第2話

 民宿「居座り」なんてどういう意味ですの?せめて名前だけでもブルーオーシャンとかにして欲しいですわ。船から降り、民宿へと向かいましたの。何人かのぱーてぃぴーぽー達と、先ほどの劇団員の皆さんもこちらにお泊りなのね、というか、他の宿がないんですのね。民宿は酷く薄暗く、チカチカと電灯が瞬き、築50年ほどの貫禄がありますわ。大きさはまあまあですわね。温泉とかあるのかしら?民宿に不釣り合いなぱーてぃぴーぽーの肩に乗せたラジカセからドンツクドンツク音楽が垂れ流されて、船酔いと酒酔いの頭に響きますわ。


 あぁ~真夏のじゃんぼり~じゃないですわ。やかましいですわ。


「宜しいですわ、大分日も陰って来たしおとなしく民宿で寝ますわ。え、これが鍵?」


 黄土色のほっそい棒に申し訳程度に鍵の形状をしたものを渡され、部屋に入るとアイアンメイデンサイズのトランクケース一つで4分の1が埋まりましたわ、判りましたわ。ここは、お手洗いですのね?おかしいわ、お便器が無いわ?


「セバスチャン、お便器が無いお手洗いとは斬新ですわね、ホホ…どうしてここに、お布団が置いてありますの?」

「ローズお嬢様気を確かにお持ちください、ここがお部屋です」

「……………………は?」


 私としたことが、白目を剥いてしまいましたわ。ギギギとセバスチャンの方に顔を向け。


「セバスチャン笑えない冗談ですわ」

「冗談ではありません。ローズお嬢様、ここがお部屋です。ファーストクラスの二階の角部屋です」

「嗚呼…私が吸血鬼なら、ここで砂になってますわ」


 他に泊まるところも無いので、薄っぺらい煎餅布団を敷いて就寝ですわ。風が吹けばギイギイ音がなりますが、外よりはマシですわね。こういった体験も極めて珍しいので楽しみますわ。持ってきていた猫パジャマに着替え、豆電球一つの灯りにして、目を閉じると、まだ体が揺れている気がするんですわ。本州であれば凍える寒さなのに、じっとりと汗ばむ暑さ。湿度が高く、これ以上脱ぐことも出来ず、これなら寒い方がまだマシだったのでは?失って初めて気づく、冬のありがたみ。


 うとうとしていると、遠くから誰かが唄を歌っている、子守歌?物悲しい女性の声ですわ。ぱーてぃぴーぽー達もあんな歌を歌うんですわね。それと共に、おぎゃあともふぎゃあともつかない赤子鳴き声と、ちりんちりーんと風鈴なのか鈴なのか、一晩中響いて、やかましいですわ。盛り過ぎですわ。寝不足ですわ。しかし体が疲れていたのか、夢も見ないで眠りにつきましたわ。


翌朝。


「おはようセバスチャン」

「おはようございます。ローズお嬢様」

 別部屋に泊まっていたセバスチャンと1階の食堂で落ち合い、バイキング形式の朝食のトレーに乗せた山盛りの海産物を頂く。赤身のマグロが美味しいですわ。パクパクですわ。

「昨日は子守歌と赤ん坊の泣き声と鈴が煩かったわね、眠れまして?」

「は?風は強かったですが、泣き声も鈴の音もありませんでしたが…」


 困惑した表情でセバスチャンが答える、いや、そんなはずは…。確かに子守歌と赤子の泣き声と鈴の音が…。


「そ、そそそ、そうね、きっと夢見が悪かったんですわ」


その時、食堂に船で喧嘩していたリョウが慌ててやってきた。


「あんた達!?カオルを、カオルを見なかったか?今朝から居ないんだ!」

「存じませんわ、海にでも行かれたのではないですの?」

「俺たちに一言も無く行くなんて…俺ちょっと見てきます!」

「アッハイ」

「もしカオルを見つけたら俺に連絡してくれ!連絡先交換をしてくれ!」

「判りましたわ」


 ブレスレット型の通信機器と連絡先を交換すると、リョウは勢いよく飛び出していきましたわ。最近の劇団員さんは元気がありますわね、迫真ですわ。


「セバスチャン、こういう島だとそんなに娯楽も無いですし、ああいうのは気が利いてますわ」

「はぁ…?」

「朝ごはんを食べたら私たちもカオルさんを探しましょう、参加型ですのね?どこがゴールですの?ワクワクしてきましたわ!」

「はぁ…」


 民宿を経営するおじいさんから貰った地図で海沿いを周り、カオルさんを探すことにしたのだけど、見事に岩ばかりですわ!浜辺はどこですの?!浜辺を求めて岩場の道を歩いていると、ゴロンと何かを蹴飛ばしてしまったわ、何ですの?何か背筋に悪寒が走り、そっと目線を下げて足元を見ると、赤いよだれかけをした体と頭が分離したお地蔵様が転がったんですわ。


「イヤーーーーーッ!!わざとじゃないんですわ!わざとじゃないんですわ!」

「ローズお嬢様、お気を確かに。大丈夫ですこんなこともあろうかと接着剤があります」


セバスチャンが冷静にお地蔵様の頭と体をくっつけると、すこし斜めだったのか、きゅっと首を傾げたようなお地蔵様になってしまい、まるで下から睨みつけられているように感じるお地蔵様が爆誕してしまったんですわ。はわわ…違うんですわ、よく見てなかっただけなんですわ。あとで鮭入りのお握りをもってきますわ!いま!この!ピンクのレースのリボン付きのピンクの帽子も差し上げますわ!はいっ!お地蔵様に帽子をかぶせると、気のせいか少し表情が穏やかになった気がする。ドキドキしつつその場を離れ、岩場を歩くと、巨大な醜い人影が見えましたわ、水死体のような、青白く膨れて爛れた、丸い何かを大事そうに抱え、カオルさんを片手で捕まえている、巨大な白いワンピースの女性の影ですわ。プロジェクションマッピングですの?手が込んでますわ!

「マリ!!マリーー!カオルを、カオルを離すんだ!!」

「リョウーーー!助けてぇ~!!」

 巨大な人影にリョウさんがマリと呼び掛けてますわ。

「リョウさんですわ、展開が早いですわね!」

「ワタあシ…コノおオンナ…ユルせサナイ…アカチャンあが…ワタシの…カワわイイ」

 青い唇からぶちゅぶちゅと汚水と共に人外の言葉が漏れ出る。ほわ~リアルですわ~

「マリ!カオルは何もしてない!全部、俺が悪いんだ!!事故だったんだ!!元の…優しい、マリに!戻ってくれぇ!!頼む!!うぅ…!!」

 泣き崩れるリョウさん、迫真ですわ!

「リョウ!!お前何やってんだよ!?カオルまで失うつもりかよ!?」

 あ、ダイさんがログインしてきましたわ。相変わらず派手な花柄シャツですわ、昨日のとちょっと違いますわ!

「カオルさん!くっそ、この化け物め!」

 デンタさんも加勢に来ましたわ、マリと呼ばれた人影に殴りつけに行きましたわ、デンタさんはマリさんに思い入れが無いんですのね!けど、逆にクロスカウンターを食らいましたわ!つっよ!ふっとびましたわ!実体ですわね?着ぐるみですの?あれ、大きすぎません?

「ぐふぅ…」

「デンター!しっかり!」

「アイコ…俺じゃダメだった…」

 ショートヘアーのアイコと呼ばれた女性も乱入してきましたわ。

「マリのばかばか!こんな姿になって…ばかー!」

 なんて語彙力の無い娘なんですの、でも、その分純粋さを感じますわ。もらい泣きしそうですわ。

「セバスチャン、すごい仕込みですわ!あなたが考えたの?私感動しましたわ!」

「ローズお嬢様、恐れながら、私は何も仕込んでおりません」

「は?」

「あれは本物の怪異のようです…」

「え、劇団員じゃないんですの?」

「違いますねえ」

「違いますの?私てっきりそういうイベントかと…」

「デンタさんは骨が折れております。イベントならここでストップが掛かります。他のスタッフの気配もありませんので、純度100%怪異のようです」

「ん。ンンッわ、わか、判ってましたわ、私、最初から判ってましたとも!」

 顔の温度が上がっているのは陽気のせいだけではないようですわ。

「しかし、そうと判れば、 野 薔 薇 ロ ー ズ の 名 に 掛 け て ! ぶっ倒しますわ!」

「それでこそローズお嬢様です」

言うなりセバスチャンはアイアンメイデンサイズのトランクケースからずるりとデコにデコったピンクのリボンがチャームポイントのバトルアックスを取り出すと、私が受け取りやすいように、両手で掲げた。がっちりとバトルアックスを受け取り、岩場をジャンプして天高く舞い上がると白いワンピースの怪異を稲妻の如く真っ二つに引き裂いたのですわ!

「破ァーッ!!野薔薇流バトルアックス術!一の名「稲妻落とし」!!ですわー!」

「うわぁああ!?マリ!マリぃーーー!!」

「あぎゃあ……ああ、リョウ…リョウなのね…」

二つに割れた化け物の中から美しい女性が現れた。あれが本来のマリさんなんだろう、なんて美しいですわ。

「ごめんなさい、私…何も判らなくて…この子も…」

「いいんだ、いいんだ、マリ…もういいんだ…」

「リョウ…あの人と幸せになって…」

「そんなこと…、出来る訳ないだろ!帰ろう、マリ、一緒に、家に帰ろう、もう二度と離さない」

「ふふ、嘘をつく時、伏し目がちになるの、変わってないわね…」

「マリ…」

 リョウは優しくマリの黒髪を梳いて整え、震える指で生者のような、そのピンクの唇を撫で、しっかりとマリの目を見て誓いましたわ。

「また、来るよ…」

「ふふ、それは嘘じゃないのね…この子と待ってるわ…」

 波の音と共に、マリと腕の中の可愛らしい赤ん坊の体は白く輝き、泡のように消えてなくなった。リョウは何もない腕を抱きしめ、咆哮しましたわ。

「う、うわぁあああーーー!」

 開放されたカオルはリョウに駆け寄ろうとしたが、ダイに腕を掴まれましたわ。

「リョウ…」

「見るな!見るんじゃねえ!」

 ダイがカオルやデンタ、アイコ、私とセバスチャンをその場から追い払いましたわ。

「一人にさせてやれ…見せもんじゃねえんだよ」

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