第003話 魔法の町

 僕たちは町へと入った。

 アーチ型の石門をくぐり、初めて見る世界に僕の胸は高鳴った。

 町はなかなか洒落しゃれた造りで、中央に大きな噴水があり、それを囲むように煉瓦れんが造りの建物が並んでいる。

 そしてさらにその周囲を円形の煉瓦壁が囲んでいた。


「どうだい? 華やかな町だろう?」


「うん。これで中の小だなんて信じられないや」


「君も魔道書の一つでもあれば簡単に魔法が使えるようになるかもしれないな。魔道書店に行ってみよう」


 そう言ってゲンは僕を魔道書店へと案内した。


「マジックスクエア?」


 店の名である。

 ゲンによると、この店がこの町いちばんの品ぞろえらしい。

 煉瓦の色が他よりひときわ濃い色で、背も高い立派な建物だ。


 中に入ると、棚一面に魔法の絵が描かれた紙が貼りつけてあった。

 そしてカウンターには紳士的な服装で礼儀正しそうな黒髪の男性と、白いブラウスを着た背の低い銀髪ツインテールの少女が立っていた。

 二人は僕たちに気がつき、軽く会釈をした。

 僕が会釈を返していると、ゲンはすでに横にいなかった。

 僕はゲンを見つけて駆け寄る。それからゲンと同じ方向に視線を向けた。


「この絵が魔道書なの?」


「これは魔法のカタログだよ。これを見たって魔法の原理や構造を理解できないでしょ」


「たしかに」


 僕は納得してそれらの絵を順番に見てまわった。


「あ、これくらいなら魔道書を買わなくたって僕でも出せそうだよ」


 僕はそう言って一つの絵を指差した。

 ゲンはそれを見に僕の隣へやってきた。


「たしかに」


 その絵は巨大な石の壁だった。誰かに襲われたときに使う防御魔法と書いてある。

 名前は石壁。そのまんまの名前で実に分かりやすい。


「これじゃあタダ同然だね。いいのかな」


「僕らはこの世界の摂理を知っているからね。魔道書がなければ魔法を使えないと思い込んでいる人も多いから、買う人は買うと思うよ」


「はぁ、そうなんだ」


 ゲンの言葉をたやすく納得している自分に気がついた。

 僕もだいぶ理解してきたのかもしれない。


「ところで、どうやって買うの? お金とか……」


「お金だぁ? 異世界の住民じゃあるまいし、この世界にお金なんてないよ。この世界の物流はすべて物々交換さ」


「でも僕は何も持ってないし……」


「交換条件は物に限るわけじゃないよ。それに、どんな店でもツケにすることができる。何かめぼしいものでも見つけたの?」


「これ」


 僕の指差した先には、先ほどの石壁の絵があった。


「でもこれくらいなら買わなくても出せるでしょ?」


「だって、アイデアをもらっておいて買わないなんて、ずるいと思うから……」


「君って奴は律儀だなぁ。まあいいや、買ってあげよう」


 そういうとゲンは手のひらを広げ、そこに金塊を生み出した。


「ねえ、もしかして、それで買うの?」


「そうだよ」


 僕は愕然がくぜんとした。

 僕は物がないときは当然ながら働くものと思っていたからだ。


「それじゃあ買わないほうがマシじゃないか! 詐欺だよ、そんなの」


「そんなことないよ。安物の魔道書にこんな金塊を交換してもらえるんだから、向こうもウハウハのはずだ」


 僕は返す言葉を失った。

 たしかに一理ある。


「買うのが嫌なら、僕が魔道書を作ってあげようか?」


「もう! アイデアをもらったから魔道書は買うんだってば」


 それだけは僕の中で硬く決意していた。


 僕とゲンがそういったやり取りをしていると、新たな客が店に入ってきた。

 その客には見覚えがあった。


「あのときのオイハギ男だ」


 僕らが静観していると、オイハギ男は周囲の魔法の見本には目もくれず、カウンターへと一直線に歩いていった。


「魔道書をすべて出していただけますか?」


「またですか? もう勘弁してくださいませんか」


 紳士風の男性店員が頭を下げている。


「だったら強奪するまでだ」


 まただ。ぜんぜん懲りていない。ゲンの言うとおりだった。

 僕がゲンの顔を見ると、ゲンは予想どおりだという表情で僕を見返してきた。


「ゲン、君の言うとおりだった。ごめんよ。あの人たちを助けてあげてくれないかな」


 僕の言葉を聞いてゲンがカウンターへ歩み寄ろうとしたとき、突然、ツインテールの女の子が叫んだ。


「いい加減にしてよね! そっちがその気なら、新必殺技で痛い目に遭わせるわよ!」


 強気に立ち向かっている。

 会話からして魔道書が奪われるのは初めてではないらしいが、彼女の強気を見たところ、何か強力な魔法でも身につけたらしい。


「こら、ラキ!」


 紳士店員が少女を叱った。

 どうやら少女の名はラキというらしい。


「また店の魔道書を盗み見たのか!」


「違うもん。パパの引き出しに隠してあったのを見たんだもん」


「そんな危険な魔法を……。おまえが扱っていいような代物じゃないぞ! それに引き出しのバリアを破った魔法は店の魔道書にある魔法だろう!」


「うっ……」


 少女は隅っこに寄って上目遣いでいじけている。


「おい」


 気づくとオイハギ男が剣を男性店員の首に突きつけている。


「その危険な魔法とやらを出してもらおうか」


 二人の揉めている間にラキも魔法が使えない状況を作り出されてしまった。


「人質とは卑怯だぞ!」


 叫んだのは僕だった。

 舌打ちしながら振り向いた男は、僕たちを見て、驚きのあまりに身体が跳ねた。


「げっ! あのときの二人組」


 男の表情は驚きと恐怖で埋めつくされたが、すぐにあくどい顔に戻った。


「ふん。こっちには人質がいるんだぞ」


 ゲンは余裕の表情で男に視線を突き刺した。


「オールマイティーバリア」


 ゲンがそうつぶやいた瞬間、僕とゲンと男性店員とその娘の四人をバリアが包み込み、青白い光をまとった状態になった。


 男は舌打ちした。しかし、まだ秘策があるという表情をしている。


「俺をあのときと同じと思うなよ。錬金魔法、結界やぶりの剣、決壊剣けっかいけん!」


 男の剣が緑色の光を放ち、細く長く変形している。


「ふん、遅い」


 ゲンがそうつぶやくと、瞬間移動のごとき速さで男の元へ移動し、右に握った拳を力強くぶつけた。

 男がものすごいスピードで吹っ飛ばされる。

 それは目では残像しか捉えられないほどのスピードだった。


 男は店の壁にぶつかり、ペシャンコになった。

 もはやそれは人ではなくなってしまっている。


 僕はゲンのすさまじいパワーに驚いていると、ゲン自身も何かに驚いていた。


「壁が崩れないのか……」


 どうやらゲンは男が壁を突き破るつもりで打ったようだ。


「そうか、この店は直接の……。ということは、この人たちは……」


「あ、あの」


 ゲンが一人でつぶやいていると、紳士店員が話しかけた。


「助かりました。本当にありがとうございます。なんとお礼をしていいか」


「いえ、あ、じゃあ石壁の魔道書でも下さいな」


 ゲンは笑顔で答えた。

 ペシャンコになった男は炎に包まれて一瞬で消滅した。これもゲンがやったのだろう。

 店の壁は焦げ跡がつくこともなくきれいなものだった。


 男性店員はたしかに紳士で、恩人に丁寧に謝辞を述べた。


「その心遣いも嬉しいのですが、やはり私たちが受けた恩はそれ以上ゆえ、もっと何かお礼を」


 紳士がそう言っていると、横からひょっこりとラキが顔を出した。

 その目はキラキラ、というかギラギラしていた。


「すっごーい! いまの何ていう魔法?」


「いまの?」


「あの超高速移動したやつ」


「うーん、あれは、ハイ・テン・ションっていう魔法だよ。身体能力が極端に上がる魔法さ」


 こいつ、いま名前を考えたな。バレバレだ。顔を見ていれば分かる。


「へー、そうなんだぁ。私の知っている『し・光速』って魔法よりすごいかもぉ」


「おお、そんなネーミングもいいねぇ」


 ゲンのやつ、ネーミングに感心してやがる。


「ネーミング?」


「ああ、いや、こっちの話さ。ところで、君、ラキっていうの?」


「そうだよー」


 少女はうふふー、と、嬉しそうに答えた。


「で、ラキのお父さん、あなたの名前は?」


「私はセブンと申します」


 セブンは丁寧に頭を下げた。

 ラキは話題が自分から逸れて少しいじけた。しかし、何かを思いついたらしく、キラキラした眼差しをセブンの方へと向ける。


「ねえ、パパ。この際だから、あいつらも倒してもらおうよ」


「なにを言っているんだ。恩も返しきれないのに、これ以上世話になってはいかん」


 ゲンはそれを聞いて微笑ほほえんだ。


「よければ、その話を詳しく聞かせてもらえませんか? 興味があるので、その話を聞かせてもらえれば、恩はすべて返せるということにしましょう」


「そうですか? なんだか申し訳ない気もしますが、それではそういうことにさせていただきましょう」


 この世界の住人はとても物分かりがいいようだ。どんなことでもトントン拍子で話が進む気がする。

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