第16話 自我
「ハァハァハァ・・・珍之助・・・アタシ・・・ハァハァハァ・・・疲れたよ・・・ちょっと待ってよ」
ウチのアパートから約5分ほどの場所にある善福寺緑地。
落ち着いた雰囲気のこの公園は、23区内とは思えないくらい緑の豊かな場所だ。
私はこの辺りの雰囲気が大好きで、今住んでいるアパートもここに近いからと言う理由で決めた。
今日はこの善福寺緑地を流れる善福寺川の川沿いの歩道に珍之助のトレーニングのためにジョギングしに来ているのである。
毎日5合以上の飯を食っている珍之介の身長は175cmまで伸び、本や新聞を読ませている甲斐もあって日常会話くらいだったら支障なく出来るようになった。でもちょっと言葉使いが変だが。
「ちんこ、もう疲れたか?今日は3,737m走ったです。消費カロリーは193kcalです。193kcalはポテトチップ約半袋分のカロリーです。昨晩ちんこは缶酎ハイを飲みながらポテトチップ1袋食べたです。それは今日走ってカロリーを消費できない。カロリーを消費できないか?それは太るです。太るはデブか?太るはデブです。ちんこが太るはデブです。」
「うるさい!デブデブいうな!」
私は身長163cmで体重48kg。決して太ってはいないし、むしろ10代~20代の若い女性の間で理想の見た目と言われるシンデレラ体重だ。だが、珍之助が来てから早めに帰宅して一緒に夕飯を食べるようになってからは食べる量が増えてきてしまっている。
こんな珍之助とでも二人で食べるご飯は美味しく感じるのだ。だからガツガツ食べる珍之助に釣られて私もたくさん食べてしまう。
実はここ最近、微妙に腹が出てきたような気がしてならない。
「ねぇ、珍之助、私ノド渇いちゃったよ。どこかでお茶しようよ」
「お茶するか?お茶は名詞です。”お茶する”は正しいではないです。正しいは”お茶を飲む”です。お茶するは・・・」
「いちいち細かい事はいいの!早く、行くよ!」
ブツブツ言う珍之助の腕を引っ張り、近くにあるカフェへ入った。
窓際の席へ座ると店内の女性客からの視線・・・珍之助の方をチラチラ見ている。
まあ、確かにかなりイケメンだしなあ・・・
いつも一緒に居る私から見ても、珍之助の外見はかなりイイ男だと思う。
でも、何と言うか、珍之助を見てもなぜかあまりトキメカナイのだ。
何か、彼氏と言うより息子みたいな感じなのだ。
「何にしよっかなあ・・・えーっと・・・私は抹茶クリームフラペチーノにしよっと!珍之助は何にする?」
「抹茶クリームフラペチーノは約320kcalです。320kcalを消費するは約45分ジョギングするが必要です。今からまたジョギングするか?しないはデブですね」
「あー、はいはい、分かったよ!じゃあアイスコーヒーでいいよ、ブラックで飲むから。だったらいいでしょ」
「ちんこはアイスコーヒーを飲むは約10kcalですね。10kcalは3分歩くで消費です。デブじゃないですね」
「珍之助さ、さっきからデブデブ言ってるけどさ、アンタ私が太ると何か都合悪い事でもあるの?」
「数々の文献から得た情報を鑑みると、デブは健康ではないです。デブは外見も良くないです。ちんこは健康がいいか?外見悪いがいいか?」
「そりゃまあ、健康で見た目も良い方がいいに決まってるけどさ、じゃあ珍之助はどう思うの?私がデブだったらどう思う?」
「ちんこはちんこです。太るでも瘦せるでもちんこです。太ったちんこでも痩せたちんこでも僕は好きです」
「え!?」
珍之助に初めて”好き”って言われた。
ちょっとドキドキした。
「僕はちんこが好きだから、ちんこの為に文献を読んで新しい知識を習得します」
隣のテーブルに居る女性客がこちらをチラチラ見ながらヒソヒソ話している。
珍之助がちんこちんこって言うものだから絶対ヤバイ奴らだと思われてる。
”太ったちんこでも痩せたちんこでも僕は好きです”って・・・これを聞いたら誰だってそういう趣味のヤツだと思うだろう。
「ちょっと、珍之助!あんまりちんこちんこって言わないでよ!変な人だと思われちゃうよ!」
「なぜか?ちんこの名前はちんこなので、僕はちんこをちんこと呼ぶのはちんこがちんこだからですから、ちんこはちんこですね」
「わかったわかった!もういい、もういい、ちょっと黙ってて!」
ったく・・・早いトコちんこって呼ぶのを止めさせないとまずいな。
事あるごとに『私は珍子じゃなくて凛子』って言い聞かせてるんだけれど、その場は凛子って呼ぶクセに時間が経つとちんこに戻っちゃうんだよなあ。
珍之助とアイスコーヒーを飲んで店を出ると外はもう夕暮れ。
川沿いの遊歩道には仲良く腕を組んで歩くカップルの姿もちらほら見える。
「ねぇ珍之助、さっきさ、あの・・・私の事さ、好きって言ってくれたじゃん、あれってさ、・・・どんな感じの”好き”なの?」
「どんな感じの好きとはどのような疑問か?好きは好きなのですから嫌いではないです」
「いや、そうじゃなくてね、好きにも色々あるじゃん」
「ちんこの質問が良く分かりません。好きは好きですからそれはひとつですね」
「そっか・・・まあいいや」
珍之助はまだきっと単純な感情しかないのだろう。
そう言えばメルティーが第4フェーズで自我アップデートがあるとか言ってたな?
それっていつだ?
私はスマホのアプリを立ち上げ、第4フェーズのスケジュールを確認すると・・・
<今日の20時に第4フェーズの作業をするよ!EKMジェネレーターとアップデートメモリーカード、コミュニケーショングリップを用意してね!>
あああ!今日じゃん!第4フェーズって今日なのか!
第4フェーズで自我アップデートするとどうなるんだろう?
今はロボットの真似をしている日本語が不自由な留学生みたいだけど、もっと自発的に何かするようになるのか?
ちょっと楽しみだ。
「珍之助、腕組んでいい?」
「はい、まったく問題ありません。しかし腕を組むはどうするか?」
「いいのいいの、珍之助はそのまま歩いてて」
私は珍之助の腕に自分の腕を絡ませ、珍之助に寄り添ってみた。
そう言えばこんなに密着したのは初めてかもしれない。
珍之助の腕は思っていたよりもずっとしっかりしていて、ちょっと頼もしい感じだった。
アパートまでの帰り道、私と珍之助は腕を組んで歩いた。
傍から見れば私達は仲の良い恋人同士に見えるのだろうか。
こんなふうに男性と腕を組んで歩いたのって何年ぶりだろう?
こんな感じも、何か、イイな・・・
アパートに着いたのが20時ちょうど。同時にスマホアプリからの通知が表示された。
<第4フェーズを開始するよ!EKMジェネレーターにコミュニケーショングリップとアップデートメモリーカードをセットして彼氏に持たせてね!>
コミュニケーショングリップ?
何だそりゃ?
段ボール箱の中を探すと片方に金属製の取っ手、もう片方にプラグが付いた電源コードの様な物、そして『アップデートメモリーカード』と書かれたSDカードが見つかった。
たぶんこれだな・・・
プラグをEKMジェネレーターの端子に差し込むと、取っ手の根元にある緑のランプが点灯した。
取っ手を珍之助に持たせ、アップデートメモリーカードをEKMジェネレーターのスロットに差し込む。
<用意ができたら『アップデートボタン』を押してね!>
アプリ画面にある『アップデートボタン』を押すとEKMジェネレーターからブーンと言う低い音が響きだした。
珍之助は目を閉じてじっとしている。
<アップデートは5分ほどかかるよ!EKMジェネレーターの電源を切らないでそのままお待ちください>
しばらくすると取っ手の緑色のランプが消え、EKMジェネレーターから発せられていた音も鳴り止んだ。
珍之助は相変わらず目を閉じてじっとしている。
「おーい、珍之助?起きてるかー?」
声を掛けると珍之助はゆっくりと目を開けた。大丈夫か!?
「あ・・・ちんこ・・・おはようございます」
「おはようじゃないよ、まだ夜だし。で、どう?アップデートしたんだけど、今どんな気分?」
「アップデート?・・・よく分からない」
何だ、特に変わった事も無さそうだし、期待してたほどでも無かったなあ。
何か目に見えて変わる事があるかと思ってたのに。
まあいいや・・・
「珍之助、今日はいっぱい運動して汗かいたでしょ?先にシャワー浴びてきなよ」
「はい・・・僕が服を脱ぐは、ちんこが見るはダメです。これはとても重要です」
はあ?
お前いきなり何言ってんだよ。今朝だってシャワー浴びてから平気で素っ裸でそこら辺ウロウロしてたじゃんか。
何をいまさら・・・
あ!
アンタ、自我がインストールされて恥ずかしくなったんか!?
「そうかそうか、分かったよ、じゃあさ、ドア閉めておくから台所で服脱ぎなよ。見ないから」
「はい、台所で服を脱ぎます。ちんこが見るはダメです、絶対に見るは必ずダメです」
「はいはい、見ないから安心してシャワー浴びてきな」
「絶対に見るはダメなのですから」
「分かった分かった」
何だか思春期の中学生みたいだな。必死になってちょっとカワイイ。
10分ほどで珍之助がシャワーを浴びて戻って来た。
今まではスッポンポンで居間まで入って来たクセに、今日はちゃんと着替えて戻って来た。うん、それでよし。
じゃあ私もシャワー浴びるか・・・と、ここでちょっとイタズラを思いついた。
「私もシャワー浴びてくるね・・・よいしょっと!」
私は珍之助の真ん前でいきなりTシャツとジョギングパンツを脱いだ。
「ちんこちんこ!なぜ服を脱ぐか?僕はどうしたらいいか!?」
「何でよ?今までだってこうしてたじゃん、今まで珍之助、別に何も言わなかったじゃん。あ。私のハダカ見たくないのか・・・そうだよね、私、貧乳だもんね、珍之助もおっぱい大きい子が好きなんだ・・・」
「分からない、分からない、頭の中が熱いです!僕はどうしたか?ちんこのおっぱいが小さいと僕の頭の中が熱いか?おっぱいが大きいと熱くないか?あああああああ」
珍之助はいきなり慌てふためいて鼻から血を噴き出して倒れてしまった。
「あわわわ、珍之助っつ!大丈夫?ごめんね!大丈夫?珍之助~~!」
どうしよう・・・ちょっと刺激が強すぎたか!?
ヤバいぞ!どうしよう・・・
そうだ、メルティーに聞いてみよう!
Rinko------
メルティー、どうしよう!
Melty------
おねーさん何?
Rinko------
どうしよう、珍之助が鼻血出して倒れちゃったよ!
Melty------
えー!どうしたの?怪我でもしたの?
Rinko------
そうじゃないんだけど
Melty------
ちょっと待って、すぐ行くから
・
・
・
---ボンッ!!---
すぐにメルティーが目の前に現れた。
「おねーさん、どうしたの?」
「珍之助がいきなり鼻血噴き出して倒れちゃったんだよう!」
「何でよ?どこかぶつけたりとかしたの?」
「いや、そうじゃなくて・・・ちょっとからかってたら・・・」
「あーっ!おねーさん、自我アップデートしたばっかりの珍之助に何かしたんでしょ!」
「え、えーと・・・目の前で服を脱いでみたんだけど・・・」
「アンタはアホか!そんなことしたらこーなるに決まってんじゃんかよ!何の免疫も無い思春期の中学生にいきなり生身の女のハダカ見せるようなモンだぞ!ったく!」
メルティーはブツブツ言いながら持って来たカバンの中から判子の様な物を取り出すと、それを珍之助の胸にグイッと押し当てた。
「今、鎮静剤打ったからさ、しばらくすれば元通りになるから」
「あ、ありがとー、えへへ」
「えへへじゃねーよ。もう自我が入って心も人間に近くなってくるんだから、あんまりコイツに変な事しちゃダメだぞ!」
「はーい、わっかりましたぁ」
「それからさ、コイツもう結構動けるようになったっしょ?運動とかさせてる?」
「うん、今日も一緒にジョギングしてきたよ」
「ジョギングかぁ・・・あのさ、おねーさん格闘技とかできる?」
「か、格闘技?そんなの出来るワケないじゃん」
「だよねー」
「何で?」
「コイツにさ、格闘技覚えさせた方がいいから」
「何で格闘技なの?」
「え?うん、まあ、格闘技覚えさせとくとイザって時に役に立ちそうじゃん」
「ん-、そんなモンかねえ?でも私、格闘技なんて全然出来ないよ」
「じゃあさ、私が格闘技の先生手配してあげっから、そいつに習ったらいいべ?」
「格闘技の先生?メルティーの友達とか?うーん、ありがたいけどさ、レッスン料とか高いんでしょ?私、そんな余裕無いよ。今だって珍之助の食費とか結構かかっちゃってるし」
「あー、それな、ダイジョブダイジョブ。タダでやらせっから。お金とか心配しねーでいいから」
「マジで?でもそれは悪いよ」
「いーからいーから、全然問題ねぇから。じゃあさ、明日から来させるから準備しといて!ほんじゃアタシ帰るからね、バイバーイ!」
---ボンッ!!---
珍之助は相変わらず気絶したままだ・・・と思ったらいつの間にか寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。
ああ良かった・・・いきなりぶっ倒れたからビックリしたよ。
でもちょっとやり過ぎちゃったかな。
格闘技かあ・・・
珍之助が格闘技の練習してゴリゴリのマッチョみたいになったらどうしよう。
マッチョってあんまり好きじゃないんだけどなあ・・・
まあいいか。
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