい魔法だね。ところで、髪は?」


 変わっていなかった。


「風って透明だからじゃないの? ねぇ、あの火の魔法で確かめるから、魔道書!」


「はい」


 またしてもゲンは軽く魔道書を手渡した。


「いくよ。秘伝! 業火ごうかきらめき!」


 今度は何も起こらなかった。


「ギャーッ!」


「なんで悲鳴だけ聞こえるのよ!」


「あれは単体を直接焼くから。いまの悲鳴の主の足元で魔法が発動するんだよ」


「あ、そっか」


 あっさり納得していらっしゃる。

 まぁ、魔道書を理解して魔法を唱えるのだから、当然といえば当然だが。


「何か私が発生源の魔法はないの? そうね、水系がいいわ」


「じゃあ、こんなのはどうかな」


 ラキはゲンから受け取るやいなや、魔道書を噛みつくように読みふけった。


「よし!」


 さっそくラキは魔法を覚えたらしい。

 ラキが魔法を唱える前にゲンが魔法を唱えた。


「マイチーバリア」


 僕ら三人は青白い光に包まれた。

 そんなことより、なんか名前変わってないか? マイティーバリアと何か違うのだろうか。

 まあ、いいか。


「秘伝! 水崩すいほう大洪水だいこうずい!」


 ラキの構える両手から大量の水が飛び出して、ものすごい勢いで通路を満たし、轟音とともに前後に流れていった。


 なるほど、濡れないように、いや、流されないようにバリアを張ったのか。


「うわっぷ!」


 また聞こえた。

 でも気にしない、気にしない。


「変わんなーい」


「最初の魔法で色が決まってしまったようだね。おそらくもう変わることはないだろう」


「えーっ、そんなぁ……」


「もし、その髪の色が元に戻るとしたら」


「え? あるの!?」


「神に会うことだ」


 また神か。

 ゲンはよほど他人を神に会わせたいらしい。

 僕はいまだにゲンの旅の目的がよく分かっていない。


「神? 会えるの?」


「会える。僕らは神に会うために旅をしているんだ」


「じゃあ私も行く!」


「いいよ」


 またあっさり。

 もうだいぶ慣れたが、騒がしいのが一人増えるのかと思うと先が思いやられる。


 いや、それよりも思いやられることがある。

 この数分間でラキはとんでもなく成長してしまった。

 僕だけが取り残されて弱っちいままではないか。


「時間を浪費してしまったね。ちょいと急ぐよ」


 ゲンの言葉で盗賊退治という目的を再認識させられた。そうだった。何をしているんだ、僕たちは。


 僕たちはそれぞれの高速な移動手段で先を急いだ。

 そしてついに砦の最奥の間へと辿り着いた。


「いた! おまえが盗賊団の頭だな? その隣の奴は捕虜か? いま助けてやるからな」


 僕は高速移動で気持ちが高ぶっていたためか、調子のよい言葉を次々とぶつけた。


「誰が捕虜か、馬鹿者が! 我こそは盗賊団頭領・シフ様の右腕、リフトであるぞ!」


 そう強く言い放った男は、ズタズタに引き裂かれた着衣に焼け焦げた顔、そして全身びしょびしょの姿だった。


 さてはラキの魔法を受けたのは全部あいつだな。気の毒なことだ。


 一方、シフという頭領のほうはまったくの無傷である。部屋にもいっさいのダメージがない。


「おまえ、カシラに守ってもらわなかったのか?」


 ゲンの嫌味炸裂。

 どうやら部屋は守っても部下は守らなかったらしい。


「ひどいッスよ、兄貴ぃー」


「誰が兄貴か、馬鹿者。自分で自分の身も守れん愚か者など、俺は部下に持った覚えはない」


「そ、そうですよね……」


 しゅんとしているリフトを尻目に、シフは僕たちを睨みつけている。


「おい、おまえたち。我が砦に正面から堂々と乗り込んでくるとはいい度胸だ」


「堂々も何も、正面にしか入り口はないでしょうよ」


 シフは僕の言葉には耳を貸さず、さっそく立ち上がった。


「その度胸に免じて、一瞬でほうむってやる」


 シフはゲンのごとく、詠唱することもなく呪文を解き放った。


 炎をまとった風の刃が僕たち三人それぞれに同時に飛んできた。

 それはとてもかわせるようなスピードではなかった。あまりにも一瞬のことで、何が起きたかすら分からなかった。


「ほう、貴様か。厄介な奴だ」


 どうやらゲンが守ってくれたらしい。目を閉じた隙に、炎は消えていた。


「おい、レフト」


「リフトです。レフトは外で分身やってる兄ですよ」


 その兄はもうくたばってるけどな。


「おい、リフトとかいう奴」


「ひどいッスよー、おかしら。側近なのに覚えてくれてないんですか?」


「おまえがあっちの雑魚二人を始末しろ。俺はあいつを始末する」


 シフがそう言うと、突然黒い空間がシフとゲンの二人を呑み込んだ。

 黒い空間が小さくなって消えてしまうと、二人のいた場所には何も残っていなかった。

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