第002話 二人組の男

「じゃあ、この近道はゲンがイメージして出したってこと?」


 カレーはおいしかった。

 食後にしばらく足を休めてから出発することになり、いまはもう疲れも抜けていた。


「そう、世界の精密な地図が頭の中になければ、こんなことはできないけれどね」


「ふーん」


 自分の親友がこんなにすごい奴だとは知らなかった。

 世界の精密な地図が頭の中にあるなんて、彼は博識以上の何かだ。

 僕は友に感服している。もっとも、火を指先から出したときにはすでにその気持ちは極まっていたわけだが。


 親友といえば、ゲンはいつから僕の親友になったのだろう。

 旅立ちのとき、すでに僕とゲンは親友だった。だがそれ以前の記憶がない。

 思い出せないのではない。記憶がないのだ。

 ゲンにはあるのだろうか。僕と初めて出会ったときの記憶とか、仲を深めたキッカケとか……。


 でも、僕はゲンを疑っているのではない。

 僕とゲンの本当の関係よりも、僕が自分自身を理解することが先だ。

 それができれば、おのずとゲンとのことも分かる気がする。


 それに、いまの僕は生まれたての赤子のように、すべての経験が学ぶべきことのように思える。


「道の生成くらい、君にもいずれはできるようになるさ」


「あ、ああ……。そう願いたいよ。せめて火を出すほうはやりたい。ところで、神ってもっとすごいんだよね?」


「そりゃ当然さ。すべてを創ったんだから。僕も君もこの世界も、すべてを神が創った。そしてシステムも」


「システム?」


 アンファンタジックで奇天烈きてれつなワードが出現した。

 まずは説明を聞かねばなるまい。


「自動生成、自動成長、自動発展、つまりこの世界の摂理かな。それらによってたくさんの人間が生み出される。その人たちは間接的に生み出された人間。だから賢者の間では間接人間、間接生物と呼ばれている。それに対して僕らは直接人間だよ」


「賢者の間? ほかにも賢者がいるの?」


「いるよ。たいていの賢者は直接人間さ。でもたまに成長システムで成長した間接人間が賢者となることもある。賢者っていうのはこの世界の摂理を理解している者のことをいうだけで、べつに君のことだって賢者って呼んでも差し支えはないんだよ」


「へー、そうなんだ」


 僕の場合は知らないことが多すぎるから、賢者には程遠いように思われる。


 会話をしているうちに近道洞窟を抜けた。

 洞窟の中はゲンが創っただけあって、光がなくても不思議と明るかった。


「着いたね」


 どこに着いたのかは知らない。だが目の前には見たこともない大きな町がドンと構えている。


 といっても、見たことがあるのは自分の小さな村だけなので、本当に大きいのかと問われると、分からないと答えざるを得ない。


「中規模の町だね。この町は中の小くらいの規模だよ。この町は魔法の町、マジックタウンだ」


「魔法の町?」


「そう、この町の人は魔法が使える。魔法だけは使えることを知っているから魔法が使える。僕らは何でも使えるけどね」


「だからマジックタウンなのか。神ってそのまんまな名前をつけるんだね」


「いや、名前は僕が勝手につけたんだよ」


「あ、そうなの?」


 少し呆れてしまった。でもゲンに少しお茶目な一面を見つけられて嬉しくなった。


「あの、すいません」


 それは突然だった。誰かが背後から僕たちに呼びかけた。旅に出て初めて出会った人だ。

 振り向くと二人組の男が笑顔で立っていた。

 二人とも目の粗い麻の服を着ているが、両手を前で組んだ様は礼儀正しそうな印象を受けた。


「はい、何でしょう?」


 僕はゲン以外の人とまともに接するのは初めてなのだが、なぜか自然と答えてしまった。


「魔道書を置いていっていただけますか」


「は?」


 僕が理解不能モードにおちいっていると、ゲンが説明してくれた。


「魔道書っていうのはね、魔法の使い手がイメージをたやすくするために、創造するものや現象の原理や設計図なんかが描かれているんだ。だからそれを持っていれば、より簡単に魔法が使えるんだよ」


「なるほど。魔道書については理解できた。それでこの人たちは、なぜ僕らに魔道書を置いていってほしいって言っているの?」


 その質問に対する答えは明瞭かつ簡潔だった。


「彼らはただの、オイハギさ」


「そうさ、断るなら強奪するまでだ!」


 先ほどの丁寧な口調はどこへやら。態度は急変し、怖い顔つきになった。


 二人の男が頷き合うと、その手に剣を出現させた。無骨だが、重量感がある。

 それは間違いなく殺傷力の高い凶器だ。


「ゲ、ゲン! どうするの? 武器なんか出してきたよ!」


 僕はその急な展開に焦った。

 これは下手をすると殺されるのではないか。そう思ったが、ゲンは完全に落ち着き払っていた。


「雑魚だから、ひとひねりでしょ」


 優越に満ちた満面の笑みだ。

 僕にはとうてい無理な話だ。思わずゲンの陰に隠れてしまった。


「口だけのガキめ。後悔するぜ」


 一人の男がゲンに歩み寄って剣を振りかざした。

 ゲンは後ろで手を組んでニコニコしている。


「レン、こういうのって、僕の楽しみの一つなんだ」


 男はゲンが話していることにも構わず、両手持ちの剣を振り下ろした。


 その瞬間、ゲンの目の前にいつの間にか生み出された透明な壁が振動し、波の伝播によりその不思議な存在をの当たりにさせられた。

 振動は僕らの周囲をひとまわり伝わって、僕らが何らかのバリアの中にいることが鮮明に映し出された。


「ちっ、バリアか。しかもけっこう硬いやつだ。やり手か。おい、出直すぞ!」


 男はもう一人にそう言うと、僕たちに背を向けて駆け出した。


「逃がさないよ」


 ゲンは笑顔のまま男を見つめた。


 すると男は見えない壁にぶつかり、尻餅をついた。

 また透明な壁の振動が伝播し、男を完全に囲んでいることを知らしめた。


「あなたは僕を侮辱したことを後悔しているかな?」


 男は何も答えなかった。


 僕はゲンがどうするのかとじっと見ていた。


「反省の色なし。容赦はいらないらしいね」


 ゲンがそういうと、手のひらを男に向けた。


「わ、悪かった。許せ」


 男は焦りを見せ、両手で待て、待て、となだめるアクションをしている。


「そうだな。もう二度としない?」


「あ、ああ、しない」


「嘘つきめ。いま、寸分の間もなかった」


 ゲンが最後の台詞せりふを吐くと、両手から煌々こうこうきらめく炎がほとばしった。

 それは透明な壁をすり抜け、男を一瞬で火葬してしまった。

 骨も灰も残らなかった。男がいた場所だけ草が消えて黒色の地面が円形に露出していた。


「ゲ、ゲン! やりすぎだよ!」


「そんなことはないよ。彼はまた悪いことをする奴なんだ。そう決められて創られている。僕には特別な力があって、それが分かるんだ」


 だとしたら、さっきのオイハギとの会話はまったく無意味だということになる。


「だからって、なにも殺すことはないじゃないか。人殺しだよ!」


「あのね、自動生成システムは人を生成するばかりだから、こうやって減らすことも重要なんだ。所詮は創られた人間。彼らも僕らもね」


「でも……」


「もしも」


 ゲンは少しおごそかに言った。


「誰かが本当に許されないことをしたら、神が直接の罰を下す」


 それはつまり、神罰を受けていないゲンの行為は、許されざることではないということだ。


「でも、僕には理解できない」


「なるほど、君はそう創られたんだね。神に会うための動機づけなのだろう。レン、神に会って、直接自分の気持ちを伝えればいい。そして神の話を聞けばいいよ」


 僕はこれに関してはゲンの言うことに納得した。

 僕は神に会う。そして、理由を訊く。

 なぜ、このような世界を創ったのか。

 なぜ、僕らを生み出したのか。

 なぜ、人の殺生を許すのか。


「レン、もう一人、残っているよ」


 もう一人の男はゲンの生み出した透明な壁に囲まれて身動きが取れないでいた。


「君がやってごらん。練習だ」


「僕は人を殺したりしない。したくないよ」


「べつにいいよ。らしめるだけでも」


「そんなこと言ったって、石しか出せないもん」


「じゃあ、それを投げつければいい」


 僕はしょうがなく両手を天にかざした。


「あのさ、空に出すとまた自分に落ちるよ。それとも浮遊させる自信があるの?」


 僕はゲンの冷静な指摘に従い、体の正面で水をすくうように手を形作り、その上に石が出現するイメージを描いた。


「出た」


 小さい石が、僕の手のひらの上にちょこんと乗っている。


「うん。それじゃあ、お仕置きを」


 僕は男に近づいた。

 そしてゲンのように問いかけた。


「もう、悪いことしない?」


 男はゲンの方をチラッと見て頷いた。


「しない。絶対に。誓うよ」


「だってよ」


 僕はゲンの方に向き直って笑顔で言った。

 しかしゲンはうつむいて首を横に振った。


「嘘つきだよ」


「嘘かどうかなんて分からないよ。僕はそう簡単に決めつけちゃ悪いと思う!」


「じゃあ、放してみる?」


「うん」


 ゲンがバリアを解くと、男は町の方へ一目散に逃げていった。


「これが裏目に出なければいいけどね」


「うん」


 なんだかギクシャクした空気になってしまった。

 だが、ゲンは明るく振舞ってくれた。


「町へ入ろう。君にとっては初めてのマジックタウンだ。きっと君の想像力も刺激されると思うよ」

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