第14話 再会とはいつも不意に

 行列の出来る店ってのは、やっぱり開店前に並ぶところが多い。

 行列ガチ勢の人は、開店2時間以上前から並ぶことだってある。

 ただ、それだけ並ぶってことは、それだけの価値や魅力があるってことだ。


「……暇だねー」

「暇ですね」


 ただそれは、時間を潰せる何かがあることで出来る芸当である。

 だから、この待ち時間を過ごせる娯楽がないこの状況はあまりにもよろしくない!

 朝早くから並んでいるから眠くもなるし、足が棒のようだ。

 その場で足踏みとか、屈伸やら何か動かしていないとウズウズしてしまう。


「やっぱり交代して並んだほうが良かったかもですね」

「それはそれで寂しいから嫌だ!」

「……否定出来ないですね」


 流石のアテスも2時間という長い時間を1人で待つ気にはなれないらしい。

 しかも僕の場合、ここに並ぶのにちょっとした勇気と精神力が欲しかった。

 目的であるネックレスが売っている店がこんなに小さいとは誰が予想できようか。

 側から見たら、どこに並んでいるかわからない連中さ。

 周りの目が気になって仕方ない。


「そう言えばふと気になったのですが、リンさんって趣味とかってあるんですか?」

「えー、何かあるかな?」


 会話のない人の話題その2。気が紛れるから大好きだけど。

 腕を組んで、記憶を巡らせる。


「スッて出てこない辺り、ないと言っているような気がしますけど」

「ちょっと待ってよ。今作ってるから」

「いや、そんな簡単に作る物じゃないでしょ」

「うーん……あ、走ることが趣味かな」


 部活で毎日走っているから、実質趣味と言っても過言ではないはずだ。


「それって、以前話したブカツというやつの話じゃないですよね?」

「ちっ、バレたか」


 話すべきじゃなかった…。


「あ、後爪を切るのも趣味だよ」

「本当ですか?」

「常に深爪を意識しているさ」

「……友達いないんですね」

「ひど、僕の心は傷つきました」

「よしよし、友達のいない可哀想なリンさんには、ここで1人で待つ権利を上げましょう」

「拷問を与えてどうする!せめて慈悲をください!」

「いえいえ、主人には厳しくがモットーなので」

「僕達って友達だよね?」

「最近、世間の目が厳しいので」

「誰が見てんだよ」


 趣味の話から、何故僕が罵られることになったのか。

 実際、趣味と呼べるものは何もないけど。

 まあ色々とあって、何もさせてもらえなかったってのが原因だと思う。


「じゃあ逆に聞くけど、アテスは趣味ってあるの?」

「リンさんを観察し、記録することです」

「え、何?ストーカー?」

「ずっとそばにいますからね」

「怖いよ!僕こんなやつと一緒に過ごしてきたの?!すごいな!」

「まあ冗談ですけど」

「ふぅ、それはよかった」

「……半分だけ」

「聞き捨てならない言葉が聞こえましたけど」


 どこが本当か気になりはするけど、これ以上は踏み込まないでおく。ちょっと怖い。

 ……まあ悪い気はしないけどね。

 は!何を考えているんだ僕は!

 嬉しいだなんて思ってないはずだよね?!


「あ、おいアンタらあの時の奴じゃねーか」


 自分はそんな奴じゃないと自問自答している最中、何者から声をかけられる。ナンパか!?

 いや、まだ僕達と決まったわけじゃないし。

 そっと目を合わせない程度に視線をそっちの方に向けると、どこかで見た筋骨隆々の男が手を振っていた。

 見た瞬間に思い出す。

 忘れたくても忘れられない存在。

 僕達に冒険者の心得を教えてくれた人だ。

 名前は…。


「えーっと、名前なんでしたっけ?」

「お?そう言えば名乗ってなかったっけ?。俺の名はゴレイグ。久しぶりだな」

「僕は凛っていいます。お久しぶりです」


 ゴレイグさんはニカっと無邪気な笑顔をする。

 前に会った時は笑顔なんてない、冷血無常の(失礼)人だと思ったけど、この顔を見るとそんな雰囲気は全然感じられない。


「……私達に何のようですか?」


 おっと、アテスさんが臨戦モードに入ってるぞ。

 まるで虎に見つかった兎のように、警戒心を隠そうともしない。


「警戒しなくても、取って食おうって訳じゃないんだ。それに、この間の無礼をもう一度詫びたくてな」


 ゴレイグさんは人目もくれず頭を下げた。

 突然の行動。何の事情も知らない人から見ると、僕達が無理やり謝らせているように見られないか心配である。


「前はすまなかった。少し気が立っていたのもあって、君たちに当たってしまった」

「こ、こんなところで頭を下げないでくださいよ。僕達はもう気にしてませんから」


 頭を上げるように促すがやめない。

 僕が彼の頭を持ち上げようと手をかけても、ピクリともしなかった。


「リンさん、信用してはなりませんよ。何を企んでいるかわかりませんから」

「ちょ、アテスも許してあげなって!ほら、誰しも間違えはあるでしょ」


 顔が強張って、しばらく考える時間が生まれる。

 そして、アテスは口をへの字にした。


「……リンさんがそう言うなら、一旦矛は収めましょう。ただし、私はあまり良い気がしないので、そこだけは肝に銘じてください」


 拗ねた子供みたいにそっぽ向いて、視界からゴレイグさんを消した。なんか可愛いな。

 納得はしてない状態だけど、僕のわがままを聞いてくれてありがとう。アテス。

 それを見届けた後、僕はゴレイグさんに頭を上げるよう促す。


「ええっと、それでゴレイグさんは今日は何を?」

「見ての通り、今日はオフの日なんだ」


 男は両腕を広げて、自分の衣装を披露する。

 前会った時は胸当てや膝当てなど、自分の身を守る物を着けていたが、今回はタンクトップ1枚の軽装だ。


「後、アンタらと一緒でこの店に用があるんだ」

「てことは、限定のネックレスを買うんですね」

「ああ。妻の誕生日が近いからな。そのプレゼントを」

「それは素敵ですね!」


 照れくさそうに笑うゴレイグさん。そう言えば、息子もいるって言ってたっけ。

 息子さんはどういう人がわからないけど、仲睦まじそうで良いな。


「だが、これを見ると結構気が滅入るな」


 ゴレイグさんは僕達の後ろに並ぶ人だかりを見て、頭を抱える。


「まだ開店1時間前だと言うのに、めちゃくちゃ並んでいるじゃないか」

「あら、ホントだ」


 最後に見たのはほんの数十分前だけど、この数分でかなり人が増えた気がする。

 まあ前に並ぶ人からしたら、後ろなんて気にしないだろう。


「そして、その先頭に並んでいるアンタらは、一体いつからここにいるんだ?」

「確か、2時間前ですかね」

「はや!暇だっただろう?」

「早起きは三文の徳と言いますので」

「なんだそれは?」


 おや?世界にはことわざがないのかな?

 いやいや、元の世界だって多種多様な言語でことわざの1つや2つはザラにある。

 つまり、この世界のことわざ辞典的な物には載ってないってだけだ。

 同じ意味としては存在はするはずだ。

 まあ今は聞く気にならないので、後日アテス師匠に聞くとする。


「あまり気にしないでください。ちょっとした方言です」

「そうか。それにしても坊主」


 ゴレイグさんは僕の首に腕を回し、裸絞のようにグイッと体を寄せられる。

 そして、耳元でこっそりと話しかけられる。アテスには聞こえないように。


「お前はスゲーな。どうやって、あの美人を侍らせること出来たんだ?」

「いやー、アハハ。色々とあってね」


 実は買いましたなんて言ったら、僕の人生は終了間違いなし。用心しなきゃ。


「まあ何でも良いや、本題に入ろう」

「…?本題?」

「ああ、この前の出来事で俺達は顔見知りになったじゃねーか」


 出来事ってのは、僕達が初めてギルドに行って、軽く洗礼を受けた話だろう。


「そこであの嬢ちゃんに、めちゃくちゃに叱られたじゃんか」

「カッコよかったよねー」

「……んん!そのことでだが、何となくだけどあの嬢ちゃん、死地を経験してんじゃねーかって思ってな」

「死地?」


 戦場とかそう言う話だろうか?

 日常が死地とも言えるけど、それとはまた別の話っぽい。


「あの時に感じた剣幕……普通に生きていたらあんなに悍ましいモノにはならないはずだ」


 アテスの方をチラッと見る。

 後ろからでもわかるほどの綺麗な少女。

 容姿端麗、才色兼備、眉目秀麗。

 元の世界に存在する、美しさを意味する言葉をかき集め、具現化した存在。

 そんな子が何を見て来たのか、僕には想像しかねる。


「まあ過去は過去。憶測でしかないし、さっきのアンタらは幸せそうな顔をしていた。だから、杞憂だとは思うけどな」


 えっ、そんな顔してたの?お恥ずかしい。


「だが、一応は忠告しておく。一度壊れた心は完治することはない。継ぎ接ぎだらけで、少しでも触れば呆気なく壊れてしまう」

「……はぁ?」

「新しく作るしかないんだ。誰かと一緒に心の拠り所を模索するんだ」

「な、何の話ですか?」

「……何でもないさ。これからも仲良く過ごせよ!」


 親指を立てて、ニッコリと笑う。

 仲良くか……僕はアテスに無理を強いているのかもしれない。いや、実際そうなのだ。

 「過去は知らないから美しい」と、誰かが言った気がするが、僕は彼女の過去を知りたい。

 知っている。僕の選択が彼女を傷つけることぐらい。

 彼女の反応を見ていれば、誰にだって想像がつく。

 だからこそ知りたい。

 彼女が何を見て来たのか。


「ありがとうございます。肝に銘じておきます」

「まあ話半分でいいからな。所詮は他人に説教垂れた惨めな大人だからな」


 自分を卑下する乾いた笑い声をあげる。

 いやー、僕は助かったんだけどなー。

 アテスの手前、あまり目立って言うわけにはいかず。


「あ、そういえばもう1つ。これは2人に確認しておきたいんだが……重要なことなんだが良いか?」

「だってさ、アテスさん?」

「……耳だけなら」


 意思つえー。

 でも、「重要」って単語に反応したのか、一瞬コチラに向きそうになったのは見逃さなかったぞ!


「まあ簡潔に。アンタら西の城門から出る予定はあるか?」

「いえ、そのまま東門から出て、前の街に戻る予定です」


 ネックレスを買ったら、いち早くミアちゃんの元に駆けつけねばならぬ故、この街を観光している余裕がないのです。


「そうか。て言うのも、実は西門の方に魔物が多く出現しているとのことだ」

「そんなことが……結構あることなんですか?」

「たまにあるぐらいだ。まあ気をつけろよってことを言いたかったが、反対方向なら問題は無さそうだな」


 うーん、なんかその言い方だとフラグにしか聞こえないのだが。


「おっと、長話しすぎちまった。俺も並ばなきゃな」


 片手を上げ、「またな」と言いたげな感じに立ち去り、この長蛇の列の最後尾に並んだ。

 そして、途中で聞く耳をなくした少女が僕の方に向き直る。


「終わりました?」

「ちょうど終わったよ。すごい偶然だね」


 だが悪魔でも知らぬ存ぜぬの精神。(出来てない)

 どこまで聞いていたのかは知らないが、序盤あたりで聞く耳を無くしたことは想像できる。

 多分、「西の城門から出る」までは聞いてたと思う。


「何か大変なことになってるらしいよ」

「ザックリしすぎですよ。まあ私達は西の方に行く予定がないので、別に気にしないですけど」


 どうだい?聞いた言葉の断片だけを切り取って、理解したように見せかける。

 内容を一切理解してない人の常套句だよ。僕もたまにやる。


「て言うか、まだ1時間もここで待たないといけないのかー」


 後1時間と考えるか、1時間しかないと考えるかで人の心持ちは変わってくる。

 僕はもちろん前者である。

 正直もう、立ったまま眠れるんじゃないかってほど瞼が重くなって来ているのだ。


「頑張ってください。ちょっと近くある喫茶店できゅ……偵察しに行って来ますので」

「……あー、その役なら僕に任せて。小一時間ぐらいで帰ってくるから」

「いえいえ、主人にそんな手間を取らせるわけにはいきませんよ。ほら、毒とか盛られてたら大変じゃないですか」

「メガネをかけた少年がいない限りそんな状況はあり得ないよ!」

「誰ですかそいつ。そもそもリンさんはメニューを読めるのですか?」

「言葉が通じるのなら、店員さんにお任せすれば良いじゃん」

「それだけの対人能力があれば、友達の1人や2人は出来たんじゃないですか?」

「あ、今バカにした!もう帰る!」

「その手には乗りません!」


 ガシッと腕を掴まれ、逃げる力を奪われる。

 ちくしょう!僕の名演技を見破るとは。


「……そろそろ、この不毛な争いはやめましょうか」

「そうしたいのは山々だけど、不毛な争いをしてないと気が狂いそうだよ」


 2時間も同じ景色で、座ることもなければ休むこともない。

 まるで夢の国のアトラクションを待つような感覚だ。何ならあれよりも辛いかも。

 アテスとの会話は楽しいけど、疲れのせいで話す内容も薄くなっていく。


「なら、もっとポップな話題にしましょうか」

「何?脱税の話でもする?」

「脳みそ反対になってるんじゃないですか?」

「ひどい……またバカにした」

「酷いのはリンさんの演技の方です」


 くっ、泣き落としでもダメか!


「はぁ、ですが少しだけ気が紛れましたね」

「それはそう」


 てな具合で、僕達は罵り合いやおふざけを何回か繰り返している。

 何故かこれが1番効果があるけど、決して喧嘩をしているわけではないので悪しからず。

 そんな感じで僕達は時が経過するのを従順に待つ。

 そして、ついに開店の時が来た!

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