第13話 旅の疲れにご褒美を
人生初の野宿を体験し、やっとの思いで新しい街に着いた。(ほとんど抱っこだったけど)
前の街と比べると小さく、城門も僕の背丈の2倍程度。
だけど、街の賑わいはどちらも比べ物にならないほど騒がしく、元気の良さを魅せつけてくれる。
まだお昼前なのに人々の活気は日本では見られない光景だろう。
だが申し訳ないけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
まずここに街へ着いたらやりたいことリストがあったとしよう。
買い物やら、やりたい事とかを1つずつ箇条書きで書いていく。
その箇条書きで書かれたリストの1番上にはぜっっっったいにお風呂に入ると明記されているはずだ。
「ではまず」
「ホテルを探すんだね!」
親に「好きなの1つ買っても良いよ」って言われた子供のようにはしゃぐ僕。
この汗でベッタベタになったこの体を今すぐに洗い流し、フッカフカのベッドの上でぐっすりと寝たい。
1日お風呂に入らなかったのは今回が初めてで、まさかこんな気持ち悪い感覚だとは思わなかった。
てことで早く、探そう!
アテスの確認を取らず歩き出そうとするが、ズキっと足首が悲鳴を上げる。
「いったー」
「まだ応急措置しかしてないので無茶してはダメですよ」
そういえば足を挫いてたっけ。
やれやれとアテスにおんぶされて、街の中を闊歩する。歩はしてないけど。
「まずは病院ですね」
「え!やだ!」
「暴れないの。子供じゃないんだし」
「子供です!」
「潔いと腹が立ちますね」
彼女の背中でバタバタと足を動かす。
だが足を拘束する腕は緩むことなく、グググっと力がこもっている。
そして…。
「これ以上暴れなら、足をへし折りますよ」
「……はい」
あ、これマジの奴だ。
優しい口調とは正反対な脅し文句を言われ、大人しく従うことにした。
無理して体を壊すのはダメだって理解してるよ。見てきたらから。
じゃあ、何が嫌なのか。
病院という響きが怖いからだ!
生まれてこの方、病院に行ったという記憶がないほどに健康優良で、体を無理をさせ続けても大事に扱ってきた。
だから、病院=手術みたいなイメージが定着していて怖いのだ。
「そんなに怖がらなくても、足首に包帯を巻いて固定する程度だと思いますよ」
「ほ、本当に?お腹を開いたりしない?」
「足の怪我なのに何故腹を切るんですか」
「あ!確かに」
「……なんですか?脳みそでも溶けたんですか?」
「えぇ!僕の脳みそ溶けちゃったの!?」
「はいはい、そうですね」
「無視しないでよー。アテスさんよー」
酔っ払ったオッサンみたいなやろうがいる。僕です。
むにゅむにゅとほっぺたをつねったりして、彼女の気を引こうとする。子供のように。
それにしてもほっぺたやわらっか!
何これ!赤ちゃんのほっぺたみたいにモッチモチじゃん!ずっと触っていたくなる心地よさがある。
でも、それを許さないのが持ち主。
鋭い眼光で睨みつけられ、そっと肩に手を置き直した。
「そ、それでどこに病院があるかわかるの?」
「まあ大体、同じような場所にあると思いますけど」
そういう彼女は確かに、迷いなく初見の街を歩いている。
誰かに道を聞くわけでもなく、地図のような案内板的な物を見るわけでもなく淡々と歩いて行く。
「あ、多分あれです」
「ああー、うん。そうっぽいね」
……うん、アレは病院だね。
僕でさえ一目でわかるほどに見たことのあるロゴ、あるいはマークっていえば良いのかな?
病院の象徴である十字に描かれた赤い模様は親近感さえ湧いて来る。
ちなみに昔、アレをとある軍のマークだと勘違いしていた時期があった。ごめんなさい。
大きさは元の世界のように大きくなく、無料診療所みたいにちっちゃな建物だ。
でも近づけば、外まで響くほど騒々しい物音が鳴り、中に入るのを躊躇わせる。
忙しいのかな?よし帰ろう。
アテスの肩をトントンと叩き、帰ろう(どこかは知らんが)と意思表示をする。
だが、僕にその権利はない。
まるで居酒屋に入るように
案の定、ドタバタと看護師達が慌てふためく状態だった。
そして、そのうちの1人が僕達に気づき声をかける。
「あ、患者の方ですか。今すぐ案内しますのでこちらへ」
受付も何もしてないのに「どうぞどうぞ」と奥へ案内される。これが顔パスか…。(違う)
病院といえば、たくさんの部屋が並んでいるイメージだったが、僕が今見ている光景は異常だと病院初心者でもわかる。
道の左右には何かを隠すように白いカーテンで覆われて、看護師達が出入りする様子が見られる。
みんな慌ただしく、駆け込み乗車みたいに中に入っては出て、別の場所に向かっては入っては出ている。
目の前を歩く看護師もそうだ。
周りを気にして、すぐにでも駆けつけたそうにしている。
やがて道を進んだ先に1つだけ部屋があるのを発見して、その中に入るように言われる。
「ここで少々お待ちください。時期に先生が来ますかラ」
最後の言葉を言い切る前に扉を閉めた。なんだろうこの罪悪感。
めっちゃ忙しい時に来てしまった!
ただの捻挫ごときで手間をかけさせて申し訳ないです。
そして、1分も経たないうちに、先生と思しきボサボサ頭の女医が出てきた。
「わあぁ、待たせてごめんね」
「い、いえ……お忙しそうですね」
「ちょっとね。色々と問題があって、怪我人が多く出ちゃったんだ。まあ気にしないで」
可愛らしくウィンクをしてますけど、すごい気にしますよ!
「それで君は何があったの?」
「ちょっと足を捻挫してしまって」
「な、なんとそれはお気の毒に。すぐ手術をしますね」
……おや?
「え?あの、ちょっと?」
「安心してください、こう見えてメスの使い方は一流なんですよ」
そう言ってメスの刃をスーッと触る。いや、怖いんだが!
先生は錯乱している様子。多分疲れているのだ。
「先生!」
「おお、そうだ言ってやれ」
「リンさんの病気は治るんでしょうか?!」
「ちょっとアテスさん!?話に乗っからないでもらえます!?」
誰だ!これを捻挫って言った奴!
お前が乗ると話がややこしくなるだろ!
「少し厳しい手術になるわ」
「そんな……悔しいですが、私にはどうすることも出来ません」
「あのー、捻挫なんですけど!」
「それでは私は外で待ってますから」
泣く演技をしながら部屋から出て行こうとする。プロの女優さんみたいだー。
それに気を取られていると、腕を思いっきり掴まれて奥の方に連れてかれそうになる。
「さあ、早くこちらへ!」
「えぇ!ちょ、助けて!アテえもん!」
「誰ですかそいつ。まあ、そろそろ止めないとヤバいことになりそうですね」
そう言って、女医さんの手首を掴み上げお話をする。
耳打ちで聞こえないけど、女医さんの顔が段々と青ざめていくのが見てわかる。面白い変化だ。
「申し訳ございません!とんだ勘違いを」
強風が吹きそうなほど勢いよく頭を下げた。
「あ、あはは、間違いは誰にでもありますし」
気にしないでと手を振る。
許さないと土下座をしかねない。
でも、ちゃんと捻挫って伝えたつもりなんだけどな。
もう2度と病院には行かないと決心する。
「ずっと手術ばっかだったので、またそれ関係の患者かと先入観が」
「そーなんですね」
それで手術されそうになったの!?僕!
ヤバすぎでしょ医者。絶対にならんわ。
悪態をつきながらも適切な処置を受ける。
足に包帯を巻いて固定。それだけのこと。
これで一安心。
「改めてお詫びを申し上げます」
「いえ、もう少しハッキリと伝えればよかったですね」
「つきましては本日の診察料は無料にさせてもらいます」
「そんな悪いですよ」
「いえいえ、気にしないでください。そもそも会計している暇もないので」
女医さんの目からハイライトが消えたのが見えた。
あ、これは大人しく善意を受けたほうが良さそうだ。……善意なのかなー?
「それではまたのご来店を」
「はい」
お互い小さく手を振る。うん、2度と来ないかな。
しかも、病院なんてあまり来るもんじゃないでしょ。多分。
一悶着?があったけど、とりあえず僕の怪我はこれで安泰だろう。
病院から出て、今度は僕の足で街の中を歩く。
「ねぇねぇ、今度こそホテルを探すんだよね」
「そうですよ。とは言っても、お泊まりは今日ぐらいですけど」
「あ、そうか」
僕達がここに来た目的はミアちゃんの依頼をこなすためだ。
明日の朝、
「だからと言って、ホテル選びは慎重にやらなくちゃね。お風呂とかお風呂とか、あるいはお風呂とかがないとダメだ!」
「すごい強調しますね。せめて料金の方を気にしてくださいよ。お気持ちは察しますけど」
彼女だって汗で身体中ベタベタのはずだ。
時折、自身の匂いを気にする様子を見せる。そんなに匂わないけどな。
「てな訳で、お昼までにホテルをーさーがそーう!」
「タイムリミットは30分。頑張ってください」
「……まじぇ?」
時計は持っていないはずだけど、何故時間がわかる。体内時計か?僕にも備えろ!
確かに、そう言われるとお腹も空いてきたし、惰眠を貪りたい欲が出てきたな。
「急ごう」
「あ、走ってはダメですよ」
「わ、わかってるよ」
僕もそこまで愚かではない。ならどうするか。決まっている。
十八番(今考えた)の1番、競歩だ!
学校で廊下を走るなって言われて極めた最速の歩きをとくと見よ!
「……いたーい」
「ほれ見たことか」
結局、おんぶスタイルに戻り、アテスの匂いを堪能出来る位置に落ち着いた。
そして、現在の場所から1番近いホテルに身を置くことにした。
問題のお風呂は完備されていて。しかも部屋に1つ!運が良い。
これで銀貨3枚だってよ。なんて安さだ。……全財産無くなったけど。
アテスでさえこめかみを摘んだ。
残ったお金はミアちゃんから貰った銀貨5枚と銅貨数枚。ちょっと……いや、かなりヤバい。
キアラちゃんのとこが如何に低価格だったのかがわかる。円で言うと、千円と三千円ぐらいの差だ。
だけど、背に腹は変えられぬ。
僕はこの選択を後悔しない!
お風呂に入って、昼食をいただき、ガラムスの下調べをする。
アテスに街の中を運ばれ、しばらくして足を止めた。
「ここですね」
「……何もないけど」
左右を見渡しても、それっぽいお店らしい姿は何もない。煉瓦造りの家ばかりだ。
答え合わせをするようにアテスは指を刺す。
その瞬間、大体理解したと思いたい。
「ほうほう、ここが例の」
商品サンプルをマジマジと見ながら、お店の大きさに驚愕する。
「素晴らしいでしょ?知る人ぞ知る、隠れた名店と名高い宝石店なんですよ」
「いや、名店の時点で隠れてないのでは?」
「しかし、見つけるのは困難と思われますが」
「確かにね。だってここ、一度通り過ぎたからね」
何なら踏み潰す可能性だってある。
宝石店だと聞いて、みんなはどんなのを思い浮かべるだろうか?
それはもう、ショッピングモール内にあるフードコーナーのようにサンプルが置いてあり、見るものをそそらせるような感じだと思う。
しかし、今目の前にあるお店は、そんなことを一切考えてないほどの小さい店。
誰がこん中に入れるの?ってほどだ。
見ているサンプルも人が着けるような大きさには見えない。
「場所は覚えましたか?」
「うん、大体ね」
正直、お店ではなく、その周りの風景で覚えるしかない。だって、よく見ないと見えないんだから。
まあ多分、アテスさんが一緒に行ってくれるから大丈夫でしょう!
僕達はそのままホテルに戻る。
遊ばないのかって?金がねーから無理だよ!
明日に備えて、僕達は早めに床に就いた。
お金のことはまた次の機会に考えよう。
今はいい夢を見れますように。
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