第15話 一攫千金のチャンス?!

 待ちに待った開店の時間。

 約3時間の苦行を終え、やっとの思いで目的のネックレスが買えるのだ。涙が出て来たぞ?

 しかし、入店するにあたって一つの問題が浮かぶ。

 それはどうやって入店するかだ。

 店の大きさは過去に類を見ないほどの小ささ。米粒だと言っても良い。

 このまま足を一本踏み入れた瞬間、グチャって蟻を潰すような残酷な結果になるだろう。


「ねぇねぇアテス、これって入れるものなの?」

「はい。試しに足を一本踏み入れて見てください」

「え……このシル○ニアファミリーみたいやつに!?」

「何ですそれ」


 まあ知らんわな。

 しかし、幼児とか好きそうな可愛らしいデザインのこの家に足を入れるってなると、多少の勇気はいるものだ。

 「ひい、ひい、ふう」と呼吸を整えて、いざ!


「参ります!」

「……あっ」


 足を上げて、今かと踏み出しそうだった足を急停止させる。

 そして、油を刺してない機械のようにギギギとアテスの方に目を向けた。


「ねぇ、その『あっ』て言うのをやめてよ!何かまずいことをしてるって思うじゃん!」

「冗談ですよ、冗談。ささ、どうぞ中へ」

「むむむ、次はやめてよね」


 流石に2度目はないと願いたい。

 他のお客様だっておるのに、入るだけでチンタラしていると迷惑極まりない。

 「はぁ」とさっきまでの緊張は吹き飛び、僕は何の躊躇いもなく、その家に足を突っ込む。

 足が家に迫ろうとした瞬間、タンっと軽快に地面を踏む音が鳴り響く。


「あれ?」


 頭の中にハテナが浮かんだ。

 何かを潰した感覚はなく、高い位置から足を落としただけの音。

 足元を見れば普通の地面、そして視線を上に上げれば、さっきまではなかった巨大な建物が建造されていた。

 看板らしき物や、宝石のサンプル商品が並び、それが宝石店だと誇張しているようだ。

 じっくり眺めて、一つ気づいた点がある。

 それは、さっきまで見ていた模型とも呼べる小さな家にソックリだということ。

 何が起きたのか理解が及ばす、隣にいるアテスに尋ねる。


「ねぇ、アテス…て、うわぁ!」


 彼女は確かに隣にいる。

 だが、尺度を見れば、僕達は歪な形で見えること間違い無い。

 本来は僕と同じかちょい低いくらいの少女。

 だが、その少女は僕の何十倍もの大きさで、そこに佇んでいた。

 いつの間に身長が逆転したんだ!

 と言う冗談は置いといて、何がどうなってるのか、腕を組んで考える。

 上を見て、アテスがクスクスと笑っているのが見えた。

 僕の反応を見て楽しんでるなこのやろう。

 しかし、ここからのアングルは色々とダメな気がするぞ?

 アテスがスカートを履いていたら、パンツが丸見えの位置なんだよねー。残念だ。

 こうして見るていると、やっぱり実感せざる終えない。

 僕は小さくなっているんだと。

 まるで不思議な国に迷い込んだように、周りの景色は大きく、ドスンドスンと歩くたくさんの巨人。

 世界が世界なら、僕は捕食対象になりかねないよね?


「ふふふ、どうですか?この魔法の力は。宝磨たからまガラムスの醍醐味、お店に近づくだけで体が小さくなる」

「やっぱりそうなんだ」


 謎のドヤ顔をかましながら、アテスもお店に足をかけた瞬間、僕と同じくらいの大きさまで縮んだ。

 その一部始終を見させてもらったけど、徐々に小さくなるんじゃなくて、一瞬でこの大きさまで縮むんだな。面白い。


「どう言う原理なの?」

「それを説明するには時間がありません。また後日お話しします」


 それもそうか。

 勉強はいつでもできるけど、ネックレスは今しか買えない。そっちに意識を回さなきゃ。


「あ、そう言えば、ここには宝石以外にも他のことをやっているんですよ」


 扉の取手に手をかけたアテスは言う。


「リンさん、私を買った日のことは覚えてますか?」

「あー、うん、おーぼえてるよー」


 僕の数少ない黒歴史の一つである。

 思い出しただけで恥ずかしさと罪悪感の両方が込み上げてくる。


「そこであの男に渡した硬貨って持ってます?」

「……うん、ちょっとだけ」


 唯一と言っても良い、僕が持って来た……別に来たくて来たわけじゃないけど、カバンの中を弄る。

 覚えのある形を手がとらえ、引っ張り出す。

 手にしっかりと財布が握られて、中身を確認する。

 お小遣いをもらう前だったこともあって、紙幣の方は1枚程度、硬貨は大体500円くらいしか入ってなかった。

 浪費癖がない自分を褒めたい。


「では、もしかしたら、ここで交換できるかも知れませんね」

「え!ホント!?」

「可能性があるってだけです。だってここは鑑定もやっているので」


 そう言って、アテスは扉を開け放った。

 まだ朝なのに眩い光が僕の網膜を刺激する。

 何かの比喩ではない。本当に眩しいんだ!

 白を基調としてるが黄金のような輝きを放つ壁に、煌々とするシャンデリア。

 床は新品のようにピカピカで、スケートとかカーリングとか出来そうなほどスベスベだ。

 フロントには黒いスーツをピシッと着こなした、いかにもキャリアマン的な人達が「いらっしゃいませ」とお出迎えしてくれる。

 いかにも繁盛してますって感じの内装と雰囲気がムンムンと立ち込める。


「まずは目的の物を買いましょう」

「せ、せやな」


 流石の僕もこんなザ・ゴージャスなお店に入っては緊張が走る。

 関西人でもないのについ方言が出てしまう程には動揺している。

 元金持ちのボンボンでも、宝石店のような場所にはそうそう行かないものだ。

 そんな僕を尻目に平常心を保っているアテスはグングンと進んでいく。

 その頼もしい背中を追いかけ、カウンターの前に立って言う。


「限定商品の……スプリボルを1つください」

「かしこまりました」


 アテスはガラスのケースに入った商品を指差し、それを取り出すようお願いする。

 ケース越しから見る目的の物。やっとの思いで実物とご対面する。

 桜色に彩られたそれは本物と相違ないほどの美しい花びらを描き、散ることを知らない永遠の春を物語っていた。


「これで間違い無いでしょうか?」

「はい、これで大丈夫です。では、お支払いの方をお願いします」

「かしこまりました。スプリボルが一点で金額は銀貨は10枚となります」


 その瞬間、僕は首根っこを掴まれ、気づけばアテスの腕の中に収まっていた。

 一瞬の出来事で脳がバグり散らかしてるが、アテスは気にせず話をする。


「リンさんに質問です。現在の所持金は?」


 店員さんに聞こえない程度の小さい声で、耳元にウィスパーボイスアタックを炸裂させられる。

 ずっと聴いていたいけど、今はそんなことを考えている場合じゃない。


「えーっと、ミアちゃんから預かった銀貨5枚と……あっ」


 お、お金が足りない!

 僕のとは別の財布をガバッと広げれば、銅色のした丸いコインが数枚。

 唐揚げ弁当並の茶色との現実に向き合い、僕は天を仰ぐ。うお!眩し!


「ここは一旦、順番を逆にしましょう」

「ぎ、逆ってどう言う?」


 アテスはクルッとターンをして、店員さんと再び目を合わせる。


「あのー、どうなさいましたか?」

「はい、少々不手際がありまして、実はとある国のお金を換金し忘れてしまったのです」


 …!?


「ですので、お手数をおかけしますが、どうにか鑑定という形で換金できませんか?」


 こ、この女!平然と嘘をついて嫌がるぜ!

 ペラペラと流れるように口からの出まかせがよく思いつくな。尊敬……しちゃいけないね。

 それで貫けるか?


「そう言うことでしたら、どうぞ隣のカウンターへ。商品も一緒にお待ちしますのでゆっくりとやりましょう」


 ぶち抜けた。案外チョロい?いや、神対応ってヤツか!

 どこぞのマップに、星5のレビューをつけたくなるくらいに親切な対応。


「ふっふっふ、チョロいですね」


 コイツは迷惑客だな。なんなら、クレーマーよりタチが悪いかもしれない。

 その迷惑客の後ろについている僕はどうなるのって話になるけど……まあ取り巻きAってとこかな? 

 店員さんに案内され、隣のカウンターと近くにあった椅子に座らせてくれる。

 ゴミカスみたいなコンビが丁寧な接客されること自体が罪に思えてくる。


「ちょっと、ちょっとアテスさん?大丈夫なの」

「私にお任せください。詭弁で言いまくりますので」


 グッと親指を立てて、勝利を確信したような素晴らしい口角の上がり方だ。

 お面をしてるから見えづらいけど、多分ウインクもしているだろう。

 やっぱ不安しかないな。


「……たのもしーな(棒)」


 出来る限りの笑顔を繕い、彼女を煽てようとするけど本音が…。


「それではお客様がお持ちになった海外の硬貨をトレーの上に出してください」

「はい、コチラになります」


 「えっ」と声が漏れそうになった。

 コイツ!いつの間に僕のカバンから財布を奪ったんだ?!

 素早い窃盗、僕は見逃したね。

 その奪われた財布の中にあるお金達がチャラチャラと無造作に放り出される。


「これで全部でしょうか?」

「はい、これで大丈夫です。どうでしょうか?」

「……ふむふむ。綺麗な硬貨ですね」

「そうでしょう?まず目に入るのは硬貨に刻まれた彫刻。他の物を見るとわかりますが、全て同じように作れるほど精巧な技術力が垣間見えます」


 僕は何も言えない。だって、アテスのようにポンポン言葉が出ないからだ。

 ……なんか普通に見てるとつまらないから、プロレスのような実況を織り交ぜながら、見てみようと思う。

 おっと、まずはアテスの先制攻撃。

 共感してくれと言わんばかりの彫刻ベタ褒め作戦。

 一目見れば誰でもわかることを自慢げに言うことで、さも自分の物だとアピールをする!

 これについてどう思いますか?解説の僕。

 ここで重要なのは、何を書かれているか言わないことにあると思われます。

 何が書かれているかわからないとなれば、相手に不信感を与えることに繋がりますからね。


「確かに、一般的に流通している硬貨と比べてたら、その差は一目瞭然ですね」


 これには店員さんも同意せざるおえない。

 この世界の硬貨は僕が直で触って見てわかるほどの歪みと、不完全な彫刻が目立ちますからね。


「でも、この数字の意味はなんでしょうか?」


 しかし、ここで反撃。

 僕はアテスにそれの意味を伝えていない。

 どうでるか?


「それは……その硬貨の価値を示しているんです」


 カウンターが決まったー!

 僕の世界ではその認識で間違いない!

 まさか、この一瞬でその考えに至るほどの頭の回転の速さ。感服です!

 ここまではアテスが制する。


「しかし、不思議なのはこの側面。たくさんの溝が切られていますね。これは一体なぜ?特にこの100と刻まれた物は全て」

「えーっと、それは……し、識別の役割を担っているんですよ。そうですよね、リンさん?」


 うぉっと、急に僕に話をふらないでほしい。びっくりする。

 人の妄想に土足で踏み込むなんて……別にいいけど。

 まあこうやって実況をしてきたけど、本来は僕が説明すべきことだと思うのですよ。

 とは言え、どうして溝が切ってあるのかは僕は知らない。日本人で知っている人なんているのだろうか?

 だから、とりあえず話に乗っかっておく。


「確か、識別だったはずですね。すみません、聴いた覚えはありますけど、記憶が定かではありません」


 おや?僕意外といけるのでは?

 でも、罪悪感から口が余計なことを言いそうで怖い。これ以上はやめてくれ!

 

「へぇー、面白い判別方法ですね。でも、この10って彫られた物は更に特別に感じます。他のものはツルツルとされてますよ」


 瞬間、僕の思考は停止した。

 店員さんが手に持った10円玉を見る。

 そ、それは!僕のギザ10!

 財布の端っこの方にしまっていた隠れ財産がどうして!?

 しかし、この世界には何の価値のないただの硬貨。

 どうにかして取り戻さないと元の世界のギザ10が減ってしまう!


「えーっと、ですね…」

「ズバリ!国が建国して10周年に作られた特殊な硬貨です!」

「……なるほど」


 コイツ!創造力豊かすぎひんかー!?

 アテスの頭の回転力を侮っていた。

 流石のアテスも止まると思っていたが、想像を遥かに超えてきた。

 これじゃあ、僕はもう何も言えないじゃないか。


「ふーむ、希少性を鑑みるなら……全部で金貨1枚と言ったところでしょうか」

「……もう少し声を」

「すみません。厳しいかと」


 アテスは腕を組み悩む。

 僕からすると金貨1枚でもとんだ財産だ。

 無一文から、ちょいお金持ち程度。お年玉を貰ったばかりの小学生のように。


「どうしようか」

「……不躾で申し訳ないのですが、わたくしは一瞬見えました紙の方に興味を持ちました」

「…?紙?」


 それを聴いて、アテスは(僕の)財布の中を再度開く。

 一瞬で出てきたのは、おっさんの顔が印刷された1000円札。

 僕は「それは待ってほしい」と声が出そうになるのを飲み込む。

 唯一の千円札が売りに出されそうに!


「これは素晴らしい!書かれた絵の中に識別材としての役割を担っています」

「へ、へぇー……す、すごいでしょ?」


 アテスさん、あまり無茶しなくてもいいよ?

 繕った自慢げな顔は誰が見てもバレそうな程に引き攣っている。


「この絵に描かれた人は存じ上げませんが、数字を見ると価値は相当なのでしょう。緻密に書かれているのだから、これぐらいの価値は妥当だと思います」


 札四天王の中では最弱だけど。

 一万円札とか見せたら、卒倒するんじゃないかな?


「これだけなら、金貨1枚で交換できますけど、いかがなさいます?」


 究極の2択と言っても良いだろう。

 ギザ10を取るか、1000円札を取るか。

 ただ、ギザ10は元の世界の戻らないと価値がわからないって言うデメリットがある。

 ワンチャン、可能性を信じて残していたけど、実際は数百円にしかならない可能性だってある。

 なら既に価値が決まっている1000円札を取るか。

 こんなことなら、プライベート用と学校用とわけるべきではなかった。

 後悔先に立たず。ないことを考えても仕方ない。今を考えるんだ。

 100円とか10円とかは、もしかしたら金貨に変えられる可能性がある。アテスの前例があるわけだから。

 そうなると…。


「せ、千円札でお願いします」


 ガックリと項垂れながら答える。


「かしこまりました。では少々お待ちください」


 トレーに乗っかった千円札が店の奥に連れてかれる。

 今なら、育てていた牛が出荷されていく農家の人の気持ちが理解できそうだ。


「あのー、なんかすみません」

「……ううん、これもミアちゃんの為だもん。今は喜ぶ彼女の顔を思い浮かべようか」

「ありがとうございます」


 過ぎたことを悔いても仕方ない。

 嬉しいことを考えれば、そんな気持ちも吹き飛ぶはずだ。うん、吹き飛んだ。

 笑顔で喜んでいるミアちゃんの顔を思い浮かべれば元気が出た。

 しばらくして、トレーを持った店員が戻ってきた。


「お待たせしました。コチラが鑑定した結果の金貨1枚です」

「では、それを使って、そちらのネックレスを購入します」

「かしこまりました。スプリボルが一点で銀貨10枚。金貨でお支払いですので……銀貨90枚のおつりでございます」


 数秒の間で披露されたすごい早業。

 今更だけど、この世界にはレジ打ちなんてものはない。

 本当にアナログな方法で硬貨を数える。

 ただ、それを90枚と言う数をチャラチャラとアッサリ数えてしまった。

 銀行員が札をペラペラと数える作業を、硬貨に当てはめた感じだ。


「またのお越しをお待ちしております!」


 入り口の前まで見送られ、綺麗なお辞儀をしながら僕達と別れを告げる。

 正直、次も歓迎されるか甚だ疑問ではある。グラックリストに入ってないか不安だ。

 しかし、目的の物は手に入ったし、お財布も潤ったしで、万々歳の成果を上げた。


「さーって、前の街に戻ろうか!」

「そうですね。では、どうぞ」


 アテスは背中を僕に向け、その場でしゃがみ込む。

 これは……おんぶするってことか。

 僕はちょっと悩み、結局彼女の好意に甘えることにする。

 不安は残るけど、アテスがしたいと言っているのだから、それを尊重するべきだと学んだ。


「では、出発します」

「よし!進め!超人!」

「はっ倒しますよ」


 超人は東門に向かって走り出す。

 だが、僕達は知らなかった。

 城門を抜けた先で、まさかあんなことになるとは!

 ……て言うことを言っておけば、この先の旅が楽しいことになりそうだよね?

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