第13.5話 野宿での一幕

 さあって、待ちに待った就寝時間です!

 野宿初心者の僕にとってはキャンプと何が違うの?って状態だ。

 明確に違いがあるとするならテントの有無。

 キャンプはテントで寝泊まりするイメージで、野宿は外で寝るイメージだ。

 羽織るものすらなく、野風に晒されて体が冷え込む。そんな感じだ。

 日が隠れていく姿を見て、「野宿するんだー」とその実感が湧いて出てくる。


「それでは野宿において、重要な点をいくつか抜粋しましょう」

「いえーい!ドンドンパフパフ!」


 野に放たれたチワワだと言うのに、緊張感のカケラもない人が1人。

 謎の盛り上げ要員によって少しは場が和んだところで、アテス師匠が丁寧に説明をする。


「まず注意すべきは魔物との遭遇です」

「夜でもやっぱり動くものなの?」

「流石に全部ではないですけど、夜行性の魔物は少なからず存在します」

「へぇー」


 フクロウとか猫のような魔物がいるのかな?

 動物に近い存在だし、あり得なくはないのか。


「本題戻ります。魔物との遭遇を回避するためには見張りを立てることが重要になってきます。奴らコチラが寝ていようと関係なく襲ってきますからね」

「つまり夜這いされるってことか!」

「……ですので、交代しながら見張りをするのが定石です」

「なるほど、交代勤務ってことか!」

「はぁ、そうですよー」


 何故呆れる?真剣に聞いていたつもりだったのに、何が気に食わなかったのか。

 ちゃんと覚えられるようにわかりやすい解釈を言ったつもりなんだけどな。


「そもそもだけど、何で街に行かなかったの?アテスがその気なら、今日中に辿り着いたよね?」


 アテスに抱えられて、森を駆け抜けた時すぐに理解した。

 本気で向かえば、数分で到着することが可能だったと。

 だから、気になった。何故危険な道を通ってまで歩いて向かったのか。


「……やはり気づいていましたか」

「当たり前だよ。アテスとどれだけ過ごしたと思ってるの」

「たかだか1週間程度ですけど」

「いーや、実質1年だね」

「どんな理屈ですか」


 ちょっと盛り過ぎたかもだけど、体感的にはそれぐらい長く感じる。

 1日1日が濃いせいかな?


「とにかく、どうして行かなかったの?」

「……今後のため……ですかね」


 アテスの顔に影が刺さる。どうやら日が完全に沈んだようだ。

 「あっ」とお互いに目を合わせ、慌てて火を起こしを始める。

 ライターのような火が出るものはなく、原始的な方法でしか火を起こす術がない。

 木と木を擦り合わせる。まさかこんなことをする日が来るとは。


「……何をやってるんですか?」

「頑張って火を起こしています」


 おや、そんなことも知らないのかい?

 ふっふっふ、ここは華麗に火を起こして、彼女を見返してやろう!

 ゴシゴシと懸命に擦る。

 ……が全然つかない。何故だー!

 テレビで見た時は簡単そうだったけど、実際にやってみると火種さえ出来ない。


「何がいけないんだろう」

「あの……頑張ってるところ申し訳ないのですが」

「ん?どした?」

「魔法を使えば良いんじゃないですか?」

「あっ」


 アテスに言われて思い出す。元の世界にはない超常的な力。

 普段使わないから忘れていたけど、今の僕には魔法という最強の力があるのだ。

 ふふふ、どうやら間抜けは見つかったようだね。……僕のことだけど。

 ただ、僕はまだ魔法をうまく扱えないので、ここはプロフェッショナルに任せる。


「アテス様?差し支えなければ、コチラに火をつけていただければと」

「ふふ、わかりました。では、少し避けてください」


 そう言われて、僕はアテスの後ろに隠れる。やり過ぎじゃないかって?念のためさ。

 暗闇の野原に一つの炎が現れる。

 それは月の光のように僕達を照らし、コンサートのペンライトを彷彿とさせる美しさがあった。

 その炎を円錐状に組み立てた枝にそっと火を宿していく。


「……これで焚き火の方は終了です」

「はや」


 ほんの数秒の出来事。だけど、全てのことがスローに見えた。

 慣れた手つきだが、1つ1つの動作に美しさと気品を感じて、彼女の育ちの良さを垣間見た。

 やっぱりどこかのお嬢様だったのかな?って思うけど、お嬢様なら野宿なんてしないよね。


「こういうことって何度かあるの?」

「……はい。あの時は……いえ、これはやめておきましょう」

「……どうして?」

「少し嫌な思い出なので」


 「ふふふ」と笑うが、昔を懐かしむ感じではなく、自嘲するような乾いた笑い。

 寂しさを隠すために、笑顔を取り繕っている子供のようだ。

 僕に隠し事があるように、彼女にだって隠し事はある。

 もっと知りたいと思っても、彼女の生い立ちや今までを聞けないでいる。

 それに僕のことも待ってくれてる。

 だから迷う。このまま踏み込んでも良いのかと。

 僕は対等な関係を望む。だからこそフェアではない選択はしない。


「……わかった。僕も待つよ。アテスが話してくれる日まで」

「……はい……ありがとうございます」


 僕達は生まれも育ちも違う。なのに、どこか似た境遇を感じる。

 細い糸を掴むような感覚だけど、それは僕達を惹きつけた1つの要因なのは確かだ。

 友達として見れば重い感情かもしれない。

 でも、この世界よりも大事だと思える存在と一緒にいたいのだから、何も間違っていないと信じている。


「それでさっきの話に戻るけど、今後のためってどういうこと?」


 元々、その話をする予定だったが、日が暮れたせいで(日は悪くない)中断してしまったのだ。


「そう言えば、そういう話でしたね」


 僕達は夕食の準備をしながら会話をする。

 準備と言っても、そこら辺で取った果物とか、貰った食材をテキトーに炒めるだけだ。

 やっぱりと言うべきか、アテスは料理も一応は出来ようだ。

 料理スキル皆無の僕にとってはありがたい。盛り付けは任せろ。


「簡単に申しますと、旅に慣れて欲しいのです」

「旅に慣れる?」

「これからこういう旅が多くなると思います。山や森を自分の足で歩き、次の街へ向かう。何日かかるかわからない長い旅になる可能性があります」

「だから、少しでも体を慣れさせておく必要があると?」


 確かに、急に体を動かすと怪我をするリスクが高くなる。

 それと同じように旅も慣れてないと……まあダメってことだ。


「そうです。本日は少しアクシデントがあった為に、リンさんをおんぶして森を抜けましたが、今度からはそういうのも避けようかと」

「でも、結構余裕があったよね?何で好ましくないの?」


 旅に慣れるってのは理解したけど、それなら少しでも速く街に着けば良いとも考えた。

 アテスにおんぶされた状態で走れば、多分だけど1日で街に着くんじゃなかろうかってね。


「それは私の魔力が持たないからです」

「え、何故魔力?」

「まだ説明してませんでしたね」


 アテスは夕食の支度を一時中断して、近くにある木のそばに立つ。


「質問です。リンさんはこの木を素手で切ることは可能ですか?」

「いやいや、逆に手が砕け散るよ」


 そんな芸当が出来るのは某格闘漫画の世界か、グルメの世界だけで十分だ。


「ですよね。私だって同じです。でも、あることをすれば、それは可能になるんです」


 アテスは手刀を作り、横に薙ぎ払う。

 「うわっ」と僕は思わず目を伏せた。

 いったーと心で叫ぶ。想像するだけで痛みが走る。

 何故?どうして?と思いがけない行動に疑問ばかりが浮かぶ。

 彼女の安否を確認する為に恐る恐る目を開ける。

 アテスの手刀は外れたのか、さっきの位置とは逆の方にあった。

 よかったと胸を撫で下ろすと、メキッと何かが折れるような音が鳴る。


「え!なになに?!」

「離れてください。倒れますよ」


 アテスは木に手を添え、軽く押すとバキッと斜めにズレた。

 そのまま重力に従い、地面に崩れ落ちる。

 瞬時に理解する。

 彼女の手刀は外れたのではない。切り裂いたのだ。

 刀で竹をスパッと斬るように、意図も容易く行われた作法。

 空いた口が塞がらないとはこのことだ。

 それに残った切り株と倒れた木の断面を見ると、工具を使ったように綺麗だった。


「どうです?スゴイでしょ?」


 お手本のようなめっちゃ良いドヤ顔が鼻につくが、実際すごいのだから何も言えない。


「トリック……いや魔法?」

「あながち間違えではないです。正確にいうと、魔力による身体強化です」

「マリョクニヨルシンタイキョウカ?」


 また呪文のような言葉が出てきた。


「なんて言えば良いでしょう。……流れる水を一箇所に集めて……思いっきり殴るみたいな」

「急に物騒だな!」

「いやホント、こればかりは感覚なので説明し辛いんです」


 まあ何となくはわかった……と思う。そうでありたい。

 僕なりの解釈を入れると、流れる魔力を体の一点に集めて、ドーン!て殴る感じかな?……多分合ってる。


「そこそこ使っている場面はあります。例えば、リンさんと初めて会った日の夜。宿屋を探す為に人様の屋根の上に乗った時もそうです」

「あー、あれか」


 大勢の人に追いかけられて、どうしようかと脳内を巡らせていた時に起きた出来事。

 アレって逃げる為にやったのかと思ったけどちゃうんや。


「他にもギルドでデッカい人を投げた時や、朝走った時ですかね」

「結構使ってるね。そんなに便利な……力なんだね」


 名前を覚えられないのでテキトーに誤魔化す。

 しかし、異世界のことを知れば知るほど、謎多き世界だと思う。

 もし元の世界で使えるなら、オリンピックの全競技総なめだ。一瞬で金持ちさ。


「でも、欠点が」

「ほほう」

「魔力の消費自体は少ないですが、身体に負荷がかかるんです」

「……何それ」


 それを聞いて血の気が引いた。

 どれほどの負荷は知らない。

 でも結局、体をぶっ壊しながら、便利な力を使うことには変わりない。

 しかし、一瞬でその思考を振り払い、一つの考えが浮かぶ。

 魔法は代償……取引なのではと。

 大きな力を使う為には、それなりの物を与えなければならない。

 魔法も魔力という代償を得て、やっと使えるようになる。

 お金を払って、商品を買うような感じだ。


「ですが、私はそこに自己修復の魔法を上乗せして、魔力が切れるまで身体強化を行使できるようにしました」


 今度は罪悪感が湧き出てくる。

 彼女にお願いしたことを思い返すと、外道の何者でもない。クソ野郎だ。

 その力を使って彼女に痛い思いをさせて、僕が楽な思いをするのが許せなかった。


「……ねぇ、アテス。今度からはそういうのは早くに言ってね」

「そうですね。しかし、リンさんにはまだ早いと」

「そうじゃなくて、アテスが傷ついてその力を使っていたことだよ」


 夕食の準備に戻る彼女に言う。

 一体何を言ってるんだ?っと頭の上にハテナが浮かびそうな表情をした後、笑いかけてくれる。


「そんなに心配しなくても、大きなダメージは負っていませんよ」


 赤子をあやすような心地の良い声色。

 むむ、この感じわかってないな。これ。


「僕が言いたいのは、アテス自身を大切にして欲しいってこと」

「…………わかってますよ。リンさんは優しいですから」

「違う!僕は関係ないの!ただ、アテス自身が……嫌だって思ったことは言って欲しいの。その……友達だから」


 何を言えば良いかゴッチャになって、結果的に何を言いたかったのか分からなくなってしまった。恥ずかしい。


「ふふ、本当に優しいですね。でもご安心を。私はずっとやりたいと思ったことを実行しています。それが結果的にリンのためになっているだけです」

「……ほんと?」

「……はい。だから、泣きそうな顔をしないで」

「そ、そんな顔してないよ!」


 泣いてないけど、一応目元を拭う。泣いてないからね!

 それよりも夕食の準備をしなくちゃ!

 プロ顔負けの最高の盛り付け見せたる。

 予定外の勉強会をしつつも、夕食の準備は順調に行われて、時間通りには終わった。


「……何ですか、これ?」

「えー、僕が盛り付けたプレートだよ」

「なんか……残飯の山にしかみえないのですが」

「ひどーい!頑張ったのに!」


 僕も一瞬思ったけども。

 脳内で構想を練って、しっかりとその通りに出来たと思っていた。

 しかし、蓋を開けて見ればただの山。

 サラダバーとかでよく、山のように野菜を添えている人がいるじゃん?あれよ。

 ビジュアル面には問題はあるけど、味は変わらないから大丈夫でしょう。

 多少の文句は聞き入れる所存だ。

 とは言っても人間、お腹が空いていれば何でも美味しいわけで、何も言わずに平らげる。

 満腹の腹をさすり、うまかった料理の余韻に浸る。


「それでは、リンさんは寝てください」


 …がその暇もなく、アテスは寝るよう促す。


「ええー、夜はこれからだよ」

「ダメです。先ほども申したように、夜は交代で見張りを立てなければなりません」

「むー、そうだけどさ」


 1人で寝るのはなんか寂しい。あ、じゃあこうすれば良いのか。

 天才的な発想を思いついた僕は彼女の、アテスの側に座る。


「アテスの肩借りよ」

「嫌です」

「ぎゅー」


 彼女の腕に抱きつき、そのまま肩に頭を乗せる。ドラマでよく見るやつだ。


「……ちゃんと嫌だと伝えたのですが」

「えへへ」

「笑って誤魔化さないでください」


 悪態はつくけど、何だかんだ受け入れてくれるアテス。大好きやで。

 力を抜いて、完全にアテスの体に身を任せる。

 邪魔になっている自覚はある。

 だけど、今は彼女に甘えたい気分なのだ。


「……ふぁー」


 人体温とは不思議で、直で感じると段々と瞼が重くなってくる。

 どれくらい寝ていられるだろうか?

 でも、アテスが起こしてくれると信じ、僕は深い眠りにつく。

 しかし、僕が起こされることはなかった。

 気づけば朝日が昇り、僕達へこんにちわしていた。

 アテスは!と慌てて横を見ると、気持ちよさそうに寝息を立てている彼女の姿があった。

 ヤバ、見張りをしないと。

 既に朝だから、あまり意味はないと思うが、一応周りを確認する。

 すると、陽に照らされて、キラキラと光る何かを見つけた。

 そいつに触るとピンってギターの弦のように弾いた。

 「あ、これ罠だ」って気づいた時にはもう遅い。

 だって、僕が触ってしまったのだから。

 バッ!とアテスが目覚め、その場から立ち上がり、剣を構えた。


「魔物ですか?」

「……僕です」


 犯人は大人しく手を上げる。

 しばらくの静寂が続き、アテスは再び眠りについた。

 倒れそうになる少女を支える。

 夜遅くまで見張っていたせいか、一気に気を張ったせいか、あるいはその両方か。

 アテスはまた可愛らしい寝息を立てて、僕の腕の中で眠っている。

 昨夜、頑張ってくれた少女を起こす気はない。

 このまま自然に起きるまで、僕もゆっくりと日の光を浴びることにする。

 ……今日も良い天気だ。

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