第005話 出撃

 僕が目覚めたのは、何かすごい音がした気がしたからだ。

 なんだろう、と耳を澄ませると、外で雷の音が聞こえる。

 耳を澄ます必要なんかまったくなかった。むしろ耳をふさぎたくなるような轟音ごうおんが身体に響いてくる。尋常な音ではなかった。

 ほかにも何かが爆発する音なんかも聞こえる。とても不安を駆り立てられる音だ。


 隣を見ると、ゲンはすでにそこにはいなかった。

 僕は思わず外へ飛び出した。


 僕が目にしたものは、暗いはずの夜空を明るく照らす大きな稲妻、そして宙を舞う巨大な炎、何らかの形を持った水の塊。


 僕は戦争をの当たりにしていた。

 戦っているのは町の住人と盗賊団の手下らしき軍団だ。住人の中にいて、ひときわ目立っているのがゲンだった。

 ゲンが一瞬にして僕の所へやってきて、僕をけしかけた。


「いまから出発だ! すぐに出よう!」


 僕が出発するのに準備はいらない。何も持ち物なんて持っていないのだから。

 だが、あまりにも突然なこの状況に狼狽ろうばいせずにはいられなかった。


「ちょっと待って。これはどうなってるの?」


「盗賊団が攻めてきたんだよ。見てのとおりさ」


「すごい数だよ。僕らも町を守らないと」


「町は町の魔法使いたちに任せよう。盗賊団のほとんどは分身なんだ。よく見てごらん。同じ顔がたくさんあるだろう?」


 たしかにそうだった。三種類くらいの顔がたくさん見られた。ほかの顔はすべて一つしか見当たらないが。


「分身は本体を倒せばすべて消える。分身をイメージする者がいなくなるわけだからね。だから僕らは分身の本体を倒しに行く。つまり、急いで敵の本拠地に乗り込む必要があるんだ」


「わ、分かった」


 正直なところ、分かったというほどには理解していなかった。

 だが、急がなければならないということだけは、僕にも十分に理解できた。


「高速移動するから、いま、覚えて」


「そんな無茶な」


 いまのところ、僕の使える能力は石の出現のみだ。そんな僕に高速移動を覚えろとゲンは言う。


「とりあえず、自分の脚力がものすごく上がっていくようにイメージして」


「う、うん。それから?」


「さあ、走ろう」


 そう言うと、ゲンは先に行ってしまった。

 僕は慌てて追いかけるが、山の中へ入ってしまったゲンはもう見えない。


「意識して。脚力アップ。足に意識を集中して」


 テレパシーだ。ゲンの声が僕の意識に強引に入ってきた。


「自分を信じるんだ、レン。この世界では信じることがすべて。自分の足を信じろ」


 僕は思いっきり走った。だがいっこうに速くならない。


「ほら、速くなった」


 そう言われて地面を見ると、なんとなくさっきより速くなった気がした。


「本当だ……」


 そう思った瞬間だった。

 地面がどんどん速く後ろへ逃げていく。僕の走るスピードがみるみる速くなっていった。


 ゲンは待っていてくれたらしく、僕は後ろ向きに走るゲンに追いついた。


「やっときた。なかなか君が速く走れないから、暗示で無理矢理に意識させたんだよ」


 ゲンはもう少し僕に期待していたようだ。

 たったの数秒で速く走れるようになったことをめてくれてもいい気がする。


「それならゲンが僕の足を速くなるように魔法でもかけてくれればいいのに」


「それは無理だよ。直接人間の体や能力をいじることができるのは神だけだ。まぁ、風の魔法で君を吹き飛ばして連れてくることならできるけど、君が成長しなければ僕の存在価値はないも同然だからね」


 ゲンは町を助けるためというよりは、僕を鍛えるために盗賊団退治を引き受けたのではないか、と思えてきた。

 いや、ゲンのことだから、盗賊狩りを楽しみたいだけの可能性はいなめない。


「ねぇ、待って」


 僕ら以外の高い声がした。後ろの方からだ。


「待ってってば、私も連れてって」


 それはラキだった。足に黄色い光をまとい、なかなかのスピードで追いかけてくる。


 僕とゲンはラキが追いつくまで走るスピードを落とした。


「ふう、やっと追いついた。し・光速より速い移動魔法なんてどんな魔法なのよ!」


 僕は苦笑いするしかなかった。僕は魔法なんて使っていない。ただのプラシーボ効果ってやつだ。


「私も行く」


 僕は驚いた。だが、その一方でやっぱりという気持ちはあった。

 僕は当然のように諭しにかかる。


「危ないよ、戻ったほうがいい」


「行くもん。絶対行く。石しか出せない人よりは絶対に戦えるもん」


 それを言われると何も言い返せない。

 しょうがなく僕はゲンの顔を見やった。


「いいよ」


 またまた彼は二つ返事でオーケーしてしまった。


「ゲン! いいの!?」


「いいよ。どうやらラキは半直接人間のようだからね」


「半直接?」


「存在は神が直接生み出し、細かな設定や成長はシステムに任せた感じかな」


「ねぇ、直接とか半直接って何?」


 当然ながらラキは何も知らない。こういったことに関しては旅立つ前の僕と同じである。


「それは、あとで教えてあげるよ。それよりいまは先を急ごう。早く分身の術者を見つけないと、町が大変だ」


 僕らはラキのスピードに合わせて木々の間を急いだ。

 まもなくして開けた場所に出た。


「あれが盗賊団のとりでかな?」


「おそらくそうだろう」


 そこには岩山を切り出して造ったと思われる、いかつい砦が構えていた。

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