第12話 いざ今度こそ新天地へ
さて、準備が整ったわけでいざ出発!
と意気込んで西の城門から出て、早数分。
僕達は今、森の中を歩いていた。
いや、森というか山と言いますか。
とにかく傾斜があって、足元の石もゴツゴツとして歩きづらい場所を進んでいる。
「アテスー、本当にこの道であってるのー?」
「方向で言えばあっています」
「あの……道は?」
「……距離で言えば最短ですよ」
「うん、近道をしてるってことはわかった。で、この道の安全性は?」
「10人歩けば9人くらいは何かしらの怪我を負います」
「……大丈夫じゃないね」
「私がそばにいますよ」
「何故それを言う!?絶対今使う場面じゃないでしょ!」
僕が1番印象に残っている名台詞を何故ここで言う?
何?名台詞のバーゲンセール中?
「落ち着いて。まずは理由を聞いてください」
「……はい」
と言っても、前を歩くアテスは歩みを止めることなく、後ろにいる僕に話を始める。
彼女、意外と速いから少しでも遅れると離れてしまう。根性論で解決すべし。
「まず1番まずいのはどんな状況ですか?」
「うーん、怪我して動けなくなること?」
「それは一旦置いといて、他にないですか?」
「正解じゃん」
お望みの回答ではなかったらしい。
何故、正解を置いとかれたのか理解に苦しむけど、他に考えろって言われてもなー。
「正解は夜に森の中で野宿することです」
「言われてみればそうだね」
確か、前の街から今向かっている街まで半日掛かるって言ってたね。
今は正午過ぎ。日を跨ぐことは確実。
魔物は昼夜問わず行動する。
特に森のような、前後左右見渡しにくい場所では……ヤバいぜ。
「明日に出発してもよかったですけど、道中、何が起こるかわかりません。到着日時とズレるのは避けたいと思い、今日にしました」
期限は明後日。
限定商品だから、個数がわからない以上、日付を1日でもズレたら、売り切れてしまう可能性だってある。
そうなるとミアちゃんが悲しむ結果になる。
うぅ、心が痛い。僕の妹(他人)が泣くなんて。誠に遺憾だ!
「だから出来る限り、今日中には森を抜けたいんです」
「その結果がこの道ってこと?」
「私の計算によると、何も起こらなければ今日の夕方には抜ける予定です」
「結構ギリギリだね」
「仕方ありません。あの変態に着せ替えさえなければ、もう少し早く抜けたのですが」
アレで2時間以上はあそこに止まっていたからね。
僕は楽しかったけど、アテスさんはどうやら堪忍袋の尾に亀裂が入っているようだ。
ツンって突いたら、すぐに破裂して僕に被害が来そうだ。
……ヤバいのでは?
速いうちに堪忍袋に穴を開けて空気を抜かなければ、爆発してここら一体が焼畑農業されてまう。
ストレス解消となるものがあれば…。
例えば……最強のアレ。プチプチする緩衝材さえあれば、人類全員落ち着くのだけど。
「……あ、そうだ。ねぇ、アテス」
「何でしょうか?」
「アテスって何が目標みたいなのってあるの?」
会話の引き出しに困った時の最強の話題。「何か夢ある?」の類似品だ。
会話の繋ぎとしては不自然だけど、アテスの気を紛らわせる方法としては良きなのでは?
……よく考えたら、僕は今、彼女の未来を奪ってしまっているのでは?!
「あ、ごめん、やっぱ」
「目標ですか?うーん、今はもうありませんね」
おや、意外と答えてくれるぞ。
「い、今はってことは前まではあったの?」
やめようと思ったが、会話の波に乗る。
やっぱりどんな人でも夢というのを持つものだ。
「そうですね、既に諦めてしまったので」
「……なんかごめんなさい」
てっ思ったのも束の間。
良い話題だと思ったのはとんだ地雷だった。
不快な思いを与えてしまったのではないかと怖くなる。
「別に謝ることはありませんよ。前の夢は素敵な王子様に拾われるっていう、子供じみたものですから」
「うっ、こんな貧乏人でごめんなさい」
王子でもなければ金持ちでもない。元の世界に戻れば、後者はあっさりと解決するけど。
「ふふ、気にしてませんよ。だって、それ以上に嬉しい出来事がありましたし」
「ほぇ?」
一瞬、アテスと目が合った。それは気のせいではない。
明確にその瞳は僕を捉え、何かを訴えているようだった。
言葉はない。でも何を言いたいのかは伝わってきた。
それを口にするのは僕の方が恥ずかしいので、気づかないフリをして歩く。少し暑な。
「逆に聞きますが、リンさんの方は何が目標はあるんですか?」
「あるよ。元の世界に戻ること」
異世界にやって来て、最初に立てた目標だ。
多少迷いはあったが、
「それは存じています。私が聞きたいのはその後の話です。目標と言いますか……夢と置き換えた方がわかりやすいかと」
「夢かー」
「例えば結婚など」
結婚かー。
「何故結婚?」
「アヤとキアラさんを見て思ったんです。アレも1つの幸せであり夢なのだと」
アテスも女性だから、そう言うのを夢としてみるのだろうか?
人にもよるけど、誰かと人生を共に歩むってのも悪い気はしない。
だが、僕には無縁の話に近い。
「僕、そもそも恋愛とかに興味がないっていうか」
「……話には聞いたことがありますが、本当にそう言う人がいるんですね。人と関係を築くのが面倒だと思っている人の考えだと認識していました」
「いや、僕の場合は違くて」
元の世界でも同じことを言っていた奴がいたけども。
決して、僕は人間関係を築くのが嫌ってわけではない。
「ではどういう?」
「どうすれば良いかわからないんだ」
「……それこそ、どういうことですか?」
まあそういう反応するよね。
なんて言えば良いか思考を巡らせる。
本当のことは言えない。言いたくない。
その時、人が取る行動は1つ。
嘘をつくことだ。
「えーっと、ほら、相手のことを考えるのが無理で自分のことで精一杯なんだ。他にも関係に亀裂とか入ったら、どうやって治せば良いのかわからないし。えー、他にも」
嘘をつくには多少の本音を混ぜた方が良いと聞いたことがある。
しかし、努力虚しく、水泡に帰す。
アテスは歩みを止め、僕の方を見た。
急なことで少し体勢を崩しそうになる。
「……なんか嘘ついてません?」
「……いゃー、ソンナコトナイヨー」
「目、合ってませんが」
いやいや、流石の僕でもそんなわかりやすい反応するわけが……あるな。
くっ、なら少しは抵抗の意思を!
「いやー、ちょっとだけ……かなり……すみません、ほぼ全部嘘です。でも一応、本音も入ってるんだよ!」
「どこの部分です?」
……取り調べを受けている気分だぜ。
アテスの威圧に押され、結局白状してしまう。
ここに机があったら、バンッと机を叩いて、目の前でカツ丼を美味しく頂かれてしまうんだ。僕にもよこせ!
………。
はぁ、くだらないことを考えてる場合じゃない。
「そうだね、自分のことで精一杯ってところだよ」
今度こそ、彼女の目を見る。
紛れもない本心。僕の醜い部分。そして嫌いなところ。
今もそう。自分の保身のために安全を求めている僕がいる。
軽蔑しただろう。僕は善人ではない。偽善者である。
良い顔をして周りの空気を読み、嫌われないように過ごしてきた。
だから、誰かと距離を縮めるような深く入り込むことはなかった。
「はぁ、そんなくだらない理由で恋愛を遠ざけていたんですか?」
「く、くだらないって何?!僕だって悩んでいるんだよ!」
心に刃が突き刺さる感覚に陥る。
僕だって頑張っているんだ。
頑張って頑張って……隠し通してきたんだ。
「……すみません、言葉足らずでした。もっと厳密に言うなら、人間誰しも自分のことしか考えていません。それをまるで自分だけの問題のように思っているのがくだらないと言いたいのです」
そんなことはないと僕が否定しようとした時、手が僕の頬を包み込んだ。
両手で優しく顔を持ち上げられ、1人の少女と目が合う。
「人間は誰しも病気です。私も貴方も。自己的で他人の幸せを願わない人ばかり。神に祈らないと言っておきながら、最後は神頼り。そんな自分勝手な存在を病気と言わずしてなんと言いますか?」
……否定できなかった。言葉が何も浮かばず、また自分が嫌になる。
「そんな穢れた人間ばかり……でも、それを省みようとする貴方だから、優しくなれるのです」
「…!?やめて、僕は優しくなんか」
拒絶し振り解こうとするけど、アテスは決して離さない。
肯定しないでほしい、僕を認めないでくれと自分を否定しても、彼女の紡ぐ言葉に耳を傾けてしまう。
「いいえ、リンは良い子よ。今にも暗闇に消えてしまいそうな少女を放っておけない優しい子。そんな人に出会えて私は幸せ者だよ」
……な、なんか恥ずかしいこと言うじゃん。
全肯定してくる彼女にどう反応すれば良いか戸惑い、体の奥から熱が込み上げてくる。
「ふふ、顔赤いですよ」
「た……太陽のせいだよ」
自分を騙すように強気な言葉を言う。
でも、頬から手が離れると「あっ」と惜しむような声が漏れてしまう。
それを聞かれてまた笑われる。
……あー、暑いなー!歩いたせいかな?!鼓動も早くなってるしそうに違いないよね!
「それでは行きましょう。このままでは今日中に森を抜けられません」
「そ、そうだね」
僕は、僕自身のことをよく理解していると思っていた。
でも、それは勝手な思い込みだった。
僕なんかより、彼女のほうが僕のことを見てくれていた。
誰かが言った。
自分のことを1番理解しているのは自分だと。
また、誰かが言った。
自分のことは自分では理解できない。家族や友達から自分を作っていくのだと。
どこかで聞いたことがある言葉だ。
この2つの聞いて、誰しも矛盾していると思うはずだ。結局どっちなんだと。
でも、言いたいことは同じ。
自分を魅せて、人と関わること。
僕は今まで、人として当たり前のことをしてきたつもりだ。
人に優しく、命を慈しみ、世界を愛する。
嘘まみれの僕でも、これは心から思っていることだ。
口には出さずとも行動や言葉に現れる。
だから、それを見たアテスは僕の本質を見抜いた……のかも知れない。
「あ、後」
くるりと振り返って、また僕の方を見る。
まるで忘れ物をしたかのように、こっちに近づいて言う。
「私は待ってます。貴方が本当のことを話す日を」
「………うん」
アテスの優しさが心を抉る。
温かさと痛みで心ぐちゃぐちゃになりそうだ。
だから、いつか必ず言うと誓う。
今はまだその勇気が持てないけど、アテスには僕の全てを知ってほしい。
やっと出会えたんだ。僕を見てくれる人に。
今度は……ちゃんと気づけたよ。
森の中を進む。
そして、なんやかんやあって足を挫いた。
そりゃー、安全が保証されてない道ですからね!
で、どうなったか。
簡単な話。アテスがおんぶして、モノの数分で森を駆け抜けたのだ。
じゃあ、最初っからそれで良かったのでは?と思ってしまう僕。
旅の醍醐味を考えない愚かな存在が果たして勇気を持てるだろうか?
夢見る未来を願い、僕達は新天地へ向かった。
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